第11話 義兄妹の時間と皇族護衛編 1


「眠い……」


 和也は周囲の目を気にせずそう言った。

 だって眠いのもは眠いから。


「ならなんで来た?」


「たまたま通りかかっただけだ」


「たまたまって……」


 ここは魔術帝国北部に位置する山脈である。

 その山脈の中で、育枝率いる部隊が立ち往生していると情報を入手した和也は真夜中三時でありながら片道一時間と少しかけてここに来ていた。


 任務を終え帰宅途中、育枝達は山脈にいる狼の群れに囲まれていた。

 数は百を超え、全個体体内に魔力を持ち魔術を使える敵。

 なによりすばしっこい為、任務終わりで疲弊した兵士たちでは荷が重く苦戦していたのだ。


 なんとか救援要請をと思い王都に連絡を取ったが、すぐに向かうが到着までに時間がかかると言われた。そんな絶望の中、大きな欠伸をしながら現れたのが和也である。


 瞼を擦り何ともやる気を感じられない。

 むしろ本当に眠たいらしく、眠気覚ましとして戦場で目薬を使い始めた。


「あーダメだ。ゴッドフィンガーを使いたくても焦点が合わねぇー」


 早くもマイナスな事しか言わない和也。


「役立たずなら帰れ」


「そう冷たい事言うなよ、お前」


「黙れ。私はお前に何も期待していない」


 二人が話していると、


「た、隊長。どうします?」


 部下が指示を仰ぎにやって来た。


「奴らの狙いは大方食料だろうな、私達を含んだ。となると倒すしかないが向こうも利口なのか私達を包囲し退路を断っている。それで弱るのを……ちょっと待って」


 ここで育枝がなにかに気付く。


「お前この包囲網をどうやって突破してきた?」


「どうって……堂々と闇に紛れてコソコソと忍び込んでやってきたに決まってるだろう?」


「なんだその……前向きそうで後ろ向きな発言」


「そうか?」


「ならお前から見てこの状況どう思う?」


「そうだなー」


 和也はボッーとする頭を使い少し考える。

 その気になればいつでも育枝は護れる!

 それしか考えていなかった為に、真面目にこの状況の打開策を考えた。

 敵の数はおおよそ百。

 こちらはおおよそ四十人。

 となると走って逃げるのは無理。

 もっと言えば任務で疲弊しきった育枝と兵士でこの数はかなりしんどい。

 なんせ魔術帝国の都市までは距離もあり、むやみに体力を使うのは避けたい。

 ゴッドフィンガーを使いたくてもこの暗闇と寝ぼけて焦点が合わない目じゃ狙いが定まらない。

 つまり平和的な解決は無理となった。

 一言で言うなら、状況は良くない。


「しょうがない。俺が何とかしてやるからお前達は逃げろ。ちなみに魔術帝国までこの荷物と人員を運ぶのにかかる時間は?」


「頑張って五、六時間と言った所だ」


「まぁそれくらいならなんとかしてやるよ。てか今ある荷物半分ぐらい捨てたらダメなのか?」


「当たり前だ」


「そっかぁ……ならしょうがないな」


 和也は何かを納得したように一人頷き、囮になる為狼の群れの方へと歩いて行った。


「よし。お前達、今から移動の準備だ。ここから一気に魔術帝国まで戻る。悪いが味方部隊と合流するまでは休憩はなしだ。そのつもりで今から動け」


「「「「かしこまりました! 全部隊に直ちに用意致します」」」」


 兵士が敬礼をして、すぐに動き始める。

 各小隊長を中心に軍が慌ただしく動き始める中、和也も動き始めた。


 魔術と魔術の衝突音と光が夜の山脈を賑やかな物へと変わる。

 今回遭遇した狼は知能に長け、好戦的な種族。

 それでいて全体的な能力が高い。

 それもあってか育枝の心の中では安堵の気持ちとは別の感情も生まれた。


「こんな所で暴れれば他の獰猛な動物もやって来る……なにより下手すれば敵国の人間も騒ぎを聞きつけてやって来る可能性だってある」


 そんな事を知らない和也ではない。

 それでも派手な魔術を使い、交戦している理由。

 それは育枝達が完全に逃げる為の時間稼ぎ。

 いつも困ったら助けてくれる義理の兄――和也。

 だからなのかも知れない。

 和也を見ていると、ホッとしてしまう自分がいる。


「たまにはゆっくり一緒にいたいな……なんてね」


 頬を緩ませて、ボソッと心の中の願望を吐き出してみた。

 それから乙女の願望がどうやったら叶うかを模索しながら、準備ができた仲間たちと動き始めた。




 ――翌日の朝。

 魔術帝国の女王陛下専用のプライベートルームでは。


「うぅーん、朝の空気は美味しいわね~」


 大きな背伸びをする女王陛下。

 その隣には第二王女がいた。


「森田が裏切者だったせいでうちは今かなりの痛手を負っている」


「それに森田の息がかかった者は全員身の潔白が証明できるまで牢獄」


「少なくとも一か月はこの危機的場が続くわけか」


「「……はぁ」」


 女王陛下――遥と第二王女――榛名がため息をついた。

 今まで動かせていた軍の三割が裏切者のせいで麻痺状態となり動かせなくなった。

 そこにかかる人員までをいれると四割にまでなる。

 そうなると他国からの侵略を警戒しなければならないのだが、問題はそれだけではない。


「よりにもよってこんな時に同盟国の王子様がお見えになるとか最悪のタイミングね」


「だね。てかあれ絶対お姉ちゃん大好き人間でしょ?」


「間違いないわね」


「どうするの?」


「なんの話し?」


「政略結婚の話し。まぁ向こうはそれ以前の問題だと思うけど?」


「断るわよ」


「いいの。本当に?」


「…………」


 遥が黙った。そう同盟国の王子はエルメス国に並ぶ軍事力を持つとされている世界第二位の国――アルトリア国なのである。彼らのバックをなしに魔術帝国が生き延びることは現状難しい。下手に相手を刺激して同盟でも破棄された日にはそれこそ国が滅びの道を辿ってしまうかもしれないのだ。


 魔術帝国はかつてエルメス国の刺客により皇族やそれに近い者達も殺された。

 その為、今二人には正式な結婚相手がいない。

 そこを付け入れようとする国は数多く存在する。

 そしてその一つがアルトリア国である。

 最初はお互いに政略結婚もありかと色々と考えていたが愛想笑いをしているうちに向こうが本性をむき出しにしてきた。それを見た遥はそれ以降生理的にアルトリア国の若き王子――カイトを受けいれられなくなったのだ。

 まさか深夜に手を出してこようとは……今でも思い出したくない一件である。


「うちは大魔術師が一人しかいないから坂本総隊長頼りの所があるけど、それもそろそろ限界かなと私は思うよ?」


「わかってる。王族として国の為にこの身を差し出す覚悟はしてるわよ……」


 唇を噛みしめて、拳に力を入れてブルブルと震わせる遥。


 それに気付いた、榛名はただ遠くに視線を向けて気付いていない振りをした。


 そう王族だからこそ、言いたくても言えない事。

 

 嫌でも受け入れらないとならない宿命が存在する。


 人には心がある。


 その純粋な心をペテンにかけなければならないときがあるのだ。


「はるな……」


 涙を堪えて抱き着いてくる姉を第二王女は優しく受け止めた。

 そして最近、榛名にも結婚の話しが出ている。

 二人はもう間もなく十八になる。

 そうなると、魔術帝国の法律上結婚が出来るようになるからだ。

 だから姉の気持ちは痛い程わかるし、それが他人事でもないのを知っている。

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