第26話 「どうする安倍晴明」
空前絶後の地獄絵図だ。
ある筈のない住区基幹公園とアパート、交差点が無秩序に重なった小路における大戦闘。
しかしその未知同士が交差する地点は、どこも極点。
破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。破壊。消滅。出現。増援。
何かの意志を持った成長サイクルのように、ひたすらにそれらが繰り返されていた。
ガスマスク達は次から次へと髪の毛に縛り付けられたり、突如発火して焼かれたり、遊具に変貌を遂げたり、天から垂らされた縄に吊るされたり、実体のない車に跳ねられたりと次々にその個体の数を減らしていく。
公園を、童子が天から螺旋状の遺伝子光と共に召喚する異端が埋め尽くしていく。
ついにガスマスクの壁を突破して、後ろに構えていた“
長い髪でも、マスクでも隠せないくらいの頬まで裂けた口内をちらつかせて。
何よりもガスマスクさえもズタズタに出来てしまう包丁が、ついに晋の間合いにまで入る。
『ネエ、私綺麗!?』
「ああ。月は綺麗だ君も綺麗」
体の巨躯さで言えば、口裂け女の方が上。
季節外れの黒いワンピースを纏った女性は、形相を醜く、頬に亀裂を走らせて叫ぶ。
『なら、私を愛してェェェェェェ!!』
「ごめんな。俺は野球一筋」
異形ゆえに愛を受けなかった口裂け女は奇声と共に、必殺の包丁を振り上げる。
その隙を着く事はしない。
何故なら鈴城晋は自負しているから。
剛腕スラッガーにして
異端の世界に慣れ、殺戮を日常とし、人の道から外れようとも、彼が立つは野球道。
敵の得意球を崩す事こそ、生きがいとしてきた。
故に、全霊の打法を以て真っ向から迎え撃つ。
片足を地から離し、もう片足を軸にした結果生まれる遠心力。
晋の、得意打法。
「“振子打法”」
迷いのないスイングライン。
包丁ごと、口裂け女を華々しく打ち砕く。
眺めた先でホームランになるでもなく、膨大な衝撃を受けて“バラバラ”となった口裂け女は淡い光になって消えていく。
光の向こうで、童子が晋を凝視していた。
「そんな眼で睨むなよ。
「今更高尚な理論を振りかざすつもりはないさ。折角眠っていた同志達に辛い事、させてるからな」
ふむ、と累は問答を聞きながら考える。
童子の顔は、異端の余波からどんどん青ざめていく。
やはりノーリスク、無尽蔵とはいかない。天からの光を発動するたびに何かを消費している。
だが死の恐怖に怯えている顔ではない。
死が近づく足音は聞こえているが、それでも生きる為に必死に観察している。
戦慄に眼を背けず、鮮明に眼を凝らして生存の可能性を模索している。
きっと死ぬその瞬間まで。
観念して眼を閉じる事はあっても。
恐怖して目を瞑る事は無いだろう。
そして童子は、ついに活路を見出したようだ。
「悪いな。皆。出来るなら捕まえてくれりゃいいから」
童子が手をかざすと、辺りにいた異端達が一斉に蠢き始める。
まだ自らの異端を理解しきれてはいないが、使い方を把握し始めている。明らかに童子の意志に呼応して、異端達が集団行動を取り始めている。
「殺す時は俺が殺す。お前達に殺させねえ」
低い声は、確かに覚悟が出来ないと為せないものだ。
だが内容を聞いて、累は微笑む。
「律儀だな……殺す覚悟が出来ていても、それじゃ残念ながら甘ちゃんだ」
「甘ちゃんと言われても構わねえよ。俺はこいつらを悪霊や都市伝説にはしたくねえんだ」
童子の周りに犇めく魑魅魍魎一人一人を見ながら、童子は続ける。
「こいつらの歴史に、これ以上泥を塗りたくねえ。俺が生きる為でも」
「そいつは結構。けれど、まあ」
しかし掌を上げたのは累だった。
童子と同じく、自分が死ぬと判断していない顔だった。
「時間切れだ。ノロマ」
累の真後ろから数多の閃光。
眼が眩んだ時には、童子の前にいた異端達が皆貫かれて消滅していった。
「ガスマスク!? 増援か……」
機械的な足音が公園中に響く。
しかも今度は累と晋を守る様に前に陣取るのではなく、完全に童子と異端達を包囲する。
その数――64。
一気に最大数のガスマスクを投入してきた。
完璧な包囲だ。鼠一匹逃げられない布陣だった。
無機質な仮面が公園の殺風景を上書きした直後、間髪入れず光線の雨が四方八方から照射される。
「……ぐっ!?」
異端達が、次々と光に風穴を空けられ、消滅していく。
いとも簡単に。異端にして、異形の心霊が。付喪神が。人の意志が。
