第24話 「未来のロボットと、心霊や人外の小さな戦争が始まった」

 Martis異端番号#13565“ふれあい公園の遊具と少女”。


 Martis異端番号#13565は、東京都の某区に存在する住区基幹公園である。

 1970年に作られ、今ではブランコ、滑り台、ジャングルジムが存在している。

 地元からは『ふれあい公園』という愛称で親しまれていた。

 

 地元の子供達の遊び場となっているが、一年前に発生した殺人事件の現場になってからは近寄らなくなっているようである。

 この殺人事件が異端の切欠と推定し、オムニバスの管理対象へと入った。

 

 Martis異端番号#13565-1は条件は不明だが、時折この公園に出現する小学校中学年程度の少女である。

 少女の外見は、池端時子(8歳)と酷似している。

 池端時子は1年前、この公園で殺害されており、遺体は火葬済みである。

 

 池端時子の母親、父親については事件直後に事故で他界している。

 兄についても行方が分からなくなっており、親戚もいない為家族の証言は取れていない。

 しかし本公園との関連性は無視できず、採取された霊的性質も、生前の相瀬時子と一致した。

 よってMartis異端番号#13565-1は池端時子が霊化した存在というのが有力である。

 以降はMartis異端番号#13565-1を“池端時子”として記述する。

 

 池端時子は公園に一時間以上滞在する15歳以上の大人の前に現れる。

 池端時子は外見の異常さから(顔から上が鬱血していて紫色になっている、眼球が血走って瞳孔が開いている、首に一重の作条痕が残っている、全裸である)目撃した人間はパニックになり、公演から逃げようとする。

 しかし池端時子は必ず相手の袖を捕まえる。

 人間は引っ張る、殴る行為をして抵抗するが、池端時子は離さない。


 この時池端時子は「遊ぼう?」と問うてくる。

 これに否定すると、池端時子と人間は共に公園から消失する。

 目撃者がいた場合、この一連のプロセスについては記憶から抹消される。

 

 ただし、人間が持っていたスマートフォンのGPSはふれあい公園にいる事を示している。

 また、消失から一時間程はノイズが公園内では発生している。

 

 音声記録を解析したところ、池端時子の笑い声と、人間の声質と一致した絶え間ない絶叫が記録されていた。

 

 Martis異端番号#13565-2は上記プロセスから一時間以内にふれあい公園に出現した、遊具である。

 外見上は一般的に公開されている遊具と変わらない性質を持つが、その材料は人の肉、内臓、骨で構成されている。

 成分を調べると、直前のプロセスで消失した人間の遺伝子が検出された。

 

 オムニバスもニヒルも、このMartis異端番号#13565-2は池端時子が共に消失した先で何らかの心霊現象を行い、遊具化した人間である事が判明した。

 この遊具は、二ヶ月前の時点で13台増加しているものと思われる。

 

 補遺として、「遊ぼう?」と尋ねられた時に快諾すると、上記プロセスは発生しないようだ。

 男子高校生と思われる少年が池端時子に遭遇した時、「遊ぼう?」という回答に対し承諾した所、外見は異常なものから普通のものに戻った。その後一時間程遊ぶと、Martis異端番号#13565-2が発生する消失プロセスは発動せず、池端時子のみが消失した。

 

 上記内容を基に、オムニバスは準備を整え、実際の管理をするためにエージェントを派遣した。

 霊に有効な能力を持ったエージェントだった。それが二ヶ月前の事。

 

 しかしエージェントは15歳以上であるにも関わらず、一時間滞在しても池端時子は発生しなかった。

 別のエージェントで試しても、またそれから経過観察しても、池端時子は二度と出現しなかった。

 更にMartis異端番号#13565-2に指定された遊具も消失しており、元々あった3つの遊具しか確認されなかった。

 

 備考として、池端時子が出現しなくなった日の事。

 エージェントが池端時子の殺害現場(警察の捜査記録により、この場で絞殺され遺棄された模様)へ立ち寄ると、菊の花束と蹴鞠が置かれていた。

 また花束の下には、以下のような砂文字が書かれていた。

 

 

『お兄ちゃん、遊んでくれてありがとう。来世で蹴鞠、一緒にしようね』



 一ヶ月前に、簡単なテストを行った上で、オムニバスはMartis異端番号#13565の異端性が無力化されたと判断した。

 池端時子についても、成仏という形で消失したものと推定される。

 上記文章は、“お兄ちゃん”――即池端時子の兄であり、現在行方不明となっている中学二年生の兄、池端無間いけばた むげんへ向けられたものと思われる。

 

