第7話 スパイ容疑の者に告ぐ、頭隠してなんとやら? 3
リビングに案内され、文句を言う暇なく一連の事情を半ば強引に聞かされた。
その中で分かった事は、軍の人間に裏切者がいるのではないかと言う事だ。
その事実は隊長職以上の者だけが知っていて、今は影武者を王城に残し女王陛下を一部の人間で匿うことになったらしい。その為、いつも以上に時間を取られて今に至る。つまり育枝が和也の連絡に気付かなかったのは秘匿案件の中でもトップクラスの任務を請け負っているかららしい。女王陛下の護衛任務。それはさぞ大変だと思うし、なにより気を使うことはすぐに察した。それにそんな状態でバレないように和也と連絡を取るのは無理に近いだろう。下手したら内通者――スパイ容疑にかけられてしまうかもしれないからだ。
ちなみにこれは育枝でなく女王陛下が勝手にペラペラと話し始めただけであって、和也と育枝は何も言ってないし聞いてもいない。
「まぁ衣食住を共にする以上、私も相手は女がいい。男の方がもしもの時は頼りになるが、それだと夜が恐いのでな」
「……はぁ」
(誰も襲わないと思うけど……)
相手は一国の女王陛下。
一時の欲望に負け手でも出した日には人生が終わると馬鹿でもわかる。
ましてや望まぬ妊娠でもさせた日には死ぬことになるだろう。
ただしこれはあくまで一般人やそれに近い立場の人間の話しである。
例えば和也みたいな……。
「そんなわけで私が自ら指名したのが、お前の近くにいる隊長の田中育枝だ」
「なるほど」
(今すぐに動ける女で一番強いのが育枝と考えれば当然だな)
てか話しが長い! と思っても、中々言い返せない。
相手は女王陛下。
一見和也はいつも言いたい事をいつも言ってるように見えるが実はそうじゃない。
相手との信頼関係があっての行いで見下してとかではない。
一部人間としての最低野郎と見下した時はそのような言葉を使う時もあるが……。
「それにしてもお前とこうして王城以外で会うのは久しいの、吉野」
「そうだな……。話し終わったなら帰っていいか?」
「なにを言っておる。どのような状況とは言え事情を知った以上お前はもう関係者だろ?」
「なるほど」
吉野は和也の旧姓である。
だけど今も吉野で世間には通している。
そのため田中だと言う事を知っている人間は家族を除くと数人しかいない。
「って、納得できるか!」
叫ぶ和也、耳をふさぎ「うるさい」と言う育枝、ニコッと微笑む女王陛下。
「なにが合っても私を昔のように助けてはくれぬか?」
どこか諦めが入った悲しそうな瞳。
それでも何かを期待しているようにも見えなくもない綺麗な瞳。
そんな瞳にはいつもと変わらない和也の姿だけが映っている。
「お前は過去に私の命を救った。その時に私は対等な立場でいいからこれからも側にいて欲しいと願った。だけどお前はすぐに軍を抜けた。理由に納得した私は何も言わなかった。だけどな、私は今でもお前を信頼している。どうか、もう一度だけ力を貸してはくれぬか?」
「お前過去にそんな事が……」
「まぁな。昔は魔術を極めて命を何回も張っていたこともあったかな。でも今はもう命をかけてまで何かをするつもりはない。だから悪い、今回の一件は自分達で解決してくれ」
「そうか。ならばもう帰れ。今回の一件巻き込んで悪かった。後は上手くこっちでする。それとお前は死んでも私を悲しませるようなことするなよ?」
「わかった、そうするよ」
和也は一人立ち上がり、念の為に聞いておく。
「最後に一つだけ」
「なんだ?」
「お前の影武者は誰がしている?」
「「…………」」
育枝と女王陛下がお互いの顔を見て黙ってしまった。
和也は納得する。
一般人ならともかく女王陛下を知る者を騙すとなれば容姿が似た人間を用意するしかない。そうなると候補者は限られてくる。
