第28話 先制攻撃したら

「お前、人間の勇者?何でこんなことを?」

 チークは、辛うじて男の剣を受け止めていた。カーマとボカが、完全に押し負けて、危うくなったのを見て、慌てて割って入ったのである。

「汚い人間達に愛想がつきたんだ。人間がいない亜人達の平和な世界を創るんだ!」

 男は、まだ若い、チークより若いように思われた、金髪の整った顔の、逞しい戦士だった。勇者らしい外見、実力もそうだった。

「魔族もその中に入っているのか?」

「魔族など、人間達の創作だよ。」

「そうかい。俺のチームには、魔族も、ハイエルフも、オークも、オーガも、ウサギ耳、猫耳、犬耳もいるぞ!」

“何とか、時間を稼がないと。”

 元勇者らしい戦士の攻撃を、必死に受け流しながらも、完全に押されまくられているチークは思った。“長くもちそうもないよー。”

 防御陣地を構築していたチーク達は、一転して、攻撃、それも奇襲を敢行してしまった。理由は、勇者パンを先頭にした援軍が、当分来ないと分かったからである。魔王は倒したが、新たな魔族の軍と戦闘中という理由だった。もう一つは、目の前の敵の拠点と戦力の情報が入ったことだった。増援が遅れている、現状の戦力なら何とかなる、今、撃破すれば、攻勢までの時間が稼げる、物資の集積場の位置も分かった、そこを焼き払えばさらに時間が稼げると判断できる内容だった。選抜した精鋭200名で、彼らの物資集積場、そして、それに隣接した拠点、砦というか館だったが、を夜襲奇襲した。秘密裏に、素早く進軍できた、情報は正確ではあった。事前の準備も、大いに役にたった。糧食や武器の倉庫、魔獣の檻も焼き払った。まずは成功だった。そして、その後、予想どおり、拠点にいた部隊に捕捉され、苦しい戦いになった。どちらかというと、別働隊的な部隊で、雑多な部隊の寄せ集めという情報だったが、その通りだった。元勇者のチームとか、流れてきた魔王に準じるような魔族とその配下の一党とか、そんな連中の集まりだった。ここはと思う時、場所に投入する予定で、ここに集められ、待機していたのである。

「よそ見をする余裕などはないぞ。」

 その勇者の突きを何とか避けたが、完全には避けきれず、また傷つき、血がながれた。チークは、致命傷は避け続けたが、既に数カ所から出血していた。満身創痍に近い。勇者は、完全に獲物を弄ぶ顔になっていた。しかし、思い直すだけ、賢明だった。

「あまり遊んでいられないな、これで。」

ととどめの一撃と思った時、手裏剣が飛んで来た。それを、剣で軽く弾いた。

「自分の男の心配をする前に、自分のことを心配するんだな。」

 チークは、素早く勇者から距離をとった。

 手裏剣を投げた一瞬の隙に、自分の仲間の誰かの攻撃をまともに受けただろうと、瞬時に判断した。が、

「グアー!」

 大柄のオーガの戦士が、巨大な斧を手放して、大地に倒れた。

「何?」

 幾つもの、光弾をチークは勇者に放った。

「こんなもの!」

 それは、ことごとく弾かれた。

「気を付けて勇者様!そいつ、勇者様と戦いながら、隠れて、女達を魔法で援護しているの。みんな、後ろからやられたの!」

 エルフの女が叫んだ。かなり、幼く見えるが、実年齢ははるかに上だと思われた。

 その彼女に向かって、チークは火弾を放っていた。それを、彼女の防御魔方陣が、かき消して、地面に落とした。

「ぐぁ…。」

「おばさん、油断するから、簡単に背後の防御魔方陣を完全に中和させてもらっちゃったよ。」

 ボカが、長剣を背中から突き刺していた。

「この卑怯者!」

 彼は、チークに激しく攻撃を仕掛けた。一瞬で、彼は事態を把握した。目の前の男、チークが、自分を引きつけ、攻撃もするように見せかけながら、実は防御に徹して時間を稼ぎながら、自分の女達を援護するために、隙を見て、彼女の相手をしている仲間の背後からの攻撃をかけていたのである。自分の位置が彼らの背後になった時を見計らって。“いや、背後になるように、動いていたのか、こいつ?”チークは、相変わらず、僅かに反撃に出ながら、大部分は彼の攻撃を何とか受け流してしまった。

