第9話 魔王様と勇者はざまあされて

「まあ、戦闘力が申告通りなんだから、まあ、仕方がないな。」

 カーユは、ビールの不味さに顔をしかめながら、“酔ってしまえば同じだ”と自分自身に弁解しながらも、“後々心配な訳あり連中だが仕方があるまい。なるようになれだ。”と思っていた。

 想定外の小型のドラゴンまで現れたが、流石に勇者と成り行きとはいえ勇者を殺した男である、難なく魔獣退治の仕事をクリアしてしまった。もちろん、イク・スージィ兄妹は彼が聞いてる実力通りだったし、2人の王女は絶対に足手まといにはならない、かえって役に立つ戦力の持ち主だった。他の二組も、リーダーのチークがその実力を、実際にみて認めている。

「ふ~。数日ぶりの酒は身体に染みわたるな~。で女性陣は?」

 カーユがあらためて、女性達がいないことに質問した。

「湯屋から、まだ帰っていないよ。女というのは、こういうことに時間がかかるからな。」

 チークが説明した。

 合流した町で、女達が早く身体を洗いたいと言い出し、カーユを除いて、全員が湯屋に行ったのである。カーユは、まず酒を飲みたいと言って、留守番を申し出たのである。

「魔王様の肌って、本当にスベスベしていて羨ましい!」

「あまり魔王と言うのは、危険ではないか?」

「それなら、話し方も変えた方がいいのではありませんか?」

「そうだな。」

 湯屋の中で、互いの背中を洗いながら、女達は華やかに騒いでいた。“この我が、人間の女達とこのように湯に入るなどとは考えもしなかったな。”

「思えばな、あいつも我もあがいている者同士だったのだ。」

 魔王、ペアナは嘆息した。

「単身乗り込んで魔王と一騎討ちをすると大言壮語して出ていきながら、女と戯れているとは、何たるざまだ!それでも勇者か!」

 ハーンへの罵詈雑言は、これでもましな方だった。さらに、

「そいつは魔族よ!」

 聖女が叫んだ。ペアナは、ハーンにしがみついていた。彼への罵詈雑言はさらに激しくなった。

「待ってくれ。彼女は何の力も持たない下位の魔族なんだ。どうか、ここは俺に免じて見逃してくれ!」

 彼は土下座して命乞いをした。

「あんた、今さら、何様のつもりよ。あんたのせいで、あの日どれだけの人が死んだと思うのよ!魔族に殺された人を裏切るつもり?このクソ勇者!」

 彼には、ひたすら頭を下げるしかなかった。今、2人には力で切り抜ける力は残っていなかったからだ。

 一人の若者が、皆を制した。

「見遁してやるよ。聖剣、聖鎧、他の聖具を置いて、何処かへ行け。」

 呆れるような口調だった。それでも、

「恩にきるよ。」

 聖剣も何もかも外して、投げ捨てて、女を抱いて駆けだそうとした彼の背に、

「プライドもないのか、最早。そこまで墜ちたか。」

 そんな投げかけられた言葉も、悔しかったが、気にするどころではなかった。駆けて駆けて、2人はついに、荒い息をして大地に両手をついた。

「あいつが、お前が追放した男か?」

「追放したわけではないぞ。力不足だから出ていってもらっただけだ。あんな能力があったなんか知らなかったし、あんなに大化けするとは思わなかっただけだ。」

「責めてはおらぬ。わしだって同じじゃからな。」

 2人は、荒い息の下で言い合った。

 あの日、ハーンは、実は、単身魔王の城に侵入した。大広間には、過去何度も戦った魔王が一人、玉座に座っていた。

「一人で来たか?仲間の一人もいないのか?そんな疲れきった体で我に勝つつもりか?」

 物憂げに魔王は問うた。ここまで来るのに、そもそも魔王城まで至るまでに何度も戦ってきた。城内でも、広間に来るまでに何度も戦った。疲れきっているのは分かっていた。何度も戦ってきた魔王の力は、よく知っていた。最早、奇跡を期待するしかなかった。

「仲間の半ばは、この前、お前の部下たちとの戦いで死んだよ。残った連中は、俺を見限って去ってしまったよ。もう、俺は一人なのさ。だから、万に一つの可能性をかけて、魔王の首を取るしか選択肢は残っていないのさ。」

