第25話 とある全裸の研究者の考察
「にゃっはっはっは! あー、そういう事ね。そうきたのかー! うっひゃー、こいつは本気で惚れちゃいそうだぜ童子っちー! あたしも濡れ濡れだよー愛してるずぇー!! うぇーい!!」
例によって全裸のまま、支部長の執務室で足を上下させるオムニバス日本支部長。
お笑い番組でも見ているかのようなお気楽さで、林と童子に名乗っていた魔法少女は、何枚ものディスプレイを一度に見つめていた。
そこには“
「しっかしありゃ案の定心霊じゃないね。大体
しかし林は研究者でもある。故にその辺りの考察は忘れない。
ディスプレイに無力化認定された
無関係とは思えない。そもそも童子の付近で無力化した異端ばかりが、こうして童子の周りに出現している。
「今のところは……恐らくは童子が“お友達”になった異端が選定されてるって所か。その辺が今の所、召喚できる条件なんだろうなー」
執務室の椅子に、素肌の背中を預けながらグルグル回る。
考えてみれば
異端の舞台である鳳来中学校は安倍童子の母校だ。
そこであの異端“花子さん”と知り合ったとしても不思議ではない。
「……言い換えれば、まだまだ伸びしろはあるって事だよな」
不吉な言葉を口にしながら、ディスプレイにある異端のデータを指し示す。
全てのディスプレイを埋め尽くしていたのが、彼に関する推測と悪行三昧のデータである。
1000年前から存在したこのディスプレイには、過去の支部長がなし得なかった安倍晴明への挑戦が記されていた。
血と汗と異常に蝕まれた軌跡が、林の眼を右から左へと流れていく。
まるで一世一代のギャンブルにでも身を投じている様な、狂気的で、しかし理知的な眼球に
「あるだろ? もっと」
もっと。
もっともっともっとと。
少なくとも、そんな心持だった林と言う存在を、誰が秘密主義中の秘密主義に溢れた異端管理組織オムニバスの幹部であると看破できるだろうか。
とっくに役割や立場を超えた、全裸の魔法少女がそこにはいた。
今度は頭を抱えて、その裸体を後ろにのけぞらせた。
「ただ……くっそー、相手がガスマスクか。そいつは本当に童子っちが心霊現象に纏わる能力だと最悪の相手なんだよー。相性の三すくみ教えてからいきゃーよかったなー。メアは心霊現象に弱いけど、ガスマスクには無敵。でもガスマスクはメアちゃん相手にはスペック差で歯が立たないけど、心霊現象には無敵なんだぜって」
しかし支部長は諦めない。
テレビの向こう白熱する物語がハッピーエンドを迎えるように、熱く魅入り続ける。
「けどよ、たかだか“異端を再生できるなんて”ありふれたものが、お前の唯一の異端みたいに思われても拍子抜けなんだよー。安倍晴明ちゃん。あるだろ? 横軸にも縦軸にも、お前の伸びしろは……世界なんてどうにかなっちまうような、そんなとびぬけた何かがよ」
これは希望でも何でもなく。
紛れもない異端的ながら合理的な因果的推論からの仮説だった。
林が支部長と同時に、研究者であるが故の得意分野である。
そう。
安倍童子には、まだ未知の能力がある。
垂直方向に能力の熟練度が浅い故の火力不足じゃない。そもそも別の火力を持っている。
この時点で、それを看破していたのは世界中でただ一人、この林以外には存在しなかった。
だが、喜んでばかりもいられない。
「頼むぜー。本当。こんな所で消えないでくれよ、私達人類の希望。いや、絶望かもしれねえけど」
その独り言は、無意味ではない。
まるで画面の向こうに言い聞かせるように、林は呟いた。
「逆にその程度の毒だとよー。安倍晴明に滅ぼされる前に、あの異端によって滅ぼされるからよ。人類が」
全てのディスプレイが、安倍晴明から切り替わる。
映し出されたのは、一つの山。
日本の中心に存在し、“日々横方向に拡大するとある山”。
忌々しそうな目で、緑色に余すことなく装飾された標高4444mの山を睨んでいた。
曰く、かの山は“新しい命を生む山”として昔から伝承を受けてきた。
……という事に“されている”。
「お前達は劇毒なんだ。まるで辻褄合わせのようにわんさか湧き出る、世界の終わりって奴を簡単に謡えちまう猛毒に対抗できるかもしれない、な」
中心のディスプレイのみ、
それ以外のディスプレイには、一般放送されているニュース番組が放映されていた。
カウンターのようなテーブルのセットに、麗しい女性キャスターが淡々とその事実を告げていく。
『次の話題です。日本国内では自殺問題が話題になっております。昨年は国内での自殺者が1000万人に到達し――』
『――昨日は日本各地の首吊り死体が10万人を超える形となりました』
『政府は“いのちのでんわ”を強化する事を検討しています。次の話題です。めでたい芸能人の結婚です。お笑いタレ――』
ブチ!! と。
光が中心に吸収されるように暗黒へと切り替わる。
砂嵐。ノイズ。耳に触る雑音を見上げながら、林は先程までの活気ぶりはどこへやら、神妙に呟く。
「……もしかしたらニヒルとか、“私の故郷”とかが何とかしてくれんのかもしれねえけど、そりゃつまんねえよな」
再び、新命山の情報が全てのディスプレイに映し出される。
ただし、中心を除いてすべての情報はただの画像で示されている。
――紫色の鬱血した顔は生気を失い、だらんと手足と唇を垂らして永遠に呼吸を止めた骸達が映し出されていた。
共通点は。
皆、縄で自らの首を括っている事。
「でも安倍童子くらいのイレギュラーじゃなきゃ、こればっかはどうにもならねえ気がする。どうにもならなかったら? みんな、“首を吊って”世界は終わりだ」
首吊り死体の中心で。
今日も新命山は、生き生きとした緑を揺らし続ける。
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