第5話 スパイ容疑の者に告ぐ、頭隠してなんとやら? 1


 和也が住むのは魔術帝国と言う国である。

 公用語は日本語でかつて日本と呼ばれた国が存在していた場所。

 戦争は時に非情で時に残酷。

 だけど戦争がもたらすものもある。

 それは科学の発展だ。

 これは歴史が証明している。

 それは今も昔も例外はなく魔術の発生も戦争がきっかけだった。

 第五次世界大戦がある日起きた。

 文明が科学によって発展した世界は瞬く間に戦禍を広げ僅か一週間で滅びの道を辿った。

 大国、小国関係なく国家が潰れた。

 戦争に参加しなかった国も大国同士の戦争に巻き込まれて大被害を受けた。

 その中で生まれたのが新たな力魔術である。

 それから数百年の時の中で世界は生まれ変わる。

 それに合わせて人類は誰しもが魔術を一般的に扱えるようになった。

 もっと言えば生まれつき魔術に必要な魔力を持って生まれてくるようになった。

 それが今の和也たちの世界である。


「それでここに呼ばれた理由もうわかっているわね?」


 魔術帝国の国家元首――峯岸遥(みねぎしはるか)が言った。

 澄んだ声は謁見の間に静かに響いた。

 年齢不明、性別女。

 容姿は整っている。それでいて大人びた美しさがあり、女性としての魅力がある。

 そんな女王陛下に呼ばれた和也は大きな欠伸をしながら答える。


「わからん」


 軍の上層部や大臣、後は護衛の兵士が見守る中その男は答えた。

 当然その中には育枝もいる。

 だがそんなことは和也の知った事ではない。

 朝起きたら「陛下の命令だ。今から王城に来い」と体格の良い男達が家に来てはそんな事を言ってきたのだ。そのまま音速輸送機に乗せられて数分後にはここに到着した。その数分の間、和也は外の景色を見ていただけで事情は何一つ聴いていないのだ。


「そもそも人が起きたと同時に拉致って音速輸送機に詰め込んでポイッとここに放り出される形で連れて来られたんだ。知ってる方が可笑しいだろ?」


 正論をぶつける和也。


「お前さっきから誰に向かって口を聞いているかわかっているのか?」


 育枝の冷たい声。


「構わないわ」


 だけどそれをすぐに女王陛下が止める。


「坂本総隊長。これはどういう事かしら? なぜ彼が事情を知らないのか説明して」


「申し訳ございません。何かしらの手違いでまだ事情の説明ができていないようです」


「そう。ならこの場で貴方から説明をしなさい」


「かしこまりました」


 相変わらずギスギスしてるなーと思いながら、事情説明を待つ和也。

 魔術帝国の軍事最高責任者である総隊長――坂本が玉座の後ろから歩き前へと進み和也の前へとやって来る。


 それからゆっくりと口を開く。


「お前が先日倒した軍人が今朝口を割った」


「そっかぁ。なら帰っていいか?」


「逃げずに最後まで話しを聞け。男は言った。自分は囮だと」


「それで?」


「我らの目があの男に向いている間に別動隊の四人がスパイとしてこの国に紛れ込んだらしい。そこでだ、お前に軍から正式な以来としてその四人を殺さずに捕まえて欲しいと依頼することになった。スパイを捕まえれば男が所属するリーシャン国の情報が手に入る。頼めるか?」


「断る。じゃあな」


 和也は即答し、後ろを振りむきながら答えた。

 そのまま手を振り、謁見の間を出て行こうとする。

 その光景を見た多くの者がため息をついた。

 今回は和也が動く理由がない。

 ただそれだけ。

 なので幾ら周りが困ろうが和也の知った事ではない。

 和也はただ護りたい者の為、今も軍に干渉できる立場を捨てていないだけ。

 別に護りたい者が護れるなら、国がどうなろうが知った事ではないのだ。

 国を護りたいと思うなら軍に今頃いる。

 それをしないでフリーの傭兵を続けている理由はただ一つ。

 それが和也としての魔術師としての誇りでもあり、信念でもあるのだ。

 

「ここでお前をスパイ容疑の疑いで捕まえる権限を私は持っている。それでも断るか?」


 和也の足が止まる。


「なるほど。確かに総隊長クラスならそれも可能なのかもしれない。だが忘れるな、俺もお前と同じ大魔術師だと言う事を。っても俺は元大魔術師でもう戦線には殆ど出てない……それでもお前と正面から戦う力はまだあるぜ、たぶん」