「この国に紛れ込んだのは本当にスパイだけか?」
「「…………」」
一般人には言えない。
と言いたげに困り顔の二人を見て和也はため息をついた。
どうやら良くない方向に色々と動いているみたいだ。
和也は困り顔の二人を置いて家を出て行く。
どうやら和也のやるべきことは決まったらしい。
一人夜道を歩く。
四月とは言えやっぱりこの時期はまだ肌寒い。
「やれやれ。外は冷えるなー」
手を擦り合わせながら、路地裏を抜けて大通りに出てを繰り返す。
途中寒かったので、コンビニに立ち寄り缶コーヒを一つ買った。
缶コーヒーの暖かさが口を通して食道を抜け胃に染み渡る。
「うまい!」
思わず声が出てしまった。
口の中では珈琲の苦みが程よく残り余韻も素晴らしい。
これはこれで最高に至福のひとときである。
世間からどんなに大層な名で呼ばれても嬉しくないが、缶コーヒがくれるこの苦みと旨味はとても素晴らしく嬉しい気持ちになれる。
「てかあのまま護衛続けさせられたら育枝と連絡取れねぇーじゃねぇかよ。ったく」
この際、良い機会なので不満も漏らしておく。
おっと勘違いしないでくれよ。
下のATフィールドは完璧で上の口からしか漏らしていないからな。
一体誰に向けての説明かがわからないが、そんなこんなで辿り着いたのは警備が頑丈な王城の裏門である。
ただしこのまま歩いて行くとすぐに警備兵に見つかって捕獲されるので夜の闇に紛れて侵入する。
過去に育枝から警備体制を聞いていたおかげで全て把握済み。
その為見張り交代のタイミングに合わせて手際よく忍び足で焦らずゆっくりと城内を進んでいく。
まるで悪い事をしている気分になる。
実は俺がスパイだったりしてと007(ぜろぜろせぶん)になった気持ちで一分でも早く育枝との時間を取り戻す為に頑張る和也。
その時だった。
緊急事態が発生した。
和也の体内で警報が鳴り響く。これはマズい状況になったと。
「マジかよ……」
慎重な足取りに焦りが加わる。
とにかくまずは敵に見つからない事だ。
そのまま近くにあったトイレへと駆けこもうとしたときだった。
目の前で坂本総隊長と森田副総隊長がトイレへと連れションで男子トイレに入っていった。
マズイ、マズイ……。
漏れる、漏れる、漏れる……。
内なる心と格闘する。
だが尿意はすぐそこまで来ている。
下半身のATフィールドが尿意に中和され崩壊しそうになる。
身体とのシンクロ率低下に和也の顔が険しい物へと変わる。
「このままでは漏らす羽目になるな……」
和也は覚悟を決めた。
そして目にも止まらぬ速さで物陰から一直線にトイレの中に入った。
そのまま急いで個室に入り、鍵を閉めた。
「ふぅ……危なかった」
だが。
ハプニングは続く。
「あかりちゃんまたおっぱい大きくなったね~」
「ちょっと恥ずかしいから触らないでよー」
「えー、いいじゃん」
と女子トイレに駆け込んだ為に今度は出れなくなってしまった。
ATフィールドは回復したが、これでは流せない。
水を流せば出て行かなければならない。
だが出て行けば見つかる、そして変態と言うレッテルが貼られる。
別に軍の人間だけなら別に気にしない。
なんたって緊急事態だったのだから。
でもそこに育枝がいるとなると話しは別だ。
その時だった。
「あれ? 個室一つ締まってない?」
「本当だ。今日夜勤って私達二人だけよね? 他に女の子いたっけ?」
!?!?!?!?!?!?!?!?
なにーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!?
和也に絶体絶命のピンチが到来してしまった。
ドクン、ドクン、ドクン、高鳴る鼓動。
下半身丸出しのまま敵の城で捕まるのか!?
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