蜘蛛の巣とも、フラクタル幾何学を思わせる軌道にも思わせる光線が次々死神を狩っていく。
「死んで、たまるか」
体から力が抜け、膝をつく状態になりながらも次々に天から召喚していく。
しかしあまりに簡単に順次殲滅されすぎている。
『アソ――』
まるで異端の発動タイミング、発動位置、その動作や細かな現象に至るまでガスマスク達が学習したかのようだ。
他の異端も、その異端を発動する前に滅ぼされていく。
攻略本を見たゲームのように、あまりに簡単に、消されて、消されて、消されて、消されて、消されて、消されて、無力化されて、無力化されて、無力化されて、無力化されて、無力化されて、無力化されて、無力化されて――
「深層学習……別に今の時代、普及も普及しまくってる技術さ」
「……聞いたことがあるぞ。そのからくり」
「聞いたことがある程度、か。そこは平安っ子。ITには詳しくないんだな」
完全に高みの見物と決め込んだ累と晋が、冥途の土産と言わんばかりにガスマスクの“真の性質”を口走る。
光線銃が脚を掠め、顔をにじませながらも二人の話を情報として童子は必死に聞き分ける。
「ただしこいつらが量産された遥か未来では、この学習精度でも中古だそうだ。ただ10数体の敗北という経験から、未だ見ぬ攻撃パターンにも対応できるようになっちまう。そしてその経験は“サブネットマスク”を通じて全ガスマスクに共有される……」
「……聖剣使いちゃんのようなスペック上どうにもならないチートは相性最悪にしても、この幽霊達は光線銃が当たり、それで消える程度の異端だ。ガスマスクはもう、この異端達相手に後れを取ることは無い」
確かに、第二波のガスマスク相手はまだ一体も倒せていない。
いかに数の利で押されていたとしても、神出鬼没にして恐怖の象徴である異端達が手も足もでないというのは出来過ぎている。
「どうする安倍晴明」
累が顎を上げて、問いかける。
「こっからは試合でも死合でも泥仕合でもない。楽しい楽しいゴミ掃除だぜ」
「俺は……安倍晴明じゃねえ」
確かにそこから先は、まるで定常作業だった。
消化試合。コールドゲーム。
童子が召喚した異端達は、友達は片っ端から光線銃の的になっていく。
――
――
――
――
――
――
蜂の巣にされ、皆再び天に還っていく。
遂に天からの光が止んだ時、公園の中心には“全焼アパートの怪”の蠢く焼死体と安倍童子しかいなかった。
最早限界に到達したのか、童子は疲れ切って両肩で息を繰り返していた。天を仰いで光を求めたが、もう光は注がれない。
「……ちく、しょう」
打ち止めだった。
童子の眼には、もう異端達は現れなかった。
コントラストの褪せた景色の向こうで、ガスマスク達がこちらに銃口を向けている。
否、もう一つだけまだ残っていた。
全焼アパートの怪。
先程ガスマスク達に“成仏”させられた、気前のいいおやっさん達。
彼らは童子の頭をもう撫でない。
どうやらこの異端によって召喚された存在とは、コミュニケーションを取る事が出来ないらしい。
風前の灯火の中、童子はその後ろ姿に寂しいと感じた。
「おやっさん」
童子は呟いた。
「また生きろって、言ってくれよ」
しかし、童子を守ろうと意志に従うのみで、童子の満足を満たす事も、その汗をぬぐう事もしない。
結局、童子は自分の異端が何か分からなかった。
消滅した異端を天から拾うだけ。拾って、やりたい放題道具として扱うだけ。
ふたを開けてみれば、なんてつまらない異端なのだろう。
メアも、オムニバスそのものも、何故こんな異端に恐れをなしていたのか分からない。
やはり、安倍晴明は自分ではない。こんな人間に世界を滅ぼせる筈も、世界を救える筈もない。
仮にそうだとして、もうどうだというのだろう。
ここで、自分は殺されるのだ。
全ての状況証拠が、もう生存の可能性を打ち切っていた。
迫るガスマスク。
翳された64の銃口。
放たれる灼熱の閃光。
残骸が残ればいい方だろう。
トリガーが引かれる。
童子は、眼を閉じた。
『生きろ』
不意に、消滅する瞬間のおやっさんの声が聞こえた気がした。
ふと、一緒に煮えたぎる灼熱に放り投げられた気がした。
「……累」
「ああ。頼んでいいか?」
腕組をして“見上げながら”、晋はバッドを肩に担いで移動を始めた。
「今この状況で、あの女の相手はマズい。ガスマスクが全滅されちまう。そうしたらマジで勝ち目がねえ」
「ああ。こっちは任せろ」
