第18話 義兄妹の時間と皇族護衛編 8
護衛二日目の朝。
和也は知った。
そう、これが現実なのだと。
確かに朝ごはんは用意されていた。
三人分。
第二プライベートルームに入り、壁に背中を預けて絶賛後悔中の和也。
それを隣から見守るは育枝。
「大丈夫か?」
「……頼む、殺してくれ」
胸に手を当て、辛そうにする和也
「ネガティブ過ぎるだろ……」
なぜこうなったかと言うと、アルトリア国の王子は当然ながらここで食事を出来るのは遥と榛名を入れた三人だけだからだ。使用人や従者は後から手早くなんて言うのはいつの時代も当たり前である。
むしろ育枝からしたら暖かいご飯がこの後食べられるだけかなりマシな方である。
「しょうがいなぁ~」
そう言って和也を手招きする榛名。
「俺?」
「うん。こっちにおいで」
呼ばれるまま榛名の元に行くとその場に正座で座らされた和也。
「どうし――ん?」
口の中に肉の塊が入れられた。
「食べていいよ」
微笑む榛名。
口をモグモグ動かして幸せ顔で肉を食べ始める和也。
それを見て、
「「甘やかし過ぎ」」とため息混じりに呟く遥と育枝。
「ごめんなさいね。この子が死にそうな顔してたから。まぁペットに餌を与えているとでも思って気にしないでください。うふふっ」
そう言って、アルトリア国の王子にお願いする榛名。
「なぁ、これは良いのか?」
「まぁいいんじゃない? 榛名がそう言うなら」
「そうか。ならまぁ俺は口を出さんが、なんか斬新な光景だな」
それからアルトリア国の王子であるカイトは正座し榛名に食事を与えられる和也を見て、人として見られていないなと哀れな視線を向けた。
そして心の中で、第二王女は美しい容姿で人を惑わし人をペットとして扱い楽しむのか? と思った。ましてやそれを容認する遥も遥で女とはよくわからん所がある生き物だなと心の中で呟いた。
「う~ん、うめぇ!」
「ほらどんどん食べなさい、私のペット。私が口の中に入れてあがるから!」
「おう! サンキュー!」
喜び満足気な和也。
それを見て遥はクスッと笑う。
「ホント、バカね。でも見ててあれはあれで癒されるわね」
それから三人と一匹(一人)は食事を済ませた。
育枝は育枝で久しぶりにその後ゆっくりと食事ができたので、これはこれで良しとした。
そしてお昼に再びこの光景を全員が見る事になった。
お昼過ぎ。
昨日に引き続き遥と榛名の護衛をする二人。
今日はそこにアルトリア国の王子が同席する形で色々と話し合いが行われた。
和也はその間全方位に警戒心を張り巡らせた。
ここにはアルトリア国の王子が連れてきた護衛はいない。
二人はアルトリア国の王子の命令で第二プライベートルームに待機している。
――はずだがその気配が一つ、別の場所にある事に和也は得意の感知系魔術で早くも気付いていた。だけどその気配がある場所が場所なだけにすぐになにか起こるとは考えにくいため何も気付いていない振りをして密かに監視を続けた。
「今日は地下牢か」
ほぁ~。眠い。流石に寝不足。
「おい、欠伸をするな。失礼だろ」
無意識にでた大きな欠伸を見た育枝が和也の身体を肘でつつく。
「すまん」
「やっぱり昨日寝てないのか?」
「まぁな」
「なにかあったのか?」
心配する育枝。
「なにもねぇよ。今はな」
「そうか」
「それよりこれいつまで続くの?」
「さぁ? 政治の話しにはある程度は知識と知っているが、ここまで大きい話しとなると私にもサッパリだ」
「なるほど」
和也は素っ気ない返事をした。
これはすぐに終わらないなと思ったからだ。
だとすると立って居眠りをしたいところではあるが、育枝をチラッと見ると「今は寝かせんぞ?」と言われたので苦笑いをして誤魔化す和也。
「……にしても今日は外に出ないのか……アイツ」
「……ん?」
「なんでもない」
和也はそう答えると同時に大きな欠伸をした。
そのまま睡魔と格闘しながら、女王陛下と第二王女、そしてアルトリア国の王子が話す姿を静かに見守った。
しばらくすると三人の話し合いが終わった。
その後、すぐに始まった雑談会に和也はまだ続くのかよ……と内心ショックを受けた。
――それから数時間後。
ようやく外の空気を吸えるようになった和也は両腕を大きく広げて深呼吸をする。
今まで体内に溜まっていた睡魔が息と一緒に吐き出される。
そのままストレッチをして目を覚ましていると育枝が珈琲を持ってきてくれる。
「これ」
「ありがとうな」
お礼を言って、ゴクリ、と一口。
「うめぇ!」
喜ぶ和也を横目に育枝がニコッと微笑む。
そんな二人から少し離れた場所にアルトリア国の王子の護衛二人がいる。
そしてもう少し離れた所に三人でお散歩をする遥、榛名、アルトリア国の王子だ。
「なぁ?」
育枝がチラッと視線を向けて声を掛ける。
「どうした?」
「ごめん。素っ気ない態度ばっかりで。後昨日蹴って……」
和也がチラッと見ると、ずっと気にしていたのか暗い表情の育枝。
「気にするな。てかするなら癒しを求めて触っていい?」
「なにを?」
和也の視線が服越しにもわかる大きな物一点を見つめる。
なにとハッキリと言わないところが余計に育枝の羞恥心をくすぐる。
和也の視線が自分の胸にあることに気付いた育枝はブルブルと身体を小刻みに震わせて唇を噛みしめながら言う。
「だ、ダメに決まってるでしょ……」
「ならモミモミならいい? 一回女の子の胸触ってみた……ぐはっ!?」
