第18話 「狙撃されたので、弾丸をキャッチしました」
一番童子のマンションから近い扉から、童子とメアは出た。
徒歩二分後。先程までの閑散ながら生活感ある街並みから一変。
街の全てが眠りについたように、童子とメアの視線には人っ子一人、車さえも映らなくなっていた。
「気持ち悪いな」
率直な感想に続いて、童子は前を征くメアに質問する。
「なあ、もうこの“人払い”ってのがどういう原理でなっているのかはこの際聞かないけどよ。この辺に住んでる人達は一体何してんの?」
「さあ。ただ偶然、我々に注意がいかないようになっています。その唯一無二のルールに基づき、人の目線をひとところに集める“異端”ですからね」
曰く――
技術にも差はあるものの、これを発動している間は対象の周りに人間が現れず、付近でどのような惨事が発生しても誰も振り返らない。
紀元前からあった技術らしい。
しかしニヒルも使えている事から察するに、この異端は“管理”に失敗した事例なのだろう。
しかし効果は絶大だ。
例え今の様にガスマスク達が路を塞いでいても、誰も彼らを知覚することは無いため、流れ弾に巻き込まれて死ぬその瞬間まで気づくことは無いだろう。
「千客万来です」
犇めくガスマスク達。
しかし距離を一瞬で詰めたメアがレーヴァテインを振るうと、一気に数体分の破片があちこちに散らばっていく。
「とりあえず、辻斬りしながら駆け抜けていきますよ。こういうの、ウォークラリーって言うんですよね」
「少なくともこの世界では言わない」
立ち塞がるは相手は合理的な破壊と殺戮に精通したガスマスクを身に着けたロボット。
抜けど抜けど出会うは殺戮閃光の雨あられ。
しかしメアは自分にあたるものは人体の限界を超越した身のこなしでかわし、童子に直撃するものはレーヴァテインの刃で遮る。
遮っては一歩駆けるごとに一体以上。
強く踏み込み、強く振るう。それだけ。
それだけで、敵の数がみるみる内に減っていく。
それでも普通の人間ならメアの背後に並ぶことなく、竦んで身動きが取れなくなるであろう死と隣り合わせの世界。
今まさに童子の肩を光線が掠めた。しかし童子は目を瞑る事さえしなかった。
更には冗談に突っ込みを入れられるくらいの平常心。第三者から見れば童子も十分に異端である。
平安は殺し殺されるのが当たり前だった無秩序の荒唐無稽だったからこその感覚ではあるが。
『この前の出現を分析した結果、どうやらガスマスクが一度に出現できる量には限界があるようだ』
ネジとか基盤の欠片がちらちらと視界に入り始めた頃、レーヴァテインがそう分析した。
「無限じゃないのか?」
『例え異端と言えど、無限大なんてものはそうやすやすと出来るものではない。推察だがある一定期間で64体程倒すと、暫くは我々の視界に映ることは無いだろう』
勿論、時間が経てば遠くからの増援がやって来るがな。とレーヴァテインは付け加える。
しかし童子が疑問に一番思っていたのは、別の所だった。
「前々から思ってたけど、レヴァさんいつも硬軟関わらず斬ってて痛くならないの?」
この質問も、童子が平安時代の出身故だった。
刀と聞いて、現代人に聞けば一本で一人だろうが百人だろうが万人だろうが斬り殺せる必殺最強の刃物であると想像する。
だが童子はイメージの先行に騙されない。
五歳程度の記憶しかないにしても、刀はそんなに頼りがいのある物ではなかった。
普通は十人も斬れば、刃はこぼれるし斬れなくなる。
しかしレーヴァテインは、聖剣はどうだろう。
とても刀なら折れている様な甲高い音を立てながら、流れ作業の様にガスマスクの体組織を次々に真っ二つにしていくではないか。
『神経と呼ばれるものは私には備わっていないのでな。それに刃こぼれは“リジェネ”で瞬時に自動回復する仕組みだ』
「回復って……すげえな。異世界のからくりはそんな事もできるのか」
『ちなみに聖剣使いも、その恩恵を受けて傷が回復する仕組みになっている』
「って事は……メア、不死身って事か?」
童子が質問した時、メアはサーカスの様にガスマスクの頭上に飛び移っていた。
