第14話 義兄妹の時間と皇族護衛編 4



 カーテンの隙間から朝日が顔を出す。


「ほら早く起きて、今日が何の日か忘れたの?」


 夢の中にいる和也。

 そんな義兄の身体を優しくゆすって起こす育枝。


「今日? ……今日は光熱費の引き落とし日だろ?」


「死ね! バカ兄貴!」


 瞼をゴシゴシと擦る和也の頭上からげんこつが一つ振って来た。


「いてぇぇぇぇ!?」


 頭を抑えて飛び起きる和也。


「何するんだよ? 昨日はあんなに甘えん坊で可愛いかったのに今日は暴力の日なのか?」


 すると育枝の顔が真っ赤になった。

 それも一瞬で。

 そして羞恥心を堪えて、赤面顔のままもう一発今度は平手が飛んでいく。


「昨日の事は忘れて! それと妹に対して可愛いってシスコンなの!?」


 羞恥心が勝っているのか、唇を尖らせて、真剣な目で和也を見てくるが、よく見ると目がウルウルしている。

 それに距離感も間違える程に周りが見えていない。

 相手に思いを伝えようとするあまり、顔を近づけた育枝。

 そして二人の距離が後数センチ動けば唇と唇が触れ合う距離にまでなった。


「いてて……」


「それでどうなの?」


「別にいいだろう? 俺が可愛いと思ったから可愛いって言うぐらい」


 和也はヒリヒリする頬を擦りながら答える。

 それにしても今ので眠気が一気に冷めた。

 Мではないがこれはこれで眠気覚ましには使えるなとポジティブに考える和也。


「……まぁ、別にいいけど」


 顔を離しクルクルと自分の髪を触りながら育枝が言葉を続ける。


「人前では絶対に止めて……恥ずかしいから……」


「わかった、わかった。だからそう怒るなって」


「なら別にいい……」


 ここで思い出す。

 自分はなぜこんなにも朝から照れないといけないのだろうかと。

 そもそも朝からこんなラブコメみたいな展開をしたくて義兄を起こしたのではないことに。


「ってか、そうじゃなくて、今から王城に行くから早く支度を終わらせろって言ってるのよ!」


「大丈夫だって、そんなに慌てなくても。もし育枝に手をあげるようだったら全員血祭りにするから安心しろ!」


 親指を突き立て自信満々に言う和也。


「誰が暴力で解決しろって言った、バカ兄貴」


 ボキッ!?

