第8話 スパイ容疑の者に告ぐ、頭隠してなんとやら? 4
和也が女子トイレにて追い詰められる前。
育枝の家では早くも警戒心ゼロで、お菓子を頬張っている女王陛下がいた。
口いっぱいにクッキーを入れ、職務を忘れ女の子になった女王陛下。
その顔は幸せいっぱいと誰が見れもわかるぐらいだ。
育枝が咳ばらいをする。
ゴホン!
「女王陛下?」
「どうしたの?」
「緊張感なさすぎませんか?」
すると首を傾けた。
クッキーを一度飲み込んで口の中を空にする為、近くにあった水を一口飲む。
――ゴクリ
それから大きく背伸びをしながら質問をする。
「なら聞くけどアンタがスパイなの?」
「それは……」
「違うでしょ?」
「そりゃ、まぁ……そうですが」
「見ててわからないかなー?」
「なにをですか?」
「吉野ってあぁー見えて感知系魔術と時空系魔術が得意なのよ。だから体内にある魔力波長から不審者はあらかた大雑把にはわかると思うのよねー。つまり王城に呼んだ時点で吉野は異変に気付いてくれたはず。と私は勝手に思ってるわ。それに可笑しいと思わないの?」
ここで育枝が気付く。
女王陛下は意図があってわざわざ和也を王城に呼んだのだと。
そしてなぜ他のフリーの傭兵ではなかったのかと。
朝の時間帯ならば全員が王城にいる。
その間に呼ぶことで女王陛下は先手を打っていたのだとわかった。
「なにがですか?」
「アンタがピンチの時だけ何故か吉野は戦場に姿を見せるってことに。つまりアイツはアイツで何かしらの情報網を持っているってことでしょ。それくらい察したら?」
「言われて見れば一理あります」
「まぁ、義理とは言え妹が心配な気持ちもわからなくないけどね」
「な、なぜそれを!?」
驚く育枝。
反応に困る女王陛下。
それからため息混じりに説明を始める。
「アンタねぇ、私をなんだと思ってるの? この国のトップよ? 流石に調べればアイツがどんなに凄い情報改ざんをしてもわかるわよ。っても他言はしないから安心しなさい。したら私にデメリットしかないし」
「あ、ありがとうございます。それでデメリットとはなんのことですか?」
「縁を切られるかもしれないデメリットよ。それよりもこの際だから話してあげる。アンタには心配をかけたくないからか黙っているみたいだけど、少し過去の話しをね」
女王陛下はクッキーを手に取り、頬張りながら昔話しを始める。
「これは七年前の話し。アンタはその頃一般兵見習いだったから知らない部分があると思うわ。私の両親とアイツの両親は同じ戦場で死んだの。その日私と妹も殺される覚悟をした。だけどアイツが世界最大の国エルメス国の刺客――大魔術師二人から命をかけて救ってくれた。両親を失い生と死の狭間をさまよう程の重傷を負ったアイツは最後まで私達姉妹の前では涙を零さなかったし、文句も言わなかった。ただ最後まで笑顔でいたわ。そしてあろうことか私達姉妹が両親を失った悲しみをぶつける相手にアイツは自らなったわ。自分のメンタルがボロボロになっても死んだ両親が護ろうとした私達皇族を最後まで護ろうとした。突き付けた刃を何の抵抗もなくその身で受け止め、言葉の暴力を振りかざしてもアイツは最後まで笑顔でいたわ。そして副総隊長であるアイツの父の後任として若き天才である森田が就任と同時に今度は皇族を護れなかった一族としてその身を持って全責任を負い次期総隊長候補の座を捨て辞職したの。私の最後の願いを黙って聞いて下さいってアイツ頭を地面にこすり付けて私に直談判をしてきたわ。何も言えなかった。時が経ち荒れていた自分が居なくなった私に謝る事すらさせてくれなかったの。今でも隙あれば連絡を取ってるんだけど謝らせてはくれない。アイツはそんな男よ。アイツがいなければ私も妹もあの日死んでいた。だからかな……私の影武者になるとか榛名は言ったんじゃないかな。きっとあの日の王子様が助けに来てくれると信じて」
「女王陛下……ならもしかして――」
女王陛下がもう一枚クッキーを手に取り、育枝の口に放り込む。
「そうよ、アイツならきっと動いてくれると信じているわ。だって私達姉妹が惚れた男だもん。アイツ以上に不器用で優しくて強い奴を私は知らない。アンタを巻き込めば必ずアイツが動くと私は信じていた。そしてここに来た時点でそれは正しかったと確信した。アイツは同じ過ちを繰り返さない。だから養子として引き取ってくれたアンタを含んだ家族を護ってくれているんじゃないかしら。何よりそんな男だから、男嫌いのアンタも恋したんじゃないの?」
(普段のアイツ見てると、怒った時とのギャップが凄すぎるのよね……女はあの姿で命を助けられたら本能に中々逆らえない……ってね)
「ぶっーー!?」
食べていたクッキーを詰まられてしまった。
慌てて胸を叩くが大きな胸が邪魔で振動が上手く伝わらない。
そんな苦しむ育枝を見た女王陛下が笑う。
「図星なのね。それにしても単純ね、アンタも」
「……んーーーっ!!! &($>#%(<▲”$’!<<$!!!」
返事どころではない育枝。
息が苦しい。
「あれ? ガチなやつか……ごめん、ごめん。からかい過ぎたわ」
目から涙を零し、今にも倒れそうな育枝の背中を叩いてあげる女王陛下。
少し強めに叩くとようやくクッキーが流れていったのか息を大きく吸い込む育枝。
それから手元にある水を一気に飲み、調子を整える。
タイミングを見計らって叩くのをやめる女王陛下。
「あ、ありがとうございます」
「アンタ反応も分かりやすいわね」
「それは言わないでください。それとアイツの事は好きではありません。勘違いは止めて頂けませんか?」
「そう、ならそうするわ」
「ありがとうございます」
「ならクッキーでも食べてアイツの帰りでも待ちましょう」
そう言って女王陛下は再びクッキーを手に取り食べ始めた。
育枝は育枝で煩悩をかき消す為にクッキーを手に取った。
『誰があんな奴好きになるものか……。将来相手がいなかったら可哀想だから貰ってあげるだけなんだから!』
自分にそう言い聞かせる育枝の心は女王陛下の一言のせいで大嵐状態。
あんな変態が好きとかありえない!
てかなに!?
なんで美女二人と私が知らない間に仲良くなってるのよバカ兄貴!!!
そうやって女をたぶらかせて勘違いさせる所が特に最低!
仕事する振りして何してるのよ!
どうせ貰い手いないなら私だけを見てればいいでしょ!
と怒りが収まらない育枝。
これは今度の休日に説教だなと心の中で強く誓った。
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