第24話 新天地と魔界

「魔界と言ってもな、全く知らないところだからな。」

 ペアナは溜息をついた。魔界と言っても、どちらかと言うと、魔族が支配する占領地が半ばを占めている。だから、魔族より人間の数の方が多い。

「それでも、お前のお陰で入りやすかったし。」

 ハーンが慰めるように言った。

 ハーンとペアナ、トウ、フィアは、そういった魔界の居酒屋の一画で、一つのテーブルを囲んでいた。

「しかし、色々な部族の連中が入り込んでいるというより、いくつもの部族の部隊がいるという感じだな。しかも、随分遠くからの部隊もおる。」

「ペアナ様のいうとおりですよ。私なんか、各地をまわってますが、どうしてあいつらがここに、と思うことが一度や二度ではないですよ。」

 フィアがペアナに同意した。

「そうか。」

 ハーンとトウは頷くばかりだった。

 4人は、魔族達の様子を調べに入ったのである。それはリーチの頼みだった。

 チーク達に、先に魔族に蹂躙された小国、オヒタシ王国から仕事の依頼があったのである。

 騎士の多くが死に、国を魔族から守るにしろ、治安維持のためにも人手が足りなさすぎる。それでチーク達に、将来貴族、領主に取り立てるし、衣食住武器整備の確保をするから、オヒタシ王国軍となってほしいという内容だった。チークは条件交渉で、賃金、領主になっても当分収入は得られないことから、の支払い、報酬を得られる仕事を受けることができるなどを認めさせた。

 上手くいけば割のいい仕事ではある。そう上手くいかない不安と魔族との戦いの矢面に立つから気乗りはしなかったが、背中を押す要因が幾つもあった。

 大半のメンバーが、取り敢えず領主になることを目的にしていた。その実現が早くなれるかもしれないということがひとつ。チークとイークは、自分達を知る者がいないところで、という条件がかないそうというのが二番目。ゴウ、ターミア、キア、ステイへの追っ手が来ている可能性があることが三番目だった。ズケ市の宿の主人から、彼らのことらしい人物を捜している連中がいるらしいという情報があった、あの手紙である。あの宿の主人は情報屋も兼ねている。このような情報が、入ったら連絡してくれるように依頼していたのだ。傭兵の世界では、同業者の身元を、他の世界の人間には明かさないものだ。すねに傷のある連中が多いから、互いの保身のための習慣だった。唯一、出身がそこだったカユが、

「まあ、二度と帰られないわけじゃないからな。」

と同意したので、オヒタシ王国に向かうことになった。宿には、預けてある金で、残りの荷物を送ってくれるよう依頼した。

 着いてみると、オヒタシ王国の荒廃ぶりは予想通りだった。

「当面、領主夫人なんかしてられないな。もらった領地の立て直しが先だからな。」

「私は、お兄ちゃんとなら、そんな苦労も楽しいわ。」

「あんたは~。正妻は私だからな!」

「何ですの?愛人1号。」

 目が笑ってはいるものの、2人はチークをはさんで睨み合っていた。口にしているのも、状況が厳しいことを理解しての笑いでもあった。

 転売予定の奴隷も転売を止めて、解放してパーティーメンバーに入れることになった。そうでもしないと、人手不足でやっていけない状態でもあったのだ。

「いざ組まん!」

 大柄な髭面の獣人の戦士が、両腕を広げて、何とボカの前に立ちはだかった。得物の矛で持ってしても彼女に長剣で圧倒されていたからであり、もう助太刀をしてくれるために動けることを期待できる仲間が周囲にいなくなったからでもあった。

「この変態!」

 彼女の蹴りなど、手で止められると思ったのだろう。笑い顔は、内臓が、肋骨が潰され、折れたことの苦痛が感じられるまで、浮かんでいた。苦痛が来て、前屈みになりながら、

「卑怯な…。」

 うめき声をあげながら、罵った。

「何処がよ!」

 彼女の素手の攻撃は、止まらなかった。肘打ちが脳天に、膝蹴りが顎に同時に受けて、男は声もなく突っ伏して動かなくなった。

 カーマが両手剣で、剣士を追いつめていた。動ける剣士は彼が最後だった。

「さっきの自信は、どうした?」

 最後は、一方的にその剣士は彼女に切り刻まれて倒れた。

 「みんな、気を付けろ。動かないで!」

 牛型獣人を捻じ倒していたチークが叫んだ。皆の目の前に霞のようなものが漂い、すぐ近くも見えなくなった。

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

「チーク!ボカ!」

 自分達の声が幾つもの方向から聞こえ、チークの声もそうだった。気配、微かに見える人影も至る所に感じ、見えた。

 カーマとボカは、五感を研ぎ澄まして動きを止めて、即座に対応できる構えをとっていた。ミカエル、クロ、シロはかたまって動かず、周囲をうかがっていた。カーユは、その3人を自分を守るように大楯をたてた。

「ぐわっ!」

という声が聞こえ、霞が消え始めた。

 チークの拳が、女魔道士の胸を貫いていた。

「やっぱり、チークを狙ったか。」

「リーダーを狙うのが、常道だもんね。」

 駆けてきた2人は、女が血を噴き出して倒れるのを並んで見ていた。

「何で分かった?」

 苦しい息をしながら、女は言った。

「後ろから、気配を消して近づいて襲うのを警戒していただけさ。当然だろう?姉や妹なら、よけるからね、確実に。わかったかい?」

 女がその説明を聞くことがきたかどうかは分からなかった。直ぐに絶命していたからだ。

「油断せずに、残りをかたづけよう。」

 動けなくなった奴らを、全て殺すわけにはいかないから、抵抗する者以外は、捕虜としなければならない。とはいえ、気を抜くと、やられかねないのだ。

「みんな、大丈夫か?」

 彼を含めた10人は、かすり傷はあったが、皆無事だった。十数人を捕虜にし、10人を殺した。

 国内の将兵の質量共に極端に不足している上に、それを狙っていることもあり、群盗が至る所に出現していた。魔族や魔獣より、こつらの方が多いくらいだった。生活難から、という連中なら鎮圧は簡単だが、傭兵達が群盗になる場合は、かなり手強かった。

「今回は、結構手こずったな。魔王様達がいないのは、かなり痛いな、やっぱり。」

 10人前後で、3隊に分けて、東奔西走している状態だった。ペリア達5人がいれば、今回ももっと楽になる人員配置が出来たはずだった。

「ああ、魔界を探りに行ってもらったのを後悔しているよ。」

 魔族の軍に、魔族以外の者がいるという話を、ペアナの元使用人達、魔族の軍にいた面々からの話があって、様子を探りに行ってもらったのである。雇い主にも同意とその分の報酬もかちとった上でだった。

「まあ、リーダーの心配性は、今に始まったことではないし、それにそのおかげてわ大抵、いい結果が出ているからな。」

 カーユが、ドサッと疲れたというように地面にしゃがみ込んだ。





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