第26話 人違いだよ!

「王女様を返せ!」

 現況の報告と勇者パンへの援軍要請をオヒタシ国王に言上していたネリモノ準公爵ことチークに、軍人、廷臣達の中から女が、長剣を振りかざして飛び出してきた。

「は?」

と思いつつも、即座に腰の短剣を抜き、身体強化と剣の強化の魔法をかけた。受け止めたが、女の剣は聖剣だった。短剣は折れた。素早く懐に入って、魔力を込めた拳を叩きつける。女の動きは素早く、身体強化の魔法をかけていた。が、素早くカーマとボカが加勢に入って来ていたため、身動き出来ず、3人の拳をまともに受けて、一瞬で気を失った。

 ほぼ同時に、

「ママカリア王女様と勇者様の仇!」

と叫んでイークに向かって、飛び出してきた男が、シャケ準伯爵ことイークとスージア、シラタキ準伯爵ことヤクスに取り押さえられていた。

 別の場所から飛び出してきた集団をスケトウ準伯爵ことハーンとペアナ達に蹴散らされていた。

 またまたクーデターだった。戦争を煽っている不逞の輩を誅するという大義名分らしかったが、国王も狙っていたことから、彼らが長剣を持ち込めたこともあり、王族の関係者が疑われ、調査され、数人が処分された。チークとイークを狙った男女は、その後の訊問で、女はスティを狙った刺客のカリ、男はゴウとターミアを狙った刺客のマスカルだった。

 スティが、第一王女と第二王女、キアのことだが、を殺害したことへの仇討ちのため送られたが、二人が拉致されたという噂があり、二人の女性を連れたチークをスティだと早合点したのだ。ゴウは、勇者とターミア王女を殺害して、異母妹と逃走しているとされていたからだったため、勘違いしたのである。どちらも、仇の顔を知らなかった。彼らと接触したクーデター派が、彼らを利用したのである。二人も十分な下調べもしなかったのだが、それはとにかく早く任務を終わらせたいという気持ちだったからだった。

「なんか、酷い奴のようだけど、

そんなことはないんだよ。」

 カリが語るキアがあまりにも酷い女なので、スティが割って入った。

「スティだって、立派な勇者だったわ。」

 キアが彼を慰めるように言った。カリが言うスティは、完全に屑だった。カリは、公式な使命だから、隠すことはないと大いに話した。マスカルも同様だった。もう半ばあきらめがあったせいもある。

「妹も暗殺されたの?」

 キアが言ったのは、異母妹の第一王女のことであるが、妹とあえて云うところに、彼女の消えないわだかまりがあった。

「あの娘は、もっと悪かったわよ。」

とカリの言いたてる彼女の悪評を評したが、それがキアに移ると、スティが慌てて慰めなければならなくなった。

「あの娘は、王太子の弟にまともにぶつかっていたもんね。」

少し落ち着いたからポツリと言った。

 さらに続いたカリの自白は、最終的には、

「あの尻軽女~!」

「言うに事欠いてあのブス女ー!」

 カーマ、ボカ姉妹を炎上させるに及んだ。キアの悪行の羅列を、“見方を変えれば…。”“偉い人達は大変だわ~、庶民だってドロドロだけど。”と思って聴いていた二人だったが、どうして自分達が間違われたことに及んだ時、これも“やっぱり私ったら、王女様に間違われるのかしら?まあ、腹黒王女としてだけど”と複雑だが、余裕を持って聴けていたし、

「カーマも悪党面だったのね?」

「お兄ちゃん、勇者様だと間違われたんだから~。」

とかえってチークを揶揄ったりしたのだが、スティとキアが頼ったチームのリーダー達が、

「臆病者で、不能で、シスコンで、ずる賢い、貧相な、…ダメ男と淫乱、ブス、ブラコン、ぶよぶよ、…いけ好かない婆の姉妹だから、考えもしなかった。そう、勇者パンの恋人のリーノから聞いていたから。」

 マスカルの方も、似た形でターミアを怒らせ、スージーを炎上させた。

「腹違いの妹だが、彼女も殺されたのか?そして、私が勇者と彼女を殺したことになっているになっている訳か?」

 半ば呆れ、半ば感心し、半ば空恐ろしいものを感じたゴウは、

「あの妹は、母親の身分が低かったが、それと反比例するように、権力欲が強かったからな。」

と嘆じたが、

「私の暗殺に加担して、仲間割れして、粛清されたんでしょう。貞節で、淑やかな美人?どこがよ?それに、淫乱で、残忍で、放蕩な異母妹が私という訳?」

「私と兄さんが間違われたと言うのは、醜男の兄さんと醜女で、骨の…、誰が言ったって、もう一人のパンの恋人で、…、あの女、死んでなければ、殺してやったわよ!」

 スージィが怒り狂った。3人は肯きあっていた。

「悪い虫から、守らないとね!」

 ミカエラ達は、もうあきらめきった顔だった。

 チークとイクは、それを苦笑いしながら見てから、

「どうして、二人をパンの恋人とみたのかな、彼らは?」

「さあ?後で、さらに問い詰めてみたら分かるかも。二人とも、そう時自称していたことは確かではないかな。」

「パンは、自分から愛人を増やそうという奴ではなかった。まあ、あの3人を受け入れていたけどな。色々とやむを得ない事情があったし、彼女達以外とは距離を置こうとしていたんだが。」

“余程、彼女達が強引だったのか?リーナはそこまで…どうして、そんなことになったんだろか?”と怖くなった。

「だから、自称だったんだろうな。もう、あの二人は聖槍争いの前に、当面の潰さなければならないライバルになっていたんだろうね、多分。生き残るのは、どちらかだけだったんだろうな。」

“そんなの奴ではなかったんだけどな。”とイークは、小さな溜息をついた。

「ところで、サケ準伯爵。勇者パンは、軍を率いて来られるだろうか?」

「ネリモノ準公爵。奴らが、それを許すかどうか…。」

「我々の相手がどの程度の奴が、我々は把握していないから…。」

 二人は噴き出して笑った。

「慣れないな、この肩書きは。」

「ああ、そのとおり。」

「まあ、それに関することでも…。」

 二人は直ぐに、真顔に戻っていた。

 カリとマスカルは、自分に与えられていた使命と相手のあまりにも相違があったこと、半ば使命に疲れ、半ばもう捨てられている、半ば投げだそうとしていたこともあり、話終わると茫然自失になっていた。二人が、使命を放棄して、チーク達の下に加わるまで、それ程時間はかからなかった。

 情報では、もう一人いたはずだったし、二人も感づいていたという。しかし、その後、彼又は彼女が現れることはなかった。嫌気がさして、そうそうに放棄して、新たな道を目指しているのだろう、と二人は言った。

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