 振り返りながら不敵な笑みを向ける和也。


「どうする? 一生牢屋で過ごすか、我らに協力するか?」


 和也は一度大きくため息をついた。

 それから鋭い視線を周囲に飛ばす。


「なら俺からも一言いいか?」


「よかろう」


 警戒してか腰にある剣を抜き、構える総隊長。

 それと同時に護衛の者達も武器を手に取り身構える。


「いい警戒心だ。だが甘い。俺が本気になれば半分は即死だな」


「それで答えはどっちだ?」


「答えは決まっている」


 女王陛下に向かって決め顔で言う。


「三食飯付きでどうだ!」


「「「「「「………………」」」」」」


 急にシーンとなった謁見の間。

 一人戸惑う和也。


「うん? あれ……。あっ、なるほど!」


 ここで言葉が足りなかったと反省する和也。

 しっかりと相手に自分の気持ちを伝える事の大切さを思い出して、ワンモア。


「冷暖房までは別に用意しろとか言わないけどせめてお風呂は入りたい。後好き嫌いはないけどパンよりご飯が良いかな。それと……直で床に寝ると硬いから布団でいいから一枚掛け布団付きで頼む。それくらいしてくれるなら一ヶ月ぐらいでいいならとりあえず大人しく捕まってやるぞ? それと面倒くさいから協力は嫌だ!」


 視線を周囲に飛ばすが全員戸惑っているのか、目が泳いでいる。

 各々が上の判断を仰ごうと視線を飛ばし始める。


 女王陛下は首を横に振り呆れている。


「お前はバカなのか?」


「なんで?」


「自分から捕まろうとするアホだからだ。てか私の意図を察してここは引き受ける所なのでは?」


 今度は和也が呆れて首を横に振る。


「だって探すのめんどくさいし、特徴とかなしで探せと言われる身にもなって欲しい。何よりお前達はただ口で指示を出すだけだからわからんかもしれんが、実際に動くとなると張り込みとかして本当にそいつで間違いないのかを自分の目で確認しないといけない。そうなると昼夜を惜しんで監視の為、寝不足になるし、お前達の指示に従うといちいち報告からの確保だろ? 確保の申請から承認までの時間が平均して四~五時間かかると仮定するとマジで幾ら金を積まれてもやる気がでない。どうせ部下にお願いしようとした矢先、そこら辺の問題から起こる部下の不満を解決しようとして俺に矛先が向いたんだろう? だったら断るに決まってるだろ?」


「仕事に好き嫌いを言うとはまだまだガキだな、お前。我々魔術師は人々の平和の為にその力を奮う事を正義としている。それを私利私欲かつ自分の好き嫌いで仕事を引き受け実行とは大層ご立腹じゃないか。お前みたいな自己中心的な奴が国を腐らせると恥を知れ、この戯け!」


「ならお前がやれ。その間お前の仕事は副総隊長にでもさせたらいいだろ? お前ならその場で犯人を捕まえられる権限があるんだろ? もし間違えた時も自己責任。動くには適任だろう? それともそれは嫌か? 保身が欲しいか? もしもの責任を擦り付ける部下がいないと出来ないか? だったら部下もそうゆう気持ちになるだろうな」


 まったくもって聞きたくもない反論に、総隊長はぶるぶると肩を震わせながら、こめかみに青筋を浮かべていく。


「誰に向かって口を聞いている?」


「お前だよ、坂本総隊長殿」


 総隊長は苛立ちに打ち震える。

 だが我慢の限界にすぐにきてしまう。

 持っていた剣を掲げて叫ぶ。


「総員、この男を――」


「待ちなさい!」


 女王陛下の言葉が総隊長の言葉を遮る。


「もういいわ、帰って。急に呼び出して悪かったわね」


「いいよ、別に。ただ――」


 和也は振り返り背中を向ける。


「人に物を頼むときは頼み方ってものがあると俺は思うぜ。それと……いやなんでもないよ」


 そのまま謁見の間を出て行く和也。

 最後に見た、育枝の心配そうな表情に和也は「やれやれ……」と誰にも聞こえない声で言った。

 助けて欲しいなら素直に助けてと言えばいい。

 それが言えない立場なら捨ててしまえばいいのに、ホントどいつもこいつも素直じゃないなと思った。

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