「いいえ。致命傷を受ければ当然死にますよ。まあその致命傷も段階にはよりますけれども」
そのまま強烈に地団太を踏む。
辺りが震える程の衝撃。
駆け抜けた圧力が、ガスマスクを胴体にへこませる。
「ちゃんと心臓を貫かれれば失血死しますし、脳味噌を射抜かれれば脳死します。所詮聖剣使いなんて、そんなものです」
そりゃガスマスクのような鉄の塊さえ砕く身体能力を超えられたらの話だけどな。
と童子は思ったがもう面倒くさいので何も言わず、もう姿が見えたマンションへ駆け抜ける事にした。
だが話は終わらない。
そこから十数キロ離れた高地。もしくはビルの屋上。
まだガスマスクは、とある三地点にそれぞれ一体ずつ存在していた。
携えていたのは、光線銃よりも一回りも二回りも大きいスナイパーライフル。
だがスコープに目を充てる事もせず、ただトリガーに指部分をかけるのみ。
照準を合わせる必要も、スコープの倍率を調律する必要もない。
そもそもガスマスクに目という概念は存在しない。ただカメラから得られる情報があるのみ。
知覚に散らばった仲間たちの残骸が、ガスマスク共有のクラウドネットワーク“サブネットマスク”に今もなお情報をインプットしている。
人は死んだら何も見えなくなるが、ガスマスクはバラバラになった程度では完全に停止しない。
メアは優先的に光線銃や四肢など、戦闘能力を無力化する選択肢を取ってきたのが仇になった。
要は、カメラが死んでいない。
死んでいない何十体分ものカメラは、あらゆる方向からのメアたちの情報を狙撃手たるガスマスクに送っていた。
そして導き出す。
辺りの気象情報も加味した、最適の軌道を。
後はロボットたるガスマスクの本領発揮。
合理的な破壊と殺戮に精通したガスマスク。
故に狙撃は超精密にして超正確。
15km程度の距離の壁など、彼らにとっては障子と代わり映えしない。
一体目のガスマスクはメアの頭蓋に。
二体目のガスマスクはメアの心臓に。
三体目のガスマスクは童子の心臓に。
それぞれの標的を目掛けて、螺旋回転する弾丸を放った。
光線では眩しさに勘付かれて避けられる可能性がある。
しかしニヒル製の弾丸であれば光線を上回る威力で空を貫き、そして敵の人体で破裂する。
例え聖剣使いのような超人であろうと、即死は間違いなかった。
そもそもメアは剣士だ。近中距離は最強でも、超遠距離では手も足も出ない。
勿論軌道は全て正解であり、結果童子とメアは15kmも離れた場所からの狙撃でバラバラに――
「何してんだ」
「
――ならなかった。
結論。メアは音速を軽々しく超越した弾丸を、手を一回ぶんと大振りして握りしめてしまった。
「これ。まったくもう、まったくもうなのですよ。弾丸は駄目ですよね」
「えぇ……」
駄目ですよねとか言われても。
そこは素直に死んでおけ。そう言いたくなってしまった瞬間である。
音速を優に凌ぐ速度、小ささに反して人体を破裂するには容易い重さ、そして秒間何百もの横回転。
それを掌で掴んだのにも関わらず、ほんの少しだけ皮膚が擦りむけたくらいで見せつける余裕もある。
軌道は直前ですべて見切り、しかも一振りで全てをカバー。
……強さそのものが、異端である。
「何を鳩が魔術もぐもぐした顔してるんですか。ワイバーンは
「ああ。まあ、はい」
もう白目になりながら議論停止。
異世界出身の聖剣少女はどうやら何でもありらしい。この彼女をもって逃げるしか出来なかった安倍晴明はどれだけヤバかったのだろう。
とりあえず童子を守る聖剣使いは、15km程度のスナイパーライフル程度では殺す事は出来ない事を証明した。
ガスマスクの、唯一の戦果である。
「お返しです」
ぶん、と。
あろうことか薬莢が織りなす超速を投擲で再現し、しかも十数キロ離れたガスマスクの眉間に炸裂する。
取り返しのつかない破壊とは裏腹に、メアのかすり傷は“リジェネ”で一秒もしない内に治っていた。
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