第12話 前世妹の勇者が前世兄を押し倒して
「100人を超えているな。」
カーユが数えた結果をチークに伝えた。
ヅケ市の闘技場、ショーとしての闘牛、魔獣との闘いが主として行われる場所だが、今日はヅケ市と傭兵団との交渉の決着をつけるための死合いが行われるのだ。観客席は満員で、興奮気味で、賭けも盛んに行われている。ヅケ市民が、傭兵団側の勇者チームに賭ける額が圧倒的であり、純粋に試合=死合いに興奮しているのには違和感を感じるが、それは、まだ、我慢できる。が、100人を超えていることを抗議すると、
「100人だ。ヅケ市の担当者が数えて認めている。」
と相手側は涼しい顔、ヅケ市の審判もそれに同意したのである。
“噂通り、ヅケ市の有力者の何人かが、連中の側に入っているというのは本当だったか。”
それが、ことの始まりの報酬削減を言いだした連中だというのである。“こんなのにつき合いたくないんだが。”とカーユは思ったが、やる気満々の半数以上のメンバーを見て、こっそり溜息をついた。この周辺が軒並み略奪の対象になるのは、長くこの周辺で仕事をしている彼にとっても、友人、知人も多く、何とかしたいという気持が強いのはたしかだった。
相手側の情報を、同業者を通じてお集めたところ、相手は「栄光団」というボルをリーダーとするパーティーだが、リーダーのボルをはじめ勇者が何人もいるらしいという噂を掴んだ。ヅケ市の有力者の動向の噂も聞き、更に加勢先の勇者がメンバーの恋人を寝取って逃げてきたという噂も聞いて、ドタキャンしようかと、チークは、待っていた勇者の前に立った。
「申し訳在りません。本来なら、私達が出向いてお願いしなければならないのに、私達が市外に出ると逃げ出すのではないかと思われるので。」
彼らの前に立った2人の男女、1人はわりと逞しい人間の男と小柄なエルフの女性だった、エルフとしては小柄ではなかったが。女の方が代表するかのように、第一声をあげた。
「え?勇者は?」
「勇者、元と言うべきですが、ミアです。」
男の方が、彼女を、勇者を紹介した。
「え?押し倒して、他人の恋人を奪ったっていう噂は…?」
後ろから、素っ頓狂な声が上がった。
「いや、押し倒されたのは私の方で…。」
“女でも勇者なら…。”とチークは思ったが、
「酷い。お兄ちゃんたら!私達、相思相愛でしょう?あんな二股の、尻軽女の方がいいの?ひどいわ~!」
膨れる勇者を男が懸命に宥め始めた。
「え?兄妹?」
「?」
チークをはじめ目が点になった。種族すら異なって、兄妹?“血の繋がらない兄妹?”と思考が一瞬停止した。思考がつながりかけた時、二人は静かに互いを紹介した。
「前世の妹なんです。」
「前世の兄です。」
また、全員が目が点になってしまった。“またか。”一番はじめに我に帰ったチークは、慌てて自分の姉妹を見た。2人は、感動のオーラが現れかかっていた。“あちゃー。”と思いつつ、羨ましく思う自分がいることにも気がついた。
相手側の前日の様子。
「そろそろ、明日に備えて寝るか。」
ボルは、ビールの木製のジョッキをテーブルに置いて、立ち上がった。
「お前らも、さっさと寝ろよ。」
半ばは既に寝室に入っている。残っている連中も、動き始めた。
ボルの大きな背を見ながら、シチは、
「あれで、この1週間、酒もかなり控えているし、寝る時間も早く、規則正しくなっている。さすがだよ。」
誰に話すともなく、呟いた。
「大望があるんだ。大望を持たない奴はクズだ。俺達は、上を、ずっと上を目指すんだよ。」
と常に言っていた。“その通りだな。”と彼も思っていた。剣を中心とした勇者のボルと異なり、魔法中心のシチはやや小柄の栗毛の男前だった。力のボルと技のシチと言われることもあった。シチが調整役のような立場になることも多い。今度のことは反対ではなかったが、ひどく不安だった。ボルは、大きくなるチャンスなんだよ、と言ったのに引き摺られてしまったが、結果として悪くはなかったとは思っているもののだ。相手の女勇者を抱き込めなかったのが、残念でならなかった。ボルが、舌なめずりして、“あの女はいいな”と言ったからではなく、戦わなくてすめば、なによりなのだ。少しでも、危ない橋は通らない方がいい。
「あんな、弱い勇者のことなど、心配する必要はないわよ。」
大剣使いのトンジアが後ろから声をかけてきた。”ふん。この脳筋女が。“と心の中で罵った。
ボルは、魔王を倒した後、用なしだと暗殺されかかった所を逃げたとも、無能な王に見切りをつけて旅に出たとも、その時々で彼は使い分けて語るので、本当のところは分からない。複数の勇者がいるパーティーで、リーダーのお人好し、欲のなさに愛想を尽かしたシチ、単なる、便利な魔獣狩りのように扱われていたことに飽き飽きしていたトンジア、そして、勇者の待遇に不満で、反乱に加わったが、その反乱が失敗して逃げた槍使いの勇者エービチ、その他の面々にとっては、悪党で、危ない橋を渡る、略奪などを頻繁にする、手荒なことをする、仲間にも容赦がない、女好き、品行方正にはほど遠くとも、上に上がる夢を見させ、交渉力もあり、機転も利き、先頭で勇を奮い、報酬を一応分配し、論功行賞はちゃんと心得ている、仲間を守ることも多い、一度や二度の失敗は挽回のチャンスを与える彼は、ついていくだけの価値のあるリーダーだったのだ。
ただ、今回のことは、ボルもシチも万全だとは思っている。が、
「加勢する奴らの中に勇者がいるらしい。」
と言ってきたメンバーがいた。
「勇者パンのことか。あのチームは、奴と有力なメンバーは追放したということだぞ。」
とシチは指摘したが、違うと言う。
「メンバーの女達を寝取って、最後、追放されたクズ勇者ですけどね。ボスや兄さんとは格段の差があるから、心配はいらないかとは思いますが。」
以前仕事で見かけて、知っていたという。そのため、もう一度調べてみると、そのことは確認出来なかったが、三流になったはずの、そのパーティーは残っていたメンバーの実力が見直されて、一流視された、また新たな有力なメンバー多数が加入したという話を掴んだ。自分の実力にも自信を持つシチではあるが、
「大丈夫だ…とは思うが。」
不安を感じてならなかった。
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