第13話 義兄妹の時間と皇族護衛編 3


 ――夜。

 一人時間稼ぎを引き受け、頑張り過ぎた為に近くのビジネスホテルで爆睡を決め込んでいた。

 よく寝たと思い、目覚めるとスマートフォンがメッセージを受信していた。

 内容は『今日は泊まりに来て欲しい』とのことだった。

 絶対になにか裏があると思ったが、義妹の頼みとあっては仕方ないと約束の時間に合わせて育枝の家にやってきた。

 それから育枝が真剣な表情で和也に事情を話し始めた。

 それを聞いていくうちに話しが大きいし絶対に面倒な事になると本能が警報を鳴らし始めた時はいっそのことベランダから飛び降りて命を絶ちこのまま楽になってしまうかと考えたぐらいだ。

 だけど、育枝が同じ女としてあれは見てて辛いなどととても悲しそうな表情と声で言ってくるもんだからとつい心に迷いが生まれてしまった。


「ダメかな……?」


「一応言っておくが、それは俺みたいな末端の人間が知っていい話しじゃない。もっと言えばそんな秘匿案件クラスの内容は育枝みたいに最近隊長になった人間じゃなくてもっと経験を積んだベテランがやるべきだと俺は思う」


 和也は珍しく真面目な事を言っていた。

 なぜ第二王女である榛名が育枝に事情を話したかもなんとなくわかった。

 それは女王陛下の性格上、男より女の方がいいと言うからだ。

 だとしても女性の隊長は他にもいる。

 ただし和也から見ると育枝と同じく全員性格に難があるが……。


「うるさい! そもそもあんな話しをされたら断れない! それくらい義理とは言え兄なら察して!」


「知ってる。それが軍って言う組織のいい所であり、悪い所だからだ」


 和也はソファーの背もたれに身体を預けながら考える。

 さぁ、この問題どうしたものかと。


 死んだ父はよく言っていた。


『魔術は世界の為に使うのではない。自分が本当に護りたいと思った者の為に使う物だ』と。


 そして母はこう言っていた。


『時は止まらない。ならば良い選択を選ぶのではなく後悔が少ない道を選べ』と。


 今の和也には母の言葉の意味がまだよくわからない。

 だけどいつかわかる日が来ると信じているし、そうなる日が必ず来ると思っている。

 ならば今は父の言葉通りに動くが正解なのだろう。


 和也はチラッと視線を育枝に向けて、すぐに逸らす。


 俺が護りたいのは育枝。

 それが俺の魔術師としての誇り。あの日護れなかった家族を今度は必ず護る。

 その為なら死すら厭わない覚悟を持っている。


 第一王女にあたる遥、第二王女にあたる榛名。

 正直この二人はあの日軍を抜ける時に別の誰かが後任としてしっかりと護ってくれるのだと思っていた。なんたって立場もあれば権力もある。それに財力だって。そう和也とは違う。そう思っていた。


「なんか答えたら?」


 だんまりを決め込んだ和也に育枝が少しイライラして言う。


 そんな育枝を無視して和也はスマートフォンを操作する。

 普段なら無視しない育枝の言葉を無視した理由は単純だった。

 国の命運なんてものをこんな末端の人間一人の判断で決めてはいけないからだ。

 それから電話帳を開き、電話をかける。

 育枝にも会話が聞こえるようにスピーカーにする。


『もしもし?』


 その言葉に育枝が驚いた顔をする。

 和也は手を使い育枝に手招きして隣に来させる。


「よっ! 今時間いいか?」


『えぇ。別にいいけどどうしたの?』


「育枝から事情は聞いた」


『……そっかぁ』


「そこでだ。俺の意見をまず伝える。正直国の命運を決める事に巻き込まれてもなんて返事していいかわからん。だって俺はこの国の命運より護りたい者の命運の方が大事だと思ってる自己中野郎だからだ。それで一つ聞きたい。女王陛下としてではなく一人の女の子として答えろ。お前はどうして欲しい? それとそこにいるんだろ榛名? お前もどうしたいか一緒に教えろ」


 和也はスピーカーから聞こえてくる僅かな音からもう一人誰かがいると察した。

 そしてこの時間で面会中に女王陛下が電話に出るとなれば相手は簡単に推測できた。


『わ、わたしは……』


 まだ躊躇いを見せる遥。


 しばらく待っていると。


『助けて欲しい』


「そうか。榛名は?」


『助けてくれるなら……』


 その言葉にニヤリと微笑む和也。


「ならさ、最初から自分達で俺に言ってこいよな。俺は女王陛下や第二王女としての命令なら全部今まで通り断る。だけど一人の友人としてなら今まで通り俺に出来る事なら全部力を貸してやる。ただし、俺が動いて起きた責任は二人で宜しくな!」


