第38話 夢の意味は何だろうか

 気がつくと、教会の鐘が聞こえていた。そして、自分が立っていて、誰かが自分と腕を組んでいるのが分かった。

「私、幸せよ。」

 腕を組んで、肩に頭をのせているのは、見事な金髪の持ち主だった。その女が顔を上げて、彼を見た。美しい女だった。リーノだった。彼女は結婚衣裳を着ていた。そして、自分もそうだということに気が付いた。それを当然のこととして受け入れている自分がいることにチークは、何の矛盾も感じなかった。そうだ、二人の結婚式なんだ、と思った。故郷の、再洗礼も受けた教会だった。あの荒廃の中で、出て行かず、ゼロからの復興のために残ることを選択して良かったと心から思った、こうして、リーノと結婚式をあげられたのだから。

「ああ、僕もだよ。何時までも、離さない。」

「離さないでよ。」

 彼女は幸福そうに見上げた。惹きつけられるように、二人は唇を重ねていた。甘い、温かい、唾液が交換される。教会の外に出ていた。何かを忘れているとは、全く思いつかなかった。幸せに包まれて、それが未来永劫にその光が何処までも広がっているように思えた。

「お前だけ幸せになどさせるものか~。」

「道連れにしてやる!お兄ちゃん~。」

 足下から、おぞましい声が聞こえてきた。ぞっとして下を向くと、奈落の底が広がり、血みどろで、傷だらけのおぞましい二人の女が彼の脚にすがりついていた。

「私達とともに、奈落に墜ちるのよ!」

「血と汚物の中でもがくのよ、永遠に、私達と!」

 二人によって、力尽くで引きずり込まれていく。

「嫌だー!たすけてくれ!」

と叫ぶチークに、彼の名を呼んで、差し出されるリーノの手は、もう少しのところで届かなかった。墜ちてゆく絶望感と悲しく泣きさけぶリーノの声と不気味に響く二人の女の笑い声が交差していた。

 目が覚めたチークの目に、頭に包帯を巻いたカーマとボカの顔があった。

「大丈夫か?」

「お兄ちゃん。私達が分かる?」

「大丈夫…痛たたた。」

 慌てて、起き上がろうとして、激痛が走って、動けなかった。

「馬鹿!無理するな。」

「そうだよ。本当に危なかったんだから。1週間、意識がほとんどなかったんだから。」

「姐さん達は、自分達も死ぬって大変だったんだから、チーク兄貴。」

 二人の後ろから、ミカエラの声が聞こえてきた。

「みんな、大丈夫だったのか?」

「みんな無事ですよ。でも、手ひどくやられて、姐さん達も少し前、動けるようになったばかりですよ。」

「そんなにひどくやられて?僕がもっと、あいつに手傷を与えられたら…。」

 彼が悔しそうな顔をすると、

「私こそ、お前に助けてもらって…。」

「そうよ。お兄ちゃん、自分のことをもっと考えてよ!」

 でどうなった、あれから?という彼の顔を見て、カーマが咳払いをしてから、

「皆で立ち向かったが、大して持ちこたえれなかった。でも、ミヤ達が間に合ったんだ。」

「お兄ちゃんの心配したとおり、待ち伏せしていた連中がいたんだよ。」

 皆に使者を送りながら、その後から様子を窺う者も、少し遅れて出発させていたのだ、チークは。彼らの警報で、ゴウやスティ達がその連中の相手をしている隙に、ミヤ達が駆けつけられたのである。ミヤとヤクス、トウ達が束にかかって何とか倒した。チークの手助けで、聖女とリーノを倒していなければ危うかったところだった。さらに、一矢も酬いらなかったようにみえたが、聖剣や聖鎧などにダメージが出ていたらしい、そうでないと、ミヤ達ですら危うかったという。

「それで、とどめも刺したわけか?」

「当然、そう思ったんだが…。」

「倒れた後、勝手に体が崩れていって…。」

 闇墜ちのせいなのか、限界異状に力を出したせいなのかは分からない。スティ、キア、ゴウ、ターミアが迷惑をかけたと言って泣いて謝ったとか。

「彼らのせいではないさ。」

 チークは、急に夢のことが心配になった。

「本当に、二人とも大丈夫?」

「どうした?」

「いや、これが夢のような気がして…。」

「じゃあこれなら?」

「ボカ。こんなところで!」

 二人で、チークの唇に自分達の唇を重ねて、舌を差し入れて、絡ませてきた。甘くて、柔らかな唇を二つ感じたが、唾液が入ってくるのもわかったが、それはさっきも同じだった。

「どうした?」

「?」

 不安そうな彼の顔をを見ながら、二人は心配になった。

「本当にどうしたというのだ?」

「そう言えば、随分うなされていたよね。あの女のことも呼んでたよね。」

 にらみつける二人に、チークは白状させられた。意外に二人は、怒らなかった。

「私も、…いや…。」

「お兄ちゃんも、…。」

 言いかけて黙って、視線をあらぬ方向にむけた。

“二人とも、何か夢を見たんだな。 ”と思ったが、咎めることなく、

「あのリーノが、ささやかな幸せで、満足するわけなんかがないものな。」

「そうだな。彼奴らの言い分、彼奴らの頭の中では、そう見えるんだろうな。」

「迷惑な話よね。」

“よりビッグに見えたから、あいつを捨てた=奪われた、勇者と行くままにさせた=裏切った、俺との未来を奪ったということか?”

「お兄ちゃん。私とお姉ちゃんとのことを後悔している?」

 ボカは不安そうな顔で見つめていた。顔をそらしていたが、カーマも不安そうな顔だった。チークは、息をついで、

「僕を捨てないでくれよ。」

 これが最良の言葉のように思えた。

「馬鹿!当たり前じゃないの!」

「お前を一人になぞしはしないぞ。」

 傷に障るくらいに、二人目は強く抱きついてきた。

「痛い!」

“あの時夢は、別の未来の俺の主観なのかもな。ありえない未来の…。”

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