 

 

        ■         ■

 

 

 さて、鈴城累すずき るいしんの目前で起きている現象は、Martis異端番号#13565“ふれあい公園の遊具と少女”である。確信を持っていた。

 何故なら二ヶ月前、Martis異端番号#13565を排除する予定だったからだ。

 

 いかに聖剣使いであろうともホームランにできる自信があるとはいえ、事前分析は怠らない。

 2人の頭には入っている。ふれあい公園のデータも、池端時子のデータも。

 だからこそ断定が出来る。


『異端名“ふれあい公園の遊具と少女”を認識』


 一体のガスマスクが出した信号の通り、目前に広がっていたのはMartis異端番号#13565“ふれあい公園の遊具と少女”だ。

 消失した異端が舞い戻るのはいい。異端ならではの敗者復活戦も、この世界ではよくある話だ。

 だからこそ終わった筈の異端に対しても記録は残すし、頭の中にデータとして保持しているのだから。

 

 論点はそこではない。

 今このタイミングで、何故Martis異端番号#13565“ふれあい公園の遊具と少女”は現れた?

 しかも“ふれあい公園に累も晋もガスマスク達も、そして安倍童子”達も何故瞬間移動したのだ?

 

「累。違うぞ……どうやら俺達が移動した訳ではないようだ」

「そういう事か。まだ移動って結論の方が分かりやすかったんだがな」


 呟きながら、公園の更に周りの風景を見る。

 ふれあい公園があった筈の東京某区のものではない。元々いた場所の景色だ。

 “元々ガスマスクだった”ブランコを通して見えた外界は、先程まで全焼アパートが残留していた場所の筈だ。


「移動したのではなく、この場所を“上書き”されたという事か」

「……上書きしたのは間違いなく、奴だ」


 累と晋は同じ方向を見つめる。

 

「安倍……晴明」

「ちげえよ。俺は安倍晴明じゃない」


 童子も若干信じられないという顔をしながらも、徐々に理解をしているようで顔は落ち着き払っていた。

 突如現れたふれあい公園――否、池端時子の行動で調査時で違っている事がある。それは彼女がMartis異端番号#13565-2――遊具を作る為の材料としているガスマスクの選定が、童子に近づいているものから為されているという事だ。

 

 がちゃがちゃ、と。

 鋼の体なんて何のその。

 パンのように千切っては、組み替えるという無邪気極まりない行為。

 それを、童子を守る事と並行して行っているのは確かだ。

 

「多分これをやってるのは、俺だ。でも聞いた話だと、安倍晴明は歴史もひっくるめて石にしちまうって話だろ」

「まあ確かに。大事な所はそこじゃない。少なくともお前は心霊現象へ干渉が出来る。そういった異端と見た」


 生き残っていたガスマスクに累が野球ボールを構える。

 脚を曇天目掛けて打ち上げ、投球姿勢に入った。

 

「言ったはずだぞ。未来じゃ心霊そんなものはスタンダードだと。魂はただ単に破壊されりゃ壊れるだけだ」


 体を屈め、燕のような軌道で球を解き放つ。

 サブマリン投法。

 駆け抜けた一瞬のうちに垣間見えたのは、ズレる事のない朱色の縫い目。

 

 

「毟れ。分裂魔球ナックル

 

 

 弾丸は、突如何百にも増える。

 分裂した白球はガスマスクをまた一人分解していた池端時子を捕え、跡形も無く破裂させる。

 だが、累はその結果に満足しない。発生した事象を研究者のようにつぶさに観察していく。

 

(今の壊れ方……心霊の類のものじゃなかった)

「消えねえよ。彼女の業は、歴史は」


 静かだが、熱意の宿った声だった。

 同時、童子がまた天に手を掲げる。直後、童子が振り下ろすと同時に――曇天から光が目前に降り注ぐ。

 空と空の隙間。宇宙の彼方から光が全てを切り裂く。


「DNA!?」


 軌道は直線ではない。

 螺旋状に絡まり合った、二つの蒼と黄金の線が回転しながら地面目掛けて放たれている。

 

 しかし地面を破壊する事も、何かを消滅せしめることもない。

 代わりに童子の目前に、高速で何かを描いていく。

 

