第13話 とある生まれた世界の違う二人が、世界に掲げる誓い
一方の童子は、ひとまずは事情は理解した。
林の見立て通り、頭は悪くない。最先端のテクノロジーには弱いが、文系理系問わず受験勉強で鍛え続けている。
一方で、心も打ちひしがれていない。理解はしたが、現実味が沸いていないからだ。自分に世界を滅ぼす力があるかもなんて言われたところで、半信半疑なのは変わらなかった。
しかし逆立ちしても、この二人には実力行使しても突破は出来ないだろう。
メアは言わずもがな。ガスマスクの集団を素手でスクラップにする理不尽の嵐を昨日見た。
そして林は戦闘を見た訳ではないが、今の雰囲気はやばい。魔法少女の名と衣装に相応しい“魔法”とやらで一網打尽だろう。
無駄に抵抗はしない。この場で最適な手段を模索する。
童子としても、ここまで聞いてしまったからには、この続きの話が気になる。
安倍童子という物語の続きが、安倍晴明なのかどうか。
ならばこちらからは示すは、反論ではなく協力の姿勢だ。
「自由になる為に俺は具体的にどうしたらいい。俺は帰って勉強したいんだよ」
特にびくともせず返答する童子に、林は挑戦的な笑みを絶やさない。
「いい子じゃねえか。そういう事なら責任もって研究してやるよ」
ディスプレイに映し出されたのは、体制図だった。
一番左上には、撮られた記憶の無い童子自身の写真が映し出されている。
「
「21111ってのは随分と異端ってのがあるもんだな」
「そうだな。まるで安倍晴明がやべー方向の異端的王者みたいないい方したけれど、実は日常には海千山千の異端があるってこった。世界は広いし、歴史だって古い。何せこのオムニバスは、紀元前の歴史が始まる前からあったらしいからなぁ」
確かに安倍晴明と関わっている時点で、この組織は平安時代には存在したという事だ。
こんな組織の存在など知らなかったな、なんて言葉が口に出ようとしたが、童子は平安時代の時点では霊に触れあえるだけの矮小な子供であったし仕方のない事であろう。
「はいここで体制発表ー!はいはーい! 博士、つまり研究責任者はこのあたしー! あたしあたしあたしー! 魔法少女マジカルガールな属性は“
「支部長が直々に研究してくれるのか。あんた一応偉いんだろ?」
「人類滅亡どころか全ての世界を石にしかねないからな。支部長の首ったけ掛けても足りねーよ? こう見えても研究者上がりだ」
椅子に座り、スカートというのにも関わらず胡坐を書いて『にゃはははは』と高笑いするミスハイテンションの林。ハイテンションのあまり『首ったけ』の使い方を間違えている様な気がする。細かい事は気にしないタイプらしいが、それで博士が務まったのだろうか。
ちなみぶんぶんと上下するスカートの中身も魔法少女製のドロワなので、先程の風呂上りとは裏腹に色気もありがたみも無い。
「はいここで心強いエージェント、即ちインタビューとか研究の手助けをしてくれ、暴れたら取り押さえてくれる心強いメンバーを紹介するぜ! 仲良くしてね! 主担当として選ばれたエモいエージェントはメ――」
「韜晦は結構です」
腕組をしながら、小さな影が前に出てくる。
クリーム色のきめ細やかなロングヘアの下で、その碧眼は冷たく童子を見つめていた。
「なんだよー! お前ずっとつっけんどんにしてっから、私がアトホームな職場として社会見学させてんのに!」
「生憎私はこの世界の出身ではなく、アトホームな職場なんて言葉に心当たりがないので。少なくとも、冗談抜きで真剣になる場面かと存じてます」
「お前なぁ。郷に入っては郷に従えって諺があるんだぞ?」
「そうですか。私達の世界にはありませんでした。今度学びます」
適当に林をあしらうと、外見小学生のような少女には似付かわしくない虎の如き視線が童子に向いた。
今にも聖剣レーヴァテインを抜いて童子を撫で斬りにしかねない雰囲気だった。
ストレートな凍てつき加減に、童子も言葉を低くする。
「……改めてよろしく」
「予め改めて言っておきます。私は安倍晴明によって世界が滅びるさまを見てきました。例え自分とは異世界であろうと、二度と罪もない人々がそんな目に合うのは至極、耐えられません」
童子が伸ばした掌を引っ張り、メア自身の唇まで童子の耳を持ってくる。
「もしまた私の前で世界が滅びるくらいなら、私はあなたを滅します。それだけは覚悟していてください」
「……なんとなくあんたの事が見えてきた」
「はい?」
「安心しろよ。俺は世界を滅ぼさねえよ」
キスしそうなくらいに間近な距離のまま、童子がその眼光に負けない穏やかな笑顔で返す。
「俺がもし世界を滅ぼしそうになったら、寧ろよろしく頼む。俺もこの世界は絶対に滅ぼしたくない……だから俺も、自分がどんな存在かは知っておきたい」
「……」
口だけならなんとでも言える、そんな顔でメアが問う形で続ける。
「敢えて聞きましょうか。何故世界を優先するような発言をするんですか?」
「……ついこの前まで、俺はある公園に通ってた」
その枕詞に、メアの後ろで林が首をかしげた。
「その公園じゃ一年前に女の子が一人殺されてな。でも俺はその女の子と親しくなった。お兄ちゃんお兄ちゃんって懐っこい子でさ。色々