 なんとも無責任な言葉にスピーカー越しの二人がクスクス笑い始めた。

 きっと和也の行動原理にようやく気付いたのだろう。

 和也は両親の最後の願いとして今まで二人を必要に応じて護ってきた。

 だけどそれは死んだ両親の願いでもあり今は和也の願いでもあったことに。

 なにより友人として護ってくれていたことに。


『いいよ。全部私達二人でなんとかしてあげるわ』


「そっかぁ」


『ねぇ、和也はもしかして私達二人の頼みを断っていた時って……』


「そうだな、榛名の思っている通りだよ。立場を使い命令してきた時は基本的に全部断ってた」


『そっかぁ。なら我儘言ってもいいかな?』


「それは嫌だ! 絶対面倒な事になるだろ、それ?」


『ならないよ。護衛ついでにどんな手を使ってもいいから政略結婚の話し潰して欲しいのと近隣諸国に対して圧をかけて欲しいの』


『わ、私もそれはある! 結婚するなら好きな人としたいもん!』


『ちょ!? お姉ちゃん。今は私が話してるんだよ!』


『別にいいでしょ! 私だって和也に我儘聞いてもらいたんだもん!』


 急に我儘になった二人。

 誰も素まで出せとは言ってないと後悔中の和也の脇を育枝が軽く突いて早く返事をしろと急かしてくる。


「俺は神様じゃねぇ! 少しは限度を考えろ! 政略結婚の話しは知らんし近隣諸国とのパワーバランスも俺には関係ない! それは坂本総隊長達と相談してなんとかしろ。とりあえずバカ王子が帰るまでの護衛だけはしてやる。それでいいか?」


『『…………』』


 黙る二人。

 どうやら納得ができないらしい。


「嫌なら護衛断るが?」


『『護衛だけで大丈夫です!』』


 とりあえずこれで交渉は成立。

 ってことで和也は明日から大変だなと思い覚悟を決める事にした。


「なら、明日な」


『『うん、ならばいばい』』


 通話が終わった。

 和也はスマートフォンをポケットにしまいながら育枝に視線を向ける。


「悪いな。俺には世界を変える力はない。だからまずは出来る事だけになっちまった」


「うん。でもまぁあんな女王陛下と第二王女初めて見た。そう言った意味ではありだと思う。きっとお二人も少しは気分が晴れたんじゃないかな?」


「そうだな」


「それで? なんで私を隣に呼んだの?」


「そっちの方が話しを聞きやすいと思ったのと、お前最近ツンツンし過ぎ。本当は色々とストレス溜まってんだろ? よく頑張ったな」


 そう言って和也は育枝の頭に手をのせゆっくりと動かす。

 育枝が感情的になるときは大抵心に色々と溜め込んでいる時だと和也は知っている。

 そして今日和也との会話でそれがハッキリと出てきた。

 だから義兄として義妹の頑張りを褒めてあげる事にした。

 育枝みたいなタイプの人間は周りの期待に答えようとして、普段弱音を中々吐かない。

 だけどそれで間違ってはいけない。

 別に何も思っていなかったり、不満に思っていないとかではない。

 ただ自分の気持ちを押し殺し本心を抑えているだけ。

 それは過去の自分を見ているようで辛い。

 だからちょっとだけでも気持ちを楽にしてあげられたらなと和也は思ったわけだが、あろうことか育枝が身体を預けてきたので内心かなり驚いている。


「えっ……育枝?」


「恥ずかしいから何も聞かないで。でも今日は和也に甘えたい……そんな気分。だから頭撫でてよ」


 義理の兄妹になって初めての言葉に和也は言葉を失った。

 これは夢なのだろうか。

 試しに頬っぺたを抓ると痛かったので夢じゃないとすぐにわかった。

 それに育枝の身体が異常に熱い気がする。

 熱でもあるんじゃないかと思い、手をオデコに当てる。


「熱ならないから頭」


「お、おう……」


 慌てて手を頭の上に戻して撫でる。

 それに甘えてくる育枝はいつもより可愛いかった。

 いつもどこか棘があるのに、全部なくなっているのだ。

 そのまま満足したのか育枝が深い眠りについた。


 和也は仕方ないので育枝をベッドまでお姫様抱っこで運んであげる。

 そのまま布団を被せてあげると「ありがとう、和也」ととても小さい声で言ってくれた。

 それを聞いた和也はニコッと微笑んでそのままリビングに戻り、毛布一枚被ってソファーで寝た。


 和也の気配が消えた頃。

 ベッドの中では、ニヤニヤが止まらないのとお姫様抱っこされた喜びで身体が熱くなった育枝がいた。


「私のばかぁ。なんであんな幸せなタイミングで目覚めるのよ//// これじゃ興奮して寝れないじゃん!!!」


 乙女の願いが叶った日、育枝は拒絶されないなら今後こうして甘えてみようかなと思った。


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