第35話 潮は引いていく
密集隊形で突進してくる騎馬隊へ矢、槍、石、そして魔法の攻撃を集める。相手方も当然彼らを援護するため、こちら側の弓手などを狙う。一騎また一騎と脱落していくが、瞬く間に、第1の壕、柵、土壁を突破する。壕には、下手に落ちると、簡単には登れない、怪我をするように工夫を凝らしていた。何騎かは壕に落ち、這い上がれなかった。柵で阻まれ、四方から槍で突き刺された者もいた。土壁から転げ落ちた者もいた。だが、彼らの突進は止まらなかった。第2を突破し、第三の壕、柵、土壁を突破し、さらにそびえる石垣を跳び越えた。その直後、泥沼に落ち込む者が相次いだ。しかし、カルビ以下の精鋭達は軽く、それを乗り越えて、本陣に乗り込んで暴れ回った。そのままにしていては、彼らに歩兵が突入してくる様相となっていた。幸いなことに、何とか、まだ後続の歩兵とは分離させていた。
「お前が、あの魔獣使いか?!」
カルビが、彼女の前に立ち塞がったチークに向かって叫んだ。
「は?」
さらに、手に持った戟を彼の方に向けて、
「女達を侍らせ、魔獣に戦わせて、何人もの同志を殺した、自分は戦わない卑怯者はお前であろう!」
“は?そんな魔獣使いなんかいたっけ?魔獣使いはいるが、そんなのは…どこか情報が…。”戸惑いながらも、斬馬刀を構える彼に、さらに、
「借り物の力を自分の力と錯覚している愚かしさを、これから教えてやる。魔獣をだすがよい?それとも、両脇にいるのが、女の姿に化けている魔獣か?」
「何だと!このどチビ女!」
「失礼ねえ、このロリ婆!」
カーマとボカが怒り狂った、慌てて、チークは二人を押さえた。彼女の持つ戟や着込んでいる聖鎧が、生半可な力ではないと感じたからである。婆かどうかは分からないが、鎧を着込んでいたことと、騎馬であることからわかりにくかったが、小柄な女であることは確かであった。
「来ないのなら、こちらから行くぞ!」
カーマとボカは左右に飛び、三方からの攻撃の体制を取った。彼女を倒さなければ、彼女一人に本陣が蹂躙され、総崩れになりかねなかったからだった。
ヤクス達にミアとサシ達が他の騎馬兵と戦っていた。ペアナとハーン、スティ、キアが、後続の歩兵をなぎ倒していた。イク、スージィ、ゴウ、ターミァがそれを手伝う。ズウとナマは、ギイとウナのところで戦っていた。
チーク達と相対したカルビの着込む聖鎧は、伊達ではなかった。魔力耐性も半端ではなく、剣も、拳も、蹴りも、彼女の鎧に阻まれ、有効な打撃は、あたえられたなかった。彼女の繰り出す戟も、放たれる魔力もかなりのものだった。3人は、さすがに苦戦を強いられた。
「まだ来るか?」
元魔王と名乗る魔族の男の死体を投げ飛ばしながら、ペアナは叫んだ。周囲の魔族兵は彼女と彼女を守るように、傍らに立つハーンを見ながら、じりじり後ずさりしていた。
「勇者様!」
叫ぶオーガの女にキアが槍を突き刺した。スティが勇者にとどめをさすと、そちらの方向は退き始めた。それが、魔族兵の方にも感染したように、魔族兵も退却を始めた。突入した騎馬隊により、後方が崩れさる様子が、一向に訪れなかったこともあるだろう。
「あちらの方はどうなっているのかな?」
イークが不安そうに呟いた。それを耳にして、
「やられていたら、後ろが崩れているわよ、多分。」
とのキアの言葉に、ゴウとスージィが頷いていた。
「お兄ちゃんから離れろ!このデカ物女!」
ミアが、サシを組み伏せようとしていた騎馬兵を、掴んで投げ飛ばした。
「エルフとは思えない力技だな。さすが勇者様だ。」
サシが苦笑すると、ミアが詰め寄って、
「お兄ちゃんの浮気者!あんなデカ物女と組んずほぐれつなんかして!」
「お前!何をみていたんだよ?」
その二人のやり取りを背に、ヤクス達が、
「リーダーもやってるな。」
チークは、騎馬を既に失ったカルビと殴り、蹴り合いをしていた。お互い、顔が腫れて、形が変わっているようにすら見えた。どうしても、露出する顔を互いに攻撃を集中し始めたからである。
「自分は戦わぬ臆病者と思ったが、そうではなかったな。魔獣を失っても、これだけ戦うとは思ってもいなかったぞ。褒めてやる。」
“チビ”、“ロリ婆”の罵倒が、腹に据えかねたのだろう。
「姉や妹を魔獣呼ばわりするのは止めていただきたい。自慢の美人姉妹なのでね。こちらこそ、あの馬、鎧、戟、魔法石があったとはいえ、二人が倒れ、さらにそれを失ってもここまで戦えるとは、感服しましたよ。」
腫れた顔で、互いに不適な笑いを浮かべ合った。
「これ程の者なのに、何故わからぬ!」
彼女は、本当に残念だという風に声を落とした。
「単なる征服者ではないか!全てが創られた虚像だ。」
チークは、半ば怒りを爆発させた。実体のない美談を誇る彼女にがっかりもした。
「違う!吾は見て、知っておる。吾と共に、理想を実現する者とならぬか?吾は、お前が吾の傍ら立つことを臨んでおる。」
「お断りいたしますよ。既に、私の、その座は占有済みですからね。」
「どうしても、おのが誤りだと気がつかぬか!」
彼女渾身の踵落としの蹴りを外して、それで生じた隙をついて、畳みかけるように拳と蹴りをたたき込んだため、カルビは倒れた。すかさず、彼は彼女を組み伏せて締め上げ始めた。カーマとボカは、ようやく体を起こそうと焦っているところだった。彼女直衛の騎士達を倒し、彼女の騎馬を倒し、聖戟を破壊し、聖鎧を破壊したところで、二人は力尽きて倒れてしまったのである。“動け、私の体!”、“お兄ちゃんのところに!”
「吾は、お前は、聖人である我が主君に何処まで敵対してほしくないのだ。」
苦しい息の下で、彼女は詰った。チークはそれに応えず、残りの力を注いで締め上げた。最早魔法を発動する力は残っていなかった。それは、カルビも同じだったが。”早く死ね!でないと…。”もうだめだと思った時、彼女の体が静かになった。それでも、締め上げた。全く反応しないのを確かめてから、慎重に外した。短剣を抜いて、彼女の目を脳の方に突き刺した。それで彼女が動かないの見て、ようやく安心した。
ようやく彼のところにたどりついた二人は、坐り込んだ彼に、倒れ込むように抱き付いた。
「よくやった。」
「さすがお兄ちゃん。」
「流石に手強かったよ。二人のおかげだよ。」
「だが。」
「でもね。」
「え?」
「浮気者!」
二人の声はハーモニーした。
“今晩、私の臭いを擦り付け直してやる!”“全く、…でも、生きて、また…なんだな。”
これを機に、陣地に対峙していた敵軍は、潮が引くように退却を始めていた。
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