 和也の右腕が育枝に折られる。


「いてぇぇぇぇぇ!」


 涙目になる和也。


「ばかぁ。シスコンはもういいからとりあえず支度して。でないともう口聞いてあげないよ?」


「ま、待て! それは困る。待ってろよ、すぐに支度するから!」


 そう言って和也は慌てて洗面所へと走っていった。

 そんな和也を見て、クスッと笑う育枝。


「ばぁーか。口なら幾らでも聞いてあげるわよ」


 聞こえない声で呟き、朝の珈琲を飲みながらバカ兄貴の支度が終わるのを待つ育枝。

 その時、ふと思った。


『育枝に手をあげるようだったら全員血祭りにするから安心しろ!』


 と言うのはどこまで本気だったのだろうかと。


 それも二つの意味で。


 一つは。


 亡き父上と同じく帝王の領域までもうこのバカ兄貴が踏み込んでいるのではないかと言う疑問。


 もう一つは。


 私が本当に困った時は、例え帝国が私を見捨ててもこのバカ兄貴だけは最後まで味方でいてくれるのだろうかと言う疑問。


 どちらも可能性の話し。

 でももしかしたらと思ってしまう自分に育枝はクスッと笑った。

 まぁ、コイツになら一生付きまとわれてもいいかなと。






 頬に紅葉を作ったフリーの傭兵は軍の隊長を務める育枝と一緒に王城に来ていた。

 そして謁見の間へと姿を見せる。


「やっと来たわね!」


「相変わらず一時間遅刻ね」


 女王陛下と第二王女が笑いながら言った。

 本来であれば、これだけでマジギレされても可笑しくない状況なのにいつもと違う光景に多くの者が困ってしまった。

 多忙なはずの二人がずっとここで一歩も動かずに待っていたと言う事実から分かる通りやっぱり遅刻してきた男はここにいる全員と何かが違うのだ。


「すまん。朝色々あってな」


「申し訳ございません」


「気にしないでいいわ。田中隊長が遅刻した原因はわかったけど……なんで朝から紅葉作ってるの?」


「ビンタされたからだよ!」


「誰に?」


「その顔、もう察してるだろ。わざわざ聞くな、この悪魔」


 頬を擦りながら答える和也。

 育枝の本気のビンタの痣は中々消えず、恥ずかしながらこの状態で来てしまったのだ。


「とりあえず遅刻したんだ。謝罪の意味を込めて今から二十四時間体制で二人を護ってやるよ。でも面倒だから極力二人一緒に行動してな?」


「よし、交渉成立ね」


「ありがとう、頼りになる傭兵さん」


「ってことで坂本総隊長ご苦労だったわね。護衛はこの男一人と田中隊長だけで十分だから全員元の配置に戻して構わないわ」


「ですが……」


「大丈夫よ。実力は間違いなく確かよ。それに今朝も言ったけどアンタ達は権力を振りかざされたらすぐに動けない。でも和也は違う。だから納得しなさい」


「わかりました……」


 口では認めているものの、まだ何処か納得ができていない坂本総隊長。

 四十を超えているからか日頃の苦労が原因なのか、顔が少しやつれていた。

 いつもならここで和也に文句の一つや二つを言ってくるが今日はそれすらない。

 きっと森田の穴埋めが大変なのだろうと思い、和也は労いの言葉を贈る。


「悪かったな、遅刻して。その分仕事はキッチリするよ。だから任せろとは言わない。ただ女王陛下と第二王女が望むならとりあえずアイツで様子を見るか程度に思って今は休め。でないといつか倒れるぞ?」


「……そうだな」


 坂本総隊長は鼻で笑って頷いた。

 普段はよく喧嘩こそするが、別にそれはお互いがお互いを完全に否定してではない。

 それをお互いに知っているし、それでいいと思っている。


「なら一つ言っておく」


「なんだ?」


「俺は自分の事でしばらく忙しい。場合によってはなにかあってもすぐに動けないかもしれない。だから後三日間そのつもりでいてくれ」


「あいよ。……えっ、三日?」


「なにか問題でもあるのか? 遅刻してきた誠意を見せてくれるのだろう?」


 不敵な笑みを見せる坂本総隊長。

 その笑みはまるでしてやったりと言わんばかりの笑みだ。

 なにより和也から見たその笑みは悪魔そのものだった。

 視線を隣にいる育枝に向けると、


「すまん。言い忘れていた。三日だ」


 小声でそう言われた。

 てっきり一日、長くても二日だろうと思っていた和也の顔から笑みが消えた。


「あはは……なげぇーな」


「うん? 最近歳のせいか耳が悪くてな。ハッキリと聞こえんかった、悪いがもう一度言ってもらえるか?」


「わかったよ! 三日だな! 後からやっぱり一週間とか言っても引き受けねぇからな!」


「おぉーそうか、そうか。それは助かるよ。流石我が魔術帝国が誇る最強のフリー傭兵だ。恩にきるぞ」


 嬉しそうに微笑む総隊長とやけくそ気味の傭兵。

 そんな二人を見て、女王陛下と第二王女がクスクスと楽しそうに微笑み始めた。


「仲良しね」


「だね」


「なら和也と田中隊長残して全員解散でいいわ」


「「「「「はっ!」」」」」


 女王陛下の言葉を聞いて一斉に全員が動き始めた。

 坂本総隊長が謁見の間を出て行く時だった。

 和也の前に来てすれ違いさまに言う。


「すまんな。お前しかもう頼れる者が今はいなくて」


 それに対して和也はこう言った。


「別にいいよ。俺は俺のやるべきことをやる。だからアンタはアンタのやるべきことをやれ」


 因縁がある者同士が故、お互いの実力だけは嫌と言う程知っている。

 だからこそ、安心して任せられるというわけだ。

 一人は皇族の身の安全。一人は魔術帝国の未来の安全。

 それから和也と育枝は遥と榛名の護衛として今から三日間行動を共にすることとなった。

 ちょっと内心期待している二人の女の子と初めての共同の仕事に緊張している一人の女の子。

 そんな女の子三人を前にしても男はいつも通り落ち着いていた。

 その安心感が側にいる者の不安や恐怖と言った目に見えない物を和らげるきっかけとなった。



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