第10話 スパイ容疑の者に告ぐ、頭隠してなんとやら? 6


 悪魔が今宵蘇ったとは知らない者達は笑っていた。


「今日で全てが終わるな」


「えぇ」


 男は二人微笑み合う。

 窓から入る月明かりと蝋燭の光で照らされた部屋の奥にはもう一人いた。


「お前達がスパイだったのですね」


「だとしたらなんだ?」


「いえ……なんでもありません」


 女は言葉を詰まらせながら答えた。


「樋口殺す前に一発やってから殺さないか?」


「えぇ。ここまで美しい女、そのまま殺すには惜しいですしね」


「あぁ。総隊長様は俺を信じて今は夢の中。間抜けなこの国にはお似合いだ」


「「あはは~!!!」」


 男二人は笑う。

 その笑みは勝利を確信し、この後どうなるかを正しく理解しているからだ。


 それを見た榛名の顔がこわばる。

 殺されるだけならまだしも好きでもない男の性欲の吐き口にされると思うと、身体が拒んでしまった。なにより心が痛んだ。涙がでる。どんなに強がってもまだ十八歳の女の子には辛い現実。でもこれが現実。だけど自分が我慢する事で姉が一秒でも長く生き残れるならと思い、目から涙が零しながらもその場にとどまる。


「よし、褒美だ。お前からいいぞ、樋口」


「そ、そんな。なりません、ここは森田副総隊長からで構いません」


「遠慮するな。この女を殺した後お前には田中を殺してもらう。その間に俺が姉を頂く」


「なるほど。ではご遠慮なく」


 怯える榛名のか細い腕を強引に掴み、服をはぎ取る。

 びりびりと生地が薄い服が破れ、若い女の子の柔肌が姿を見せる。

 そして腕が伸び、その豊かな胸を鷲掴みにする。


「おぉーいいじゃん。超やわらけぇ」


「や、やめて……」


「諦めろ。こうして最後女としての快楽を教えて貰えるだけありがたく思え」


 そう言って樋口が榛名をベッドへと強引に連れて行く。

 そのまま押し倒し両手を掴み抵抗できなくする。


「諦めろ。お前の魔術じゃ俺に傷を付けれない」


「うぅー離して! やめて!」


 必死の抵抗虚しく、樋口の唇が榛名の唇に近づいていく。


「うぅ!?」


 樋口の動きがピタリと止まった。


「森田副総隊長どうされましたか?」


「スマン、なんでもない」


 違和感を覚えたすぐに痛みがなくなったお尻をさする森田。


「そうですか。では続きをいいですか?」


「あぁ、すまんな邪魔して」


「そう言えばお前初めてなんだってな。どれどれこっちの具合は」


 気分が変わったのか、榛名の下半身に手が伸びた。


「お願いします。もう止めてください」


「あらあら泣いちゃった? 安心しろ。これからたっぷり可愛がってやるからよ~」


「そこはダメ! 私には心に決めた人がいるの!」


「へぇ~そいつは残念だったなー!」


 その時だった。

 樋口の動きがピタリと止まった。

 これには榛名と森田も驚く。

 動きが止まるには不自然なタイミングだったからだ。


「ならお前の初めては俺のゴッドフィンガーだな」


 三人しかいない部屋に声が聞こえてきた。

 薄暗い部屋ではあるが、確かに人影が見えた。


「だ、だれだ……お前?」


「選べ。このまま死ぬか、水責めを選ぶか?」


「は?」


「三」


 突如始まったカウントダウン。


「二」


 まだ状況を理解できない三人。


「一」


「待て待て。水、水を選ぶ。だから命だけは見逃してくれ」


 お尻に突き刺さった魔力を宿した何かに樋口が慌てる。

 このまま魔術を使われれば下半身が吹き飛ぶ可能性だってあるからだ。


「水だな?」


「はい。水です。だからまずはそのお尻に刺した物をゆっくりと抜いてくださいませんか?」


 冷や汗をたらしながら樋口が言う。


「わかった」


 水鉄砲を使い八百CCの水を注入し、ゆっくりと指を抜く。

 指が抜けきったタイミングで樋口が動く。


「死ね、侵入者!」


 振り向くと同時に魔力を媒体にして作られた剣を手に取り相手の首を狙い力いっぱい振り抜く。


「待て、樋口そいつは……!」


 ようやく侵入者の正体に気付いた森田だったが時すでに遅し。

 樋口の剣は空を切り、姿勢を低くした侵入者の反撃を喰らい壁に激突。

 回し蹴り一発で樋口を無力化したかと思いきや、そのまま間髪入れずに魔術を使いさらに追い込む。


 魔法陣が出現する。


 それはバチバチと音を鳴らし直径十センチほどの小さくて黄色い魔法陣。

 だが、そこから放たれた一筋の閃光が樋口の身体を貫く。

 不意打ちを受けた樋口は下の口から汚物を吐き出し、上の口からは赤い血を吐き出し地面に倒れた。


「殺してはいない。多分一時間もしたら目が覚めるんじゃないか。ただし内蔵にもダメージを与えた。しばらくはまともに動けないし、意識を取り戻しても治療が必要になる。榛名に手を出そうとしたんだこれくらいで済んだだけでありがたく思え、リーシャン国のバカ一号、二号」