「糞が!卑怯者!」

と罵って周囲に注意を向けた。彼のチームの猛者の男女達の大半が倒れていた。他のメンバーは、獣耳の3人とそれに従う5人に、巧みに阻止されて、幹部達を援護出来ないでいた。

「何故だ。お前達の未来のためにも戦っている我らを。…この獣が…。」

 ウサギ耳のミカエラに向けて、声をあげた。

「勝手に人の未来を、語らないでよ!」

 ミカエラが叫んだ。

「勇者様。今行きます!」

「この獣が!」

「なんだよ!さっきは仲間呼ばわりしたくせに!」

 シロだった。

「姐さん、兄貴。心配せずに、ここはまかせて!」

 クロの声だった。“たった8人に?こいつら~!”と思ったが、直ぐにチークが、彼らにも巧みに支援しているのに、気がついた。

「ひ、卑怯者!」

 更に油を注がれた彼の怒りの攻勢に、受け流すどころか、チークは、完全に防戦一方、もう一歩でやられる、勇者にとってはこの一撃で片がつく、皆を助けにいくことが出来る、と思った時、炎、電撃などを纏った手裏剣や火球そのものが、彼を襲った。

「うお~!」

 それを、全て弾き落とした。チークは、素早く逃れた。勇者の周囲で立っているのは、彼以外はチーク、カーマ、ボカの3人だけだと云うことに気がついた。

「勇者様~。」

 オーガの女が、立ち上がろうとした。

「ぎゃあ!」

 血を吐いて動かなくなった。カーマが、上から渾身の蹴りを入れたのだ。

「ブス女は、黙ってなさい!」

「これで終わりよ!」

 勇者に向かって、手を伸ばしている、回復役の聖女のハーフエルフ女の体を剣で刺し貫いて、ボカが笑った。

「みんなを~!お前だけは許さん。」

 勇者は、チークに襲いかかった。何とか、一撃をうけとめたものの、“もうだめだ!”その時、カーマとボカが割って入った。

「チークを殺させない!」

「お兄ちゃんは、私が守る!」

 さっき圧倒しただけに、自信が顔に現れていた。が、それはつかの間に過ぎなかった。勇者は、防戦一方になっていた。“なぜだ?!”

「貴様か!」

 チークが、巧みに二人を魔法で援護しているのに、気がついた。まともにやれば、彼にはチークの魔法攻撃はたいしてダメージを与えられない。だが、チークは、二人の攻撃力が最大に効果をあげ、勇者の攻撃、防御を弱めるように二人を支援していた。勇者は、それに気がついた。

「お前はどこまで、卑怯なんだ!」

 だが、勇者は気がつかなかった。彼の力を弱める、直接攻撃もチークは、秘かに加えていることには。勇者は、既に完全に戦力を落としていたのだ。

 多少体力を回復したチークが、直接加わると、“ついに出てきたか”と思おうとした勇者だったが、完全に追いつめられた。ボカが袈裟懸けに斬り、返す剣で刺し貫き、カーマの拳と蹴りが決まり、彼女の短剣で切り裂かれ、チークの剣が、背後から刺し貫いた。目の前が、暗くなる中、“み、みんなの笑い声を守ろうとしたのに、なんで…。”と心の中で叫んでいた。

「ハイエルフが、うっとうしいのよ!」

 ミアが、ハイエルフの大賢者の頭を、砕いていた。

大体、制圧出来たらしい。

「早く逃げるぞ!」


 

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