第37話 復讐?
「リーノを見たよ、兄貴!」
血相を変えてシロが、チーク達のところにやって来た。街の中で、彼女が他の男女二人と並んで歩いているのを見て、知らせに駆けつけてきたというのだ。
「本当だよ。間違いないよ。俺は、人の顔と臭いは忘れないし、彼女は昔からよく知っているから。」
疑いの言葉を受ける前に、彼はダメ押しした。
「一緒にいた二人は?どんな奴だった?」
シロはチークの質問に、知らないと言うように首を横に振ったが、
「男の方はさ、勇者のように臭ったよ。女の方は、聖女のような臭いだったよ。」
「勇者と聖女?」
カーマが腕を前に組んで、難しそうな顔をした。
「でも、そんな二人にあの女じゃ、酷く見劣りするわね。」
ボカが首をひねった。
「ああ、彼女の持つ槍、魔槍の臭い、さらにかなりのやつだと思うよ。ひどく臭いがきつかったから。」
思い出したようにシロが言うと、
「3人の様子は、どうだった?殺気だっていたか?殺気は隠していただろうが。」
「どうなの?」
黙ってしまったシロを、クロが問い詰めた。また、シロは首を横に振って見せた。
「でも、朗らかな臭いはしなかったよ。ああ、それから、死臭もしなかったよ。」
可能性を思いついて、付け加えた。カーマとボカ、クロはチークの方を見た、心配そうに。シロも頼るように彼に視線を向けた。
「チーク兄さん。みんなを連れて来たよ。」
ミカエラが、アンジュ以下屋敷にいる面々を皆連れて来ていた。シロの第一声ですぐに一大事と悟って、彼女なりにチークの行動の先を考えて行動したのだ。チークは、破顔一笑、
「流石はミカエラだな。それに、シロ、お手柄だ、ありがとう。姉さん、ボカ、みんな。」
チークは、皆を前に話し始めた。
チーク達は、取り敢えず残った傭兵達を一つにまとめ、団としてあてがわれた地域の復興、統治していくこととして、ヌカズケ市に拠点を据えることにした。後々は、分割して、それぞれの領地とすることを考えていたが。ヌカズケ市では、各自私邸で生活していた。各地には、代官を送りたかったが、その人材も得られないので、交代で地域をまわりながら、新たに入植させた者達も含めた領民の声を聞きながら、統治を進めていた。
チークは、カーマ、ボカ姉妹達とともに、半ば廃墟になっていた貴族の館に居を構えていた。ミカエル、クロ、シロももちろん一緒だったし、新たにくわわったアンジュ、ガッチャン、サバ、アオ達戦士や使用人達も共に生活していた。それに十分以上の広さがあった。他の面々も同様だった。彼らの元にも、知らせの使者を送ったが、どこをねらうのかは分からないし、簡単に見つかるようだから、直ぐに襲撃をかけてくることが考えられるので、ここにみんなが集まるということにはならない、”すぐそばのカーユは来るかな?来るとしたら、酒を片手に来るだろうな。“チークはそんな自分の考えに笑いながら、鎧を着、得物を身に着けていた。
「兄さん。来ましたよ。」
ミカエラが、たてていた耳を門に向けて言ったのは、そのカーユがビールのジョッキを片手に持って、妻達と大楯を持って現れた直後だった。皆を広い中庭に集めて、待ち受けた。侍女などの使用人は奥の部屋に隠れているよう命じていた。
彼らが、広間を通り、中庭に入ってきた。
「シロの言っていたように3人か、いや4人だな。」
チークが呟いた。知っているのは1人だけだった。元チークの恋人のリーノである。
「どなたかな、よければ名前を名乗っていただきたいのだが。」
チークの言葉に、勇者が、
「卑怯な魔獣使いなどに名乗る名などない。」
“どうして、こういう情報になるんだ?リーノは説明してないのか?”
チラっと彼女に視線を向けた。それに気がついたのかどうかは分からなかったが、彼女は魔槍で彼を指し示して、
「私から愛するトンテーキを奪い、そして私を裏切り、全てを奪ったお前が、私のことを忘れるはずはないでしょ!」
「は?」
トンテーキの名が、記憶の奥底から出てくるのに、時間が少々かかってしまった。彼らの村の有力者の息子だった。
「な、何よ、それは?あなたが、彼を振ったんじゃない!」
「そうだ。その後、チークに言い寄ったのではないか、」
“ああ、そうだった。”チークは、完全に思い出した。彼の前の彼氏のことを。リーノは、しかし、カーマとボカの指摘には意に返さないようだった。
「それに、誰が裏切ったと言うんだ?お前が勝手に出て行ったはずだ。」
「そうだ。我らに何を奪われたくと言うのだ?」
「借金返せ!」
彼女は、全く反応を示さなかった。“なんだ?”