育枝の怒りの正拳突きが和也のボディーに抉り込む。
「最低! もう知らない! 大嫌い!」
とうとう怒ってしまった育枝に和也は黙った。
それから息を吐いて二重の意味で落ち込んだ。
その後、様子を見て声を掛けるが反応すらしてもらえなくなった和也は本音を少しでもぶちまけたのが悪かったと反省する。
「動きはなしか……」
落ち込みながらも仕事はする和也。
だけどその心はかなりボロボロだった。
――時が経ち、夜。
あれから特に変わったことはなかった。
アルトリア国の王子の護衛も二人共ずっと一緒にいたし怪しい行動も見受けられなかった。
ただ育枝にずっと口すら聞いてもらえなくなっただけと、味方の行動が変わったぐらいだった。
プライベートルームで遥と榛名が仲良く寝間着に着替えをしている間に和也は動く事にする。ここで失敗すれば最悪縁を切られると思い、誠心誠意を込めて育枝の正面に立ちそこから土下座をした。
「すみませんでした」
「……キモイ」
ようやく反応があったかと思いきや、拒絶されてしまった。
ゆっくりと顔を上げるとまるでゴミでも見るかのような視線を向けられた。
「だよな……」
「わかってるなら話しかけるな、変態」
ナイフの先端のように鋭く冷たい言葉に和也は受け入れるしかないと思った。
育枝が本気で怒っている、そう思ったからだ。
そうは言え、義妹とは言え育枝にセクハラ発言をしたのは自分なのだから非はこちらにあると素直に罪を認める。
だから立ち上がって「わかった。ごめん」と言って育枝と少し距離を開けて立った。
まさか育枝の男嫌いが和也自身に向けられる日が来るとは思わなった。
メンタルはボロボロ。
肉体は不眠のせいで悲鳴をあげ始めている。
睡眠不足だけでなく感知系の魔術を定期的に使い監視を続けていた為に、脳に対する負荷がかかったためだ。
それでも監視は続けなればなにかあってからでは遅いと自分に言い聞かせ、仕事とプライベートはしっかりと分ける和也。
「えっ……」
急に距離を取られた育枝がとても小さい声で心の声、それも本音を漏らした。
幸い和也には聞こえていないようだ。
表情には出さないがこちらはこちらで羞恥心が邪魔で素直になれない自分に病んでしまった。
そんな気まずい関係になった二人の前に着替えを終わらせた遥と榛名が姿を見せる。
お揃いの寝間着姿を見た和也はやっぱり仲良しな双子姉妹だなと思った。
「「お待たせ~」」
「二人共似合ってるじゃないか」
「ありがとう。ちなみに今日は和也が私達と寝てくれるの?」
そう言って近づいてくる遥。
「んや。ほら俺は男だから今日も外で仮眠を取るよ」
「それだと身体きつくない? カイトは前回の一件でここには来ない約束だから大丈夫だし一緒に寝ようよ?」
そう言って和也の服を掴み、身体をゆすってくる遥。
「こら。甘えん坊になってるぞ?」
和也はそのまま手を伸ばして頭を撫でてあげる。
すると頬の筋肉が緩む遥。
それから頭を自分から和也の手にこすりつけてきた。
幾ら女王陛下と言ってもまだ十七の女の子。
誰かに甘えたい時だって当然ある。
「幸せ……」
「なら良かった」
「添い寝してくれたらもっと幸せなんだけど……どうかな~?」
甘えん坊になった遥は甘い吐息を吐きながら上目遣いでお願いしてくる。
その美貌でそれは反則だと思う。
「珍しい。お姉ちゃんがここまで素直になるなんて」
女王陛下としてではなく一人の恋する乙女になった姉を見て榛名が言う。
「一応確認だけど自分の立場わかってる? 遥はこの国のトップで俺は末端の人間だぞ?」
「いいじゃん。私がいいって言ってるんだから。それに私もたまには癒しが欲しいの!」
和也は迷った。
そう言われると、大義名分ができてしまうと。
だがここで本心を出せば、黙ってはいるが今も冷たい視線を送ってくる育枝に殺されると頭が理解する。
本当はこんなお誘いを断りたくない。だって俺も男! モテない童貞。せめて女の子の一人や二人と仲良くだってしたいし、いつか彼女と呼ばれる人を作りたいと和也は思っている。一生童貞とか絶対に嫌だからだ。
「添い寝はそこにいる田中隊長に暗殺されるかもね、和也が」
「そこ。不謹慎なこと言うな」
「だから私達が寝るまで近くにいてよ。それなら田中隊長も許してくれると思うわよ。ね?」
「は、はい……」
急に話しを振られた育枝が返事をする。
「なら決まりね。お姉ちゃんもそれでいいよね?」
「う、うん。なら私が寝るまで手だけでもダメかな……」
和也の手を握り、真っ赤にした顔を向けて。
「いつも頑張ってるご褒美と思ってね?」
精一杯の恥ずかしい我儘を遥が言う。
「わかったよ」
和也が頷くと遥がにっこりと満面の笑みで頷く。
それから遥と榛名がベッドに入る。
その間和也は手を繋いで二人の寝顔を見守る。
二人共警戒すらしてないのか、ニヤニヤしながら気持ちよさそうに目を閉じたのだが。
「なぜ榛名まで俺の手を……」
ぎゅっと握られた手を見て和也はこれいつ離していいのだろうと思った。
体内時計で十分が経過した頃。
ようやく二人の力が手から抜けてきたのでソッと手を引き抜く。
それから遥と榛名の頭をポンポンとしてから立ち上がる和也。
そんな和也にずっと嫉妬の眼差しを向け続けた育枝。
「見張りはします」
そう言って和也は逃げるようにして部屋を出て行った。
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