 光の残像。

 人間を象る。

 少女の形を象る。

 

 先程累が消滅させたはずの、Martis異端番号#13565-1――池端時子の輪郭だった。

 一秒も待たず完成した描画の直後、池端時子の眼は再び狂気色に見開く。

 

『アソボ』


 再び手近にあったガスマスクが遊具へと圧し折られていく様を見ながら、累と晋は息をのむ。

 

「馬鹿な……今度こそ消滅させたはず」

「肉体が死しても、魂が滅びても、業という歴史は消えない……おやっさん達も!」


 再び蒼天に掌を翳す。

 地面と垂直に落下してきたらせん状の光線が、公園内にアパートの残影を出現させる。

 

 何の変哲もない立方体の建物になるや否や、その全てを火焔の悪魔が呑み込む。

 色褪せた築何十年の外装が、瞬く間に漆黒の焼け野原へと変貌していく。猛る炎の中から、五体の焦げた人型存在が這い出てくる。

 

 ――アツイアツイアツイアツイ、ドアアツイ、カベアツイ、アツイ、アツイ


 呻き声。

 人体が焼ける嫌な臭い。

 温度差によって揺らぐ蜃気楼。

 自身の肉体が焦げていく地獄を見た結果、心霊現象として残されてしまった五人の悲劇が再現されている。

 彼らに触れたガスマスクから、途方もない業火に包まれて破壊されていく。

 

「奴らも、さっき光線銃で無力化したはずだ」

「いや、奴らだけじゃない」


 次から次へと、童子の周りに蒼と黄金の螺旋が降り注ぐ。

 一瞬のうちに輪郭が描写される。

 それに沿った異端が、次々と出現していく。

 

 

「悪い。俺にもどうなってんのか良く分からない。良く分からないけど多分俺のせいだ。俺のせいだけど――悪い。死にたくない。死ぬわけにはいかない。ちょっとだけ、力貸してくれないか?」

 

 

 ……出現したのはある交差点と、血塗れの男の子。車は来ていなかった筈なのに。信号は青だった筈なのに。

 何故男の子と同じ死因になってしまったのかは、結局誰にも分からなかった。

 

Martis異端番号#49999“無事故記録9999日目の交通事故”」



 ……出現したのは口が一文字に裂けた女。事故か事件かでそうなってしまったのかは分からない。

 事実としてあるのは、「私、キレイ?」という常套句、そして手にした包丁で相手の口を裂こうとする凶暴性のみ。

 

Martis異端番号#79126“口裂け女”」



 ……出現したのは、ある中学校の女子トイレと、備え付けられた窓からこちらを見てくる女子中学生。

 彼女に魅入られてその部屋に入ると、いじめの末に首に縄が絡みつき窒息死した女子中学生の後を追う事になる。

 

Martis異端番号#18782“東京都立鳳来中学校3階の女子トイレの花子さん”」



 ……出現したのは、いつまでも主人を待ち続ける犬。

 いつまでも。家が無くなっても。骨だけに、魂だけになっても。いつか主人が帰ってくると信じて。


Martis異端番号#24202“おらが忠犬”」


 

 ……出現したのは、ある老女が死に際に作った和製人形。

 しかし手にした人間は、皆髪の毛に縛られて縊り殺される。多分、優しい老女とは無関係の“何か”が宿った。

 

Martis異端番号#99000“精神体99”……間違いねえ」



 累と晋が口にしただけでも、まだ一部。

 童子の周りには見る見るうちに数十の異端認定されていたものが、“召喚”されていた。

 そのすべてが、近くにいる同時に異端性を発揮せず、辺りのガスマスクに攻撃を仕掛けている。光線銃でガスマスクも迎撃し、何体もの異端が消滅していくが、その度に同じ異端が補充されていく。

 一切勢いの止まぬ怪奇と呪いの嵐が、童子を中心にして巻き起こっていた。

 

「こいつら全部、この10年間でこの付近で発生していて、かつ無力化された異端だ」

「ははーん。成程な。何となく見えてきちゃったりしたぞ」


 

 淡々と視覚的な情報を観察し、結論を出す。



「安倍童子の異端。それは“無力化された異端を召喚”出来るものだろう」



 累の結論に、晋も首肯する。

 