「このような屑に何を言っても無駄です。やってしまいましょう!」
聖女だった。
「屈辱を受けて殺された恨みを!」
聖女が放ったのか。一瞬動けなくなるような衝撃を受けた。”でもこれで分かった。“だが、勇者とリーノを無視して、
「そこだ!」
とチーク、カーマ、ボカはチークの影の一点に、衝撃魔法、剣と蹴 り、拳をぶち込んだ。
「ギャー!」
別の空間から、血だらけの女が断末魔の叫びとともに飛び出した。
「卑怯者!」
これは勇者。
「何処がだ?」
カーユだった。
「あ?」
カーユの両脇の女達が、声をきせずして声を合わせてだした。
「姫様を裏切って、殺された」
とまでハーモニーして、
「勇者ヤーナ?」
「聖女のガーワ様?」
奴隷として得た女達を選んで妻にと冗談を言われ、冗談で答えたものの、解放してメンバーとして過ごし、世話しているうちに、惚れられてしまい、誰か一人を選べず、3人とも妻にしたカーユだった。
「自分が優柔不断だと言うことが、よくわかったよ。」
カーユが自嘲気味に笑うと、
「気持は分かるよ。」
はチーク。
「俺よりましさ。」
とヤクス。
「いやいや、俺ほどひどくはないよ。二人は、ちゃんと選択したしね。」
自嘲気味に笑う3人は、後で女達に睨まれたが。
声を上げたのは、ターミアとキア縁の女達だった。
「俺を知っているのか。人間達はみんな、俺を裏切った。お前達もか。」
「私を裏切り者とは…。あれだけつくしたのに…。」
「所詮、こいつらはみんなそうよ!」
“こいつらの記憶はどうなっているんだ?”チークは思ったが、
「勇者は僕が引き受ける!姉さん達はリーノを。ミカエラとシロは、危なくない程度に勇者を邪魔してくれ、カーユはボカ達を援護してくれ。クロと後のみんなは聖女の力を抑えろ!」
と素早く指示した。
「無茶よ!」
「そうよ、お兄ちゃん!」
二人にも勇者の、そして今のリーノの力は察することが出来た。
「早く倒して、逃げてくれ!」
その言葉に二人は反論しなかった。“直ぐに助けに行くからな!”“死ぬ時は一緒だよ!”
勇者の一撃を、辛うじて受け流したチークは、はっきり実力差を感じた。“パン以上?何だ、この力は?長く持たない?”
「ボカ。相手をリーノだと思っちゃ駄目よ。」
チークの作った魔法・格闘戦用の武具を装着して構えた
「分かってるわ、お姉ちゃん。魔槍のせいだけじゃないわ。」
兄の鍛えた魔法剣を抜いた。
「私を殺した報いを…。」
“は?”3人は、激突した。
チークは、防戦一方だった。致命傷を何とか避けたが、かなりの深手を幾つかも受けていた。ミカエルとシロの援護がなければ、すでに死んでいたと思った。
「攻撃的お手!」
ミカエラが飛び上がって叫んだ。両手に魔力を集中させて、そこから発する波動を上から叩きつける彼女の、唯一の、魔法攻撃必殺技だった。しかし、それは軽く受け止められた。技をだした後の隙をついて、勇者の剣が一閃した。ミカエルの胴は真っ二つに、なったはずだった。
「うわー!」
叫び声を上げて、渾身の力で飛び出したチークが、彼女を抱き締めて、一瞬早く逃れたのだ。
「う~。」
勇者の剣は、しかし、彼の体を切り裂いていた。また、傷口から大量の血が吹き出した。
「兄さん!」
シロは何とか、勇者の動きを邪魔しようとしたが、
「煩いやつだ。」
とばかりの勇者の無造作な一撃で壁に叩きつけられて動けなくなった。チークを何とか守ろうとしたミカエラも叩きつけられた。何とかチークが張った防御結界がなければ袈裟懸けに切り裂かれていた。血みどろで、チークは動けなくなっていた。とどめをさそうとした時、聖女がうずくまり、リーノがカマの拳で胸を貫かれ、ボカの剣で切り裂かれた傷から、大量の血を吹き出していた。二人の近くに落ちている小柄や手裏剣、魔法の痕跡。
「後ろから…。この卑怯者!」
怒りのとどめをさそうとしたが、二人、いや3人を助けることが先だと判断して、背を向けた時、後ろから火球が飛んできた。すかさず振り向いて、それを軽く弾いた彼の前にチークが立ち上がっていた。
「い、か、せるか~。」
そのチークが、気が付いた時には、勇者の剣が彼の胸を刺し貫いていた。辛うじて、心臓からは外したが、殆ど致命傷だった。
「捕まえた!」
渾身の力で、放つことの出来る魔法攻撃をゼロ距離ではなった。もう、自分へのダメージなど考える必要はなかった。“一矢は報いたか?”しかし、薄れる彼の視界には、一矢も報いてすらいないと思われる勇者の後ろ姿だった。
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