第12話 義兄妹の時間と皇族護衛編 2



 太陽が陽が強くなった――正午。


 トラブルこそはあったものの無事帰還できた育枝。

 部下に指示を出し終え、坂本総隊長に一連の報告までを終えた。

 その後疲れたので休憩室へ向かう。

 すると第二王女である榛名と王城の廊下で出会った。

 気付くのが遅れてしまったが、慌てて道を譲り頭を下げる。


「お疲れ様」


 そんな育枝の正面で止まり、声をかけてきた榛名。


「ありがとうございます」


「良かったら私と少しお話しでもどうかしら?」


「あっ、はい。喜んで」


 突然の事に疲れも吹っ飛んでしまった。

 そんな驚いた育枝を見て、微笑む榛名。

 そのまま二人は榛名のプライベートルームへ移動した。


 本来であれば総隊長の坂本ですら、許可なく立ち入る事ができない場所に育枝は呼ばれた。

 任務終わりと言う事もあり、服が汚れている。

 その為、部屋に入るなり好きに座っていいと言われても躊躇ってしまった。


「気にしないでいいわ」


「わかりました。では遠慮なく」


 結局座ってしまった、育枝。


「ここに呼んだのはそんな大した要件ではないから緊張しなくていいわ」


「は、はい」


 見ただけで分かる豪華なソファーの対面に座る榛名。

 幾ら緊張しなくてもいいと言われても相手は第二王女。

 この状況で緊張しない人間等いないわけがない。

 そう思ったが、一人いたなと思った育枝。

 その男は女王陛下に対してもありのままの姿を見せるバカ兄貴である。


「早速だけど、私から一つ提案があるのだけど聞いてくれるかしら?」


「提案ですか?」


「えぇ。お姉ちゃんの護衛引き受けてくれないかしら? その代わり引き受けてくれるならお礼として田中隊長が望む物を用意するわ」


「護衛の内容をお伺いしても?」


「昨日からアルトリア国の王子様が護衛を引き連れて魔術帝国にやって来たわ。同盟国の王子だから命の危険はないと思うけど、田中隊長も知っている通り過去夜中に事件が起きたわ。このまま坂本総隊長をずっと護衛に置いておくのが一番いいんだけど、残念ながら今のうちにはそんな余力がないの。だから明日から坂本総隊長の代わりを貴女にして欲しいの。どうかしら?」


「ご命令とあればお受けいたします。ですが……」


 育枝は表情を曇らせる。


「遠慮せずに最後まで言っていいわよ」


「では。相手はアルトリア国の王子様です。命令されれば私のような立場では護衛に迷いが生じる事があるかもしれません」


「なるほど。確かに……他国とは言え王子様と隊長では世間的立場が違いすぎるものね」


 思い悩む榛名。

 そうカイトはかつて女王陛下の従者に部屋を出て行けと命令し、女王陛下の貞操を奪おうとした。それも魔術を使い抵抗を出来なくして。その時、たまたま部屋を出て行った従者の近くに坂本総隊長が通りかかった。その後事情を聞いた坂本総隊長が急いで榛名の元に行きプライベートルームへ入る許可を貰いにきた。事情を知った榛名が迷わず許可した事で、女王陛下はベッドに押し倒されるだけで事が済んだ過去があるのだ。


 それ以降、護衛には坂本総隊長もしくは森田副総隊長と従者と言う形で今までは何とかしてきたが、森田の裏切りの為今その警備体制はボロボロなのだ。

 当時相手が相手でなければその一件を逆手に取り問題を公にできたのだが、こちらは国の未来をちらつかされ黙って目を瞑るしかなかったのだ。


 魔術帝国は資源国で多くの国から狙われている事を考えれば、最悪な相手とも手を組みバックについてもらうしか生き残る道がないことを多くの者が知っている。反論するにしても相手のご機嫌を見ながらとなんとも弱々しくなった。かつて魔術帝国はエルメス国とアルトリア国とも対等に渡り合えた大国でもあったと言うのに。


 そう和也の両親が健在だったころは……。

 今は昔の栄光話しではあるが、一般人から努力だけで大魔術師にまでなった男。

 その者は大魔術師の中でも最高峰の七人――帝王の魔術師とまで呼ばれた。

 それだけ吉野副総隊長は偉大だった。


「わかりました。その時は最悪手を出しても構いません。私が全責任を一人で背負います」


 ため息混じりに榛名が覚悟を決めて呟く。


「そ、そんな!?」


「いいのです。魔術帝国の女王陛下が望まぬ相手との結婚は所詮国が存続する為の時間稼ぎにしか過ぎません。それに私ならすぐに殺される事もないと思いますので」


「それはどうゆう意味ですか?」


「私にも政略結婚の話しがあると言う事です。アルトリア国とは言え世間の目は少なからず気にするでしょう。そう言った意味では私は安全です。私達姉妹はもうじき結婚ができる十八になります。双子なので当たり前と言えば当たり前ですが、そのタイミングを狙っている国があると言う事です。これは一部の者しかまだ知らないお話しですので他言はダメですよ。それなら引き受けてはくれますか?」


 榛名は作り笑顔で答えた。


「わ、わかりました」


 育枝は同じ女として辛い気持ちになった。

 だけどここで文句を言っても自分ではどうにもできないのだと知っている。

 それゆえ何も言わなかった。


「最後に一つ宜しいですか?」


「えぇ」


「報酬は前払いで私の信頼できる者にだけこの話しをして可能ならば協力してもらう。が良いのですがいかかでしょう?」


「その者は誰ですか?」


「フリーの傭兵にして元大魔術師吉野です」


「……和也?」


「はい」


「でも……」


「好きな人には心配をかけたくありませんか?」


「…………」


「きっと動いてくれますよ。それにアイツは権力には縛られません。今回の一件には向いています。ただ私からこの話しをすれば坂本総隊長は絶対に反対されます。ですので、第二王女である榛名様の勅命として私に動く権限をください。同じ女としてできる限りの事はさせていただきます」


「わかりました。好きにしなさい。護衛の件は私から女王陛下と総隊長には話しておくわ。悪いわね、貴女ばかりに苦労をかけて」


「いえ。私はただ――」


「惚れたお兄ちゃんが活躍する所が見たい? かな」


「ち、違います。とにかくこれで失礼します」


「あらあら、顔真っ赤にして。お姉ちゃんが言ったとおりだ」


 部屋で一人きりになった榛名は笑った。

 和也の名前を聞いた瞬間、心が安心してしまったのだ。

 本当は一番頼りたい。だけど好きな人に迷惑をかけたくないと思い、ずっと思い悩んでいたのだ。なによりそれは姉も同じだった。直接聞かなくても顔や声を聞けば縋りたいけど素直に縋れない自分達がいるのだと姉妹だからこそわかる。

 そしてそんな一番頼りになる男は残念ながら自分達を一番に見てくれていない事ぐらい。

 だからこそ――。


「義妹のお願いは毎回聞くなら私のお願いも毎回聞いてよね。だから素直になって断られたって不安に思って言えない事も本当は沢山あるのよ……。なによあの二人、信頼関係あり過ぎでしょ! 羨まし過ぎて嫉妬しちゃうじゃないのよ……ったくもぉ!」


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