「どうも召喚できる異端には無力化以外にも、何らかの法則性があるようだがな」

「確かにな。だが今の所は、だ。場合によっちゃ、確かにこの世界を滅ぼすものではあるな」



 一方で。

 童子はといえば、若干蒼ざめた顔をしながら、異端達に取り囲まれていた。

 体調が悪そうだ。頭痛がするかのように、頭に手をやっていた。

 能力の発動に脳の何かを消費しているのか。

 あるいは並ぶ異端達一つ一つに込められた物語が逆流しているのか――それが見えた訳ではない。

 

 ただ、生きる為に戦う凛とした目線。

 それを累と晋に向けていた。

 

「安倍童子。自分でも何やってるのか分からない顔だな」

「異端性に芽生えた元人間は、大体そんな顔をする。そして良く分からないまま俺達に殺されていく」


 これから野球でもするかのように、楽しんでいるかのような目で、それぞれの野球道具を構えながら累と晋。


「……警告する。死なない内に逃げろ」

「どうした。随分と優しい事言ってくれんじゃねえか」

「だがその分け分からん能力の貯蔵は無尽蔵じゃなさそうだ……大分死人と変わらん顔し始めてるぞ」


 童子はその返答で、何かを諦めたようだ。

 まるで野生に生きる獣の様だった。


「じゃあ、悪い。お前が身罷ってでも、大手振って家まで罷り通るわ」

「第二死合開始、だな……好きだぜ、泥仕合も」

  

 “烈火寿命オーバーバッテリー”の前に位置するは、“未来から来た”というロボット達。

 今は十体にも満たないが、一分もしない内に辺りから増援がやって来る。

 

 童子にもそんな事は分かっていた。

 駆けつけてくれた“歴史”だけでは、手数が足りないのはこちらの方だ。


「邪魔だ。どけ。俺はちゃんとメアさんと一緒に、帰って詩桜里にただいまするんだよ。三人で!」


 だが童子の後ろに犇めくは、そうそうたる魑魅魍魎。

 曇天の遺伝子が降り注ぐ背景で、その数はまだまだ増えていく。

 自身の体から溢れる何が、これを実現せしめているのかは分からない。

 

 ただ、心が消えた歴史と繋がっていく。

 曇天の彼方にいる“親友”達の事が、頭の中に次から次へと想起される。


「ったく。なんでこんな事になっちまったんだか。ただ俺達は、平安から令和に逃げてきただけだってのに」


 童子の初めての戦闘。

 しかしそこには安倍晴明という影も、代名詞たる陰陽道という形も無いものだった。

 救急如律令なる呪詛も存在しなければ、率いる集団は式神と呼ぶには悍ましい。

 時代は全てが二進数で表されたテクノロジーの時代、令和。非ざる存在が信じられ、死者の魂が慮られたのは千年昔。

 果たして一体初めて見た人間の誰が、異端の中心に君臨する存在を安倍晴明だと恐れるのだろうか。


「なあ、お袋。安心しろよ。ちゃんとあんたの遺骨は、詩桜里の下へ持って帰るから。また三人で暮らそう」


 先に結論から断言してしまえば、童子単体で今の戦力では、この戦は勝ち目がない。

 聞くだけで心臓を止めてしまいそうな恐怖の権化たるホラーの化身達。

 しかしそのホラーを照明の証明で照らしてしまったのが、ガスマスク達の故郷である未来、らしい。


 すぐ其処にまでガスマスクの応援が迫っており、数の利はいずれ覆される。

 そしてガスマスクには霊を抹殺できる光線銃という武器が備わっているほか、“サブネットマスク”というもう一つの異形の存在に童子は、童子を始めとした集団は慄く事となる。


 しかしそんな未来も既に童子には想定していた。

 更に先の未来も想定していた。


「始めようぜ。俺の家族、詩桜里ってんだけど。夕飯までには帰ってくるように言われてんだ」

「そうか。じゃあさっさと終わらせようか」


 詩桜里がエプロン姿で扉を開ける、あの部屋に帰ろう。

 さあ、帰ろう。

 

「じゃあ、プレイボールはじめっか

「ああ。ゲームセットかえってやる



 未来のロボットと、心霊や人外の小さな戦争が始まった。


 

 敢えて無理矢理伝説に当てはめるのだとすれば、こんな話が当てはまる。

 昔、誰かが言った。

 数多の人外を率いて、全てを蹂躙する妖怪の王の有様。

 


 それを、“百鬼夜行”と呼んで人は恐れた。

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