第9話 スパイ容疑の者に告ぐ、頭隠してなんとやら? 5
そんな育枝の気持ち等知らない和也はトイレで大ピンチ。
こうなったら……。
一か八か……。
「開けるよ? 準備はいい?」
「うん。いつでもいいよ」
扉の外にいる二人が魔術を使い強引に扉を開けようとする。
金属製の金具など合ってないような状況で和也はズボンをあげる。
そしてチャックを勢いよくあげ――。
!?!??!?!?!?!?!?!?
またしてもここで大ピンチ。
手元の確認を怠り、扉に集中していた為に皮を挟んでしまった。
「おぉ……ぁぁぁ、ぃてぇぇぇぇ!!!」
声を押し殺し何とか耐える。
だが人的被害と大ピンチの連続にどんどん状況が悪くなっていく。
残念ながら息子のHP回復は間に合わないらしい。
扉の隙間から細長い魔術で作られた刃が通されて金具が真っ二つになる。
それから徐々に開いて行く扉。
ギッギッギッ……。
「何者?」
女が一人見えた。
と同時に低空姿勢で近づき、広げた両足をくぐり抜け、一撃を決める。
「あかり!?」
「遅い!」
ブスッ!
もう一人が動揺した瞬間、和也の指が貫いた。
「覚えておくといい。敵は何処にでもいると……てか股間がいてぇ……」
「お前……誰なのよ?」
「お尻を抑えて苦しむ奴に名乗る名などない」
ドヤ顔で決める和也。
だが――。
「股間を抑えている変態に言われる筋合いはないわよ」
どうやら女目線では気持ち悪いのか、ドン引きされてしまった。
「穴を間違えなかっただけありがたく思え、バァ……お姉さん」
女性の年齢には気を使ってみた。
上手く誤魔化せたかと思ったが、
「なんにしても変態じゃん!」
ダメだった。
てか色々な意味で全てがダメみたいだ。
「違う。俺は健全者だ……いてぇ、息子が……」
「チャックに挟んだんだ……可哀想に」
女は察した。
そして二十代のお姉さんとして哀れな視線を送ってあげた。
とりあえず叫ばれても嫌なのでここで和也が魔術を使い女二人を無力化する。
そのまま掃除用具入れからモップを取り出して二人の女の手足固定に使う。
縄はトイレットペーパーに魔力を注入し即席のロープ代わりとして使った。これでこの女二人は身動きがしばらく取れないはず。
戦闘員ではなく事務員さんになんてことをしているんだと罪悪感に襲われたが二時間もすればトイレットペーパーは耐久値を失いただの紙に戻る。それにゴッドフィンガーでお尻を貫いた際、水は入れていないので必要最低限の処置として納得してもらう事にした。
「まじでスマン、二人共。それと俺の息子……」
和也は大きく深呼吸をしてから息を整える。
しばらくして痛みが引いてきた所で本来の目的を果たす為、再度行動に出た。
リーシャン国の男は牢屋の中で天井を見上げボッーとしていた。
特にすることがないからだ。
隙あれば逃亡も考えたが、もうじき釈放されるのでそれも止めた。
牢屋の柵は特別性で魔術を使っても中々簡単に破壊出来ない。
仮にするとしたら第六魔術(天災級)以上の魔術を使う必要がある。
その為、特に手足を拘束されることもなくぶち込まれた。
「そう言えばあのガキよく俺を殺さなかったな……」
下手をすれば殺されていた。
そう思っていた。
なぜならリーシャン国と魔術帝国は犬猿の仲でもあるのだ。
忍び込んだ時点で殺されても可笑しくはなかった。
そう彼が軍人じゃないからだ。
「理由知りたいか?」
「そうだな……ん? うん!?」
男は飛びあがった。
そして牢の外を見ると和也がいた。
それから牢の柵を当たり前のように破壊し中へ入って来た。
「あはは……うそだろ」
元大魔術師様は次元が違うそう思った。
「質問に答えろ。でなければリーシャン国にいるお前と血のつながりがある者を殺しにこの後行く。どうする?」
真面目な眼差し。
先日のようなおふざけ感も一切感じられない。
