第39話 平安はかりそめ?

「ボカ、今日は一人か?」

 ペアナとミアが、執務室に入ってきた。ボカがボウッとして、お茶を飲んでいた。我に帰ってボカは、

「お兄ちゃんは、職人組合の幹部達との会合、お姉ちゃんは商人達との商談。もう直ぐ終わるはずよ。私は、各地からの報告書の整理が今しがた終わったところ。」

 自分の現状を弁解するように付け加えた。

「大変だな。ここまでこれたのは、3人のお陰だ。」

「同感よ。」

「有難う、座ってよ。」

 二人が、長椅子に座ると、

「二人だって、いっぱいしてくれたでしょう?」

「しかし、人間は大変だな、魔族は単純だった、もっと。だから、ここまでこれたと思うぞ。」

「ハイエルフなんかも、単細胞でやってたしね。」

 意外なほど、彼らの領地の復興は進んでいた。何のかんのといっても、チーク達3人の手腕が大きかったことは誰しも認めることだった。

「父さんは、小領主だけでなく、色々手広くやってたからね。私達も、それを見てたし、手伝っていたからね。ミカエラ達も同じだったし。でもね。」

と言葉を切ってから、

「上に立つ経験のある魔王様や王女様、王子様がいてくれて助かったわよ。他のみんなも、手腕を発揮してくれたわよ。」

 制度とかそれを管理するとか、その時の態度とか、さらに国レベルでの交渉や態度は、3人をはじめ殆どの者には未知のものだった。

「でも、魔王様もこういうところは代官みたいな人に委せていたからね?3人がいなかったらだめだったよ、ねえ?」

「ああ、我も王女様達も王子様もな。勇者様も勇者様なりによくやってくれたぞ。」

「私の場合は、お兄ちゃんのお蔭だよ。」

「あら、ミアのお兄様は、みんなミアが、と言ってたわよ?」

「本当に馬鹿兄ちゃんなんだから、謙そんにも限度があるわよ。」

 ペアナが笑うと、二人はそれな誘われて笑った。

 その時、ドアがあいた。チークとカーマが入ってきた。途中で出会ったのだろう。カーマは、弟の腕を自分の胸に挟むようにして寄り添っていた。

“はちゃー。”“これは、これは。”と二人がボカの方を見ると、既にそこには彼女の姿はなかった。“あれ?”“は?”急いで、チーク達のところに視線を戻すと、既に兄に寄り添って、姉と同じことをしていた。“速っやーい。”“やはり、あいつと戦いたくないな。”

「何かあったのか?」

 3人は、向かい側の長椅子に座った。

「幾つかな。ところで、そちらの方はうまくいってるのか?」

「最終的に合意した。都市の体裁も整ったというところだな。人と物の動きが順調になる。このカツオブシ市も。」

「それはよかった。スー達も祝賀祭の準備がほぼ完了しているそうだ。」

 復興も進み、市の成立にあわせて、団員へ慰労会を予定していた。その準備の式は、スー達3人が中心にしていたが。

「慰労会は心置きなくできそうだな。ヤクやズウの助言にも助けらたな。」

 二人は異世界の知識で、都市建設への助言で貢献したし、その技術を利用した事業にも取り組んでいた。そちらも、順調に進んでいた。

「それだけか?」

「まだ、幾つか。勇者パンはやっぱり来るそうだ、3人の妃も連れて。」

 チーク達が複雑な顔をした。彼に恨みなどないが、やっぱりモヤモヤしたものがあるからだ。とはいえ、彼と彼の3人の妃が来ることは、この戦士団が公認のものであることを示すことになるから、歓迎すべきことだった。勇者パンのことだから、その事を配慮してのことだと思われた。

「それから重要な情報だが、噂の類いに近いのだが。」

「チンジャオが、カステラ皇国のカキモチ太閤の軍に大敗、負傷、その傷が元で死亡したって。」

“だから、連中は当分ちょっかいをかけてこれないかも?”という二人の顔が言っていた。

 実は、チンジャオと宰相カントンメンの間には、カルビの敵討ち失敗で微かな溝が出来ていた。

 気分が落ち込みがちな彼を元気づけようと、彼の旗揚げ時からの部下で義兄弟の契りまで結び

絶対の信頼感を共有していたバンバは、勢力圏にある国に侵攻していたカステラ皇国の軍の討伐に単独で挑んだ。豪遊無双の彼の軍が、しかし、禿鼠の仇名のカキモチ太閤の軍に大敗、戦死してしまった。もう一人の義兄弟のジィーが、やはり単独で挑んだが、やはり返り討ちになった。それに怒った彼は、帝国をあげての戦いを陣頭指揮で始めた。カントンメンは、国内体制の整備、富国強兵のための施策、他方面での戦い、交渉、謀略で手一杯であり、また、チンジャオの軍の物質調達、補給など後方支援を完璧につとめてが、チンジャオのそばにいなかった。一連のことは、カルビの敵討ち失敗で、わだかまりを持ったチンジャオが、カントンメンの助言を聞くことなく彼の意志を強く通し、かつ、カントンメンも強く言えなかったことで生じたものだった。そして、大敗、その際の負傷で、帰国後程なくして死んだのだ、カントンメンに後のことを一任して。彼の息子に絶対の忠誠を約束した彼の言葉には偽りはなかった。そして、数年後、国力の充実と十分な謀略の上で、亡き主人が頂点となる聖人の世界実現のための侵攻を開始することになる。

 それとは直接関係ない卑怯な魔獣使いの男への復讐は、亡きチンジャオの無念を晴らすためのたカキモチ太閤の築いた諸城の攻略と同じくらいの比重だった、彼の頭の中では。

「そうあってほしいものだね。」

 チークが言うと、ペアナ達も頷いて、立ち上がった。

「また、明日。」

 二人が出て行くと、カーマとボカはいっそうチークにしがみつき、

「忘れてくれると良いわね。」

「卑怯な魔獣使いさん?」

 揶揄うように二人は、見上げた。

「その時、しっかり頼むよ。魔獣さん達?」

「さすがに、それは酷いぞ!」

「そうよ、こんな美人姉妹を!」

 2人目は笑いながら、彼の頭を小突いた。

「お前とともに戦ってやる。」

「3人で戦おうね。」

 それには答えず、

「ささやかな領主として、静かに暮らしたいと思っていたんだけど、こうなってごめんな。」

「何言っている、どんなに小さくても、静かに、のんびりとはいかん。父上も母上もそうだったろうが。」

「そうだよ~、お兄ちゃん。それに、私は今の生活悪くないと思っているし、私達3人で選んだんだよ。」

 彼は、黙って優しく。二人を抱き締めてから、

「僕は今が幸せだよ。」

 二人は、彼の胸で小さく、何度も頷いた。

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