 自分の不利な状態を洗いざらい話すのは下策の下策だが、何となく、何度も戦ってきた魔王には、それをさらけ出す親しみすら感じていた。

「ならば、わしの首を持ってゆけ。」

 力無く言う魔王には、本当に戦う気力が本当にないように思われた。“どうせなら、こいつに首をとられた方がよい。”と魔王は感じていた。どうせ死ぬなら、この魔王に殺された方がいい、と彼も思っていた。

「おい?どういうことだ?話してくれないか?」

「そうだな。まだ、時間はあるからな、ゆっくり話してやるか。」

 玉座から立ち上がった魔王は、勇者の元に歩み寄った。そしてしゃがみ込んだ。それを見て、勇者もしゃがみ込んだ。

 そして、2人は互いの似た状況を知ったのである。

「奴が、お前が追放して、大化けしたという男か。たしかに、お前より強いな。それでな、お前が戦ったのは、我の部下ではないのだ。我が追放した奴だ。」

 魔王の地位を巡っての争い、敗れた側の親族の一人。色々事情があって、殺さず追放した。無能だったのも理由だ。それが実は、凄い能力を持っていた。それを開花させた彼は、彼女と敵対していた弱小の魔王の側近となり、侵攻してきた。

「それに俺が当たったわけか。魔王より強い部下というのもおかしいと思ったが。て、魔王は一人ではないのか?」

「知らんかったのか?人間達と同様、今は、魔界各地に魔王がいて争いあっておる。」

「まあ、一人の王ではなくて、幾つもの国が集まって、お前と戦っていたんだけどな。さらに、亜人達、エルフやらは小さな部族ごとだがな。」

「そうなのか?それで、よくまとまっておるな?」

 そこから長い話しが始まった。

「魔族も、複雑なんだな。」

「お互い、何も知らなかったのだな。」

 意気投合した頃には、対立する魔王の軍が迫っていた。城内に残る兵は僅か。大部分が、幹部を中心に寝返ったし、そもそも前回の人間達との戦いで半ばを失っている。

「その少なくなった兵士の少なからずを殺したんだよな、俺が。」

というわけで、城を捨てて逃げ出す彼女を援護すると言いだして同行することに。従う兵士は僅か。それも、あっという間にいなくなった。そして、宿敵の魔王軍に捕捉され、奮戦しつつも、多勢に無勢。間一髪の時のところに、人間達の軍が来襲。助かったが、あの屈辱を受けながら、見遁してもらったということなのだ。

「ご丁寧なことに、俺のパトロン気取りだった奴に襲われてさ、その後。俺様をこけにしてくれたなってさ。」

 聖剣を持つ三人衆などに囲まれた。腐っても勇者だが、聖剣やらみんな失っていたから、恐れるに足らずということだったのだろう。たしかにその通りだった。走って逃げる最中、巧みに拾った剣があるだけ。それを魔力で強化して戦ったが、疲れ切っていたから多勢に無勢であっという間に劣勢となった。しかし、頃合を見て魔剣を持った魔王が、彼女も拾ったのだ、参戦。全く注意していなかっただけに決定的だった。形勢逆転、聖剣を一振り奪うと、もう完全に圧倒、あっという間に全滅させた。

「魔王様に助けられるとはな。思ってもいなかったよ。」

「それは我のセリフじゃ。お前に二度も助けてもらい、共に戦うとはな、今まで考えたこともなかったぞ。」

 2人でこれから逃げていこうと決めてからか、どちらかが、あるいは、お互いを求めてからなのかは分からないが、お互い気がつくと裸になって、激しく動いて、喘ぎ声を出していた。終わって、快感の余韻を味わいながら、お互いに愛を求め合って、受け入れたのだ。

「それはいいとして、追われているということはないのか?」

 チークは、そこが心配になった。

「遠く離れたし、それに風の噂だと、あの後、相争って混乱したようだから、忘れられたと思うのだがな。」

「俺達も同じだよ。」

「あいつらはいい勝負だろうから、俺達のことはどうでもいうと思うな。」

「俺はそんな大っきなものは抱えてないし。」

「まあ、追われるとしたら、王女様方だろな。でも、共通の憎まれ役がいなくなった途端に争いが始まったところだろうな。」

 カーユが、訳知り顔で締め括った。

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