ゴクリ
息を飲み込んだ。
彼は本気なのだと。
「わかった」
「お前は軍にスパイがいると言ったな?」
「あぁ」
「何人この国にいる? 正直に吐け?」
全身が小刻みに震え始めた。
和也の放つ圧に身体が恐怖し怯えている。
正しく現状を把握した男は震える声で答える。
「本当は二人だ。四人って言うのはリーシャン国の国王から捕まった時にそう言えと命令されたからだ。これは本当だ。し、信じてくれ、頼む」
「なぜお前は一人でこの国に来た?」
「合図だ」
「合図?」
「そうだ。俺が魔術帝国に来たのを合図にスパイが動く合図としてだ。外部との連絡はリスクを追う。だから犬猿の仲を利用した合図だ」
「なるほど」
和也が頷く。
男は家族以前に自分の身を考えるだけで精一杯になっていた。
牢の柵を簡単に破壊できる男に逆らえば家族以前にリーシャン国そのものが危険になるとまで思ってしまった。
そんな男を前にして、他の事を考えられる心の余裕などあるわけがないからだ。
「ならスパイ二人の名は知っているな? 吐け。でなければお前の内臓を今この場でえぐり取る。そして吐くまで俺が地獄を見せることになる」
「わ、わかった。だから落ち着け。一人は……」
本当は答えたくない。
言えば国の裏切者として殺される。
だけど、どうせ殺されるならせめてもの情けがある方がいいとまで思ってしまう。
「どうした?」
「隊長の樋口。もう一人は……――—だ」
「間違いないのか?」
「あぁ。俺達は二十年以上前から資源国である魔術帝国を内部から壊す作戦を計画し実行してきた。新兵採用試験を利用し森田をエリートとして担ぎあげ管理職まで押し上げる。その際行われる新兵検査一式は全データを予めリーシャン国が総力をあげて作った偽造データでパスした。そこから森田を通し、隊長の樋口を通して最前線で交戦する振りをして情報の受け渡し。俺は森田が指示した軍が動き捕まる事で最後の合図としてここに来た。簡単に言うとこれが今回の作戦だ」
「最終目的は?」
「生き残った皇族の殺害とその責任を今の総隊長に押し付け辞職もしくは降職に追い込み森田を国のトップに置く事だ」
「なるほど。色々と教えてくれて助かった。それと牢はこのままにしておく。逃げたければ逃げろ、正し覚えておけ。俺の両親が命をかけて護ろうとした者に手を出そうとするなら誰であろうとただじゃおかないと。ただしお前の場合はこのまま罪を受け入れると言うなら少しは助けてやらんこともない」
そう言って和人は牢を出て行く。
そう言えば見張りは? と思い男が牢の外を見ると、全員眠らされていた。
見張りは軽く三十人を超えている。
それを物音一つ立てずに無力化とは信じられない物でも見せられた気分になった。
ようやく生を実感した男は壁に背中を預けて、五体満足で命があっただけマシだと思う事にした。
「なんだよ、アイツ……。ちびっちまったじゃねぇか」
視線を下に向けると囚人服の股の辺りがびっしょり濡れていた。
そして思い出す。
かつて世界最大の国エルメスの大魔術師二人相手に戦い僅か十歳にして皇族の姉妹二人を護り抜いた伝説の魔術師の名を。
「納得だ……あの日エルメス国の刺客すら尻尾巻いて逃げた理由がようやくわかった。あの男の逆鱗にだけは触れたらダメだ。アイツがかつて悪魔と呼ばれた天才魔術師だったとは世間は広いようで狭いな」
男は悟った。
この作戦がどうゆう結末を迎えるのかを。
ならば逃亡するだけ無駄だと思い、この場に残る事にした。
そして悪魔はボソッと呟いた。
「時間がなかったとは言え、俺も芸がねぇことしたな……」
悪魔は窓の隙間から差し込む月明かりを浴びながら、王城の上階へと向かう。
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