 それから榛名の貞操が無事か確認しようと顔を近づけた時、げんこつが飛んできた。


「ばかぁ。今は真面目にして」


「でも膜が破けてたら大変だし……」


「破けてないよ?」


「ホント?」


「うん」


「なら一応心配だから確認していい?」


「もう! そんなのは後よ! それより早くアイツを倒さないと逃げられちゃう!」


「それは無理だと思うけど……」


「そうかい。ならあばよ」


 森田が二人の言い合いの隙を見て逃亡する。

 だがすぐに足を止め、膝から崩れ落ちると同時に両腕で腹部を抑え苦しみだす。


「だから言っただろ、お前」


「な、何をした?」


「なにって浣腸した時にそこに転移系統の魔法陣を肛門括約筋に張り付けたぐらいだけど? 後はお前が今逃亡しようとしたから感知系の魔術で魔法陣の場所を確認しがら適当に空気と水を送り込んでるだけ。まぁ人体爆発しない程度に加減はしてるから安心しろ。ちなみに出してもいいけど出した分間髪入れずに送り込むから俺が止めない限りその腹痛は一生続くぞ?」


 樋口は思い出す。

 あの時お尻に違和感を覚えた時のことを。

 そして悟った。

 あの時に勝敗はもう付いていたのだと。


「なぜだ……。お前は一度スパイを捕まえるのを断ったはず……だ」


「それ? だってしょうがないじゃん。コイツが遥の影武者とかするからさ……。それに約束したんだよ。俺が軍を抜ける時にもしまた二人がピンチになって護ってくれる人間がいない時は願えって。対等な立場で隣にいてもいいなら気が向くまま助けてやるよってな。だよな榛名?」


「うん。そうだね」


「って、さり気なく引っ付くなよ」


「いいじゃん。私の王子様なんだから」


「そんな大層なものじゃねぇけどな、俺は」


 安堵する二人に森田が最後の力を振り絞り言う。


「スパイは四人いる。俺達を――」


「無視していいからとりあえず着替えるか?」


「うん。って胸見ないでよ……恥ずかしい」


 森田の言葉を無視して二人だけの世界に入る和也。


「いやー。あの時より大きくなったなって」


「えっちだね」


「まぁな。俺も男の子だから」


「そっかぁ。まぁ助けてくれたお礼に今日ぐらいなら見るだけなら……。でも恥ずかしいから私から三メートルは離れること。それが出来るならいいよ」


「マジか!?」


「うん。ってことで護衛して?」


「おう! やったー、女の子の生着替えだ!」


 そのまま着替えに向かう榛名と護衛の和也。

 森田はこの日人としての恥じらいを覚えた。そして止まらぬ腹痛に一人泣き苦しみ続けた。


 それから第二王女である榛名の指示の元、気を失った樋口とお尻から排泄が止まらない森田が軍に確保された。そして育枝警護の元、王城に戻って来た女王陛下――遥。なにはともあれ一件落着と思った時だった。


「お姉ちゃん?」


「どうしたの?」


「副総隊長の穴埋め和也とかどうかな? それで私の右腕として隣に置いておくって妙案だと思わない?」


「「「…………」」」


 和也、育枝、遥が言葉を失った。


 男は思った。軍に戻れだと!?


 義妹は思った。兄を私物化とか許さない。兄は私だけの物だと。


 女王陛下は思った。私を差し置いてイチャイチャ心丸出しとかありえないと。


「「「無理!」」」


 三人の言葉が見事シンクロした王城はかつてない気まずい雰囲気に包まれた。

 一番の理由は女王陛下と第二王女がバチバチと火花を散らし合った為だ。

 その隣では男嫌いのはずの隊長にフリーの傭兵が怒られると言う何とも言えない光景が一時間程続いた。


 その間、坂本総隊長は部下に指示した。

 全員近づくな、見るな、何も聞くなと。

 一時的に謁見の間は誰も入る事が許されず、兵士たちは坂本総隊長を中心に動いた。

 そしてリーシャン国の男はあるフリーの傭兵の願いを女王陛下が聞き入れ、公の場には処刑したと報告がされた。その際裏から手を回し保護した事は一部の人間しか知らない。



 後に男はこう語る。


 母国が無事で、家族も無事、監視付とは言え書面のやり取りができるだけ俺は恵まれていると。なにより五体満足なのが今は信じられないと。そして三年間文句を言わず労働をするなら、その対価としてリーシャン国が使った手を逆に使い、データを偽造し母国に返すと魔術帝国は誓ってくれたのだと。


 これもあの悪魔が動いた結果だと。

 故に男は家族へ送る書面の最後にこう書いた。


『敵国ではあるが魔術帝国には面白い魔術師がいる』と。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る