累はそれを“見上げたまま”、グローブの中に転がる野球ボールの感触を確かめる。
「寧ろ俺から頼むぜ。俺がホームランしておいて死ななかった奴なんて、初めてだからよ。しかもまた向かってくるとか、骨がある。ボロボロの粉砕骨折だろうけどな……“こっちはこっちで、きっちり決着付けときたい”」
「晋」
累は、思いを馳せるように仰いだまま、思わず口走った。
「また帰ったらキャッチボールしようぜ」
「ああ」
晋は公園から少し外れる。
どうやら童子の異端が効いている範囲以外は、普通の路のままらしい。
左右に抜けられる場所はない。公園に向かうには、この通りしかない。
だからここで晋は待ち構えていれば、“彼女”と再会できる。
……分かっていても、流石に苦笑いせずにはいられなかった。
「おいおい……不死身かよ。聖剣使いちゃん」
何故ならその少女は、先程彼方へ完璧に“ホームラン”した筈なのだ。
手ごたえもあった。肉は圧縮しつくした。骨は粉砕しつくした。内臓は破壊しつくした。
通常の人間ならミンチより酷い筈だ。先程口裂け女だって、なすすべなく即死だった。
「私は、死ぬわけには……いかないのです」
でもメアは生きて、晋の前に佇んでいた。
「やらなきゃいけない事が……ありますから」
聖剣を杖にしながらも、晋目掛けて歩いてくる。
彼女の眼は、“公園で聳え立つアレ”を追っているが、しかし目の前の晋を無視している訳ではない。
公園に入るには、通せんぼしている晋をどうにかするしかない事は分かっている。
「やはり、安倍童子は……危険な存在です。放っておけば、この世界を……」
肉が圧縮されようとも。
骨が粉砕されようとも。
内臓が破壊されようとも。
「どうせ退きなさいと言ったところで、あなたも……引くことは無いでしょう」
一切歪曲しない心を携え、メアは死にかけの肉体で聖剣レーヴァテインを向ける。
「ならあなたの野球に付き合ってあげますから、可及的速やかに火急の用で殺されちゃってください」
呼応するように、晋も金属バッドをメアに向ける。
「ああ。今度こそあの世に場外ホームランしてやるよ」
――最終戦第一試合。
ピッチャー
対するバッターは
いざ尋常に、プレイボール。
■ ■
累は、相変わらずただ見上げていた。
「……光線銃、効いてねえな」
確かに光線銃は放たれた。
童子が召喚する異端全てに有効なのは、先程証明した通りだ。
しかし、童子には効かなかった。
「ってか、燃えてね?」
一つの特徴を上げるなら、全てが燃えているのだ。
周りにいたガスマスクが燃えている。燃えて、溶けて、公園の染みになっていく。
一方の童子には、相変わらず光は届かない。
天からの光も届かないが、ガスマスクからの光線も貫くことは無い。
何故なら、童子も燃えているから。
光線銃以上の灼熱が、童子を覆っているから。
「……雲行き、急に怪しくなったな」
童子は、褪せていなかった。
鮮やかなくらいに、漆黒に染まっていた。
鮮やかなまま――背中から焔の翼を上げていた。
まるでとあるアパートが全焼した時の、悲劇の炎のようで。
垂直方向に広がる二つの竜巻化した炎柱が、公園という枠からはみ出して天へ伸びていく。
童子の瞳は、人間を忘れていた。
獣だ。
お腹を空かした本能しか持たぬ獣のように、累を睨みつけている。
ただ殺す事しか考えていない。
生きる為に。
邪魔なものを焼却する事にしか、割ける脳のメモリがなさそうだ。
童子を中心として吹き荒れる焔が、次々にガスマスクを焦がしていく。
確かに今の今まで、天から異端を召喚できるだけの普通の少年だった筈だ。
一体、何が合ったのか。
累にも、分からなかった。
それだけ突然の変貌。
累は、無駄だと分かっているコミュニケーションを試みる。
「何をした? 安倍晴明」
童子は応えた。
「熱イ熱イ熱イ熱イ熱イ熱イ熱イヨオココ開ケテドアノブ熱イ消防車消防車消防車消防車消防車消防車119119119110? 110? 違ウ119ダヨソウジャナイ呼吸デキナイ苦シイ苦シイ燃エテルヨ、アパート燃エテルヨアパート燃エテルヨアパート燃エテルヨアパート燃エテルヨアパート燃エテルヨアパート燃エテルヨアパート燃エテルヨ死ヌノヤダヨママアアアアアアアアアアアアアアアアア」
――最終戦第二試合。
ピッチャー
対するバッターは
興奮冷めやらぬ中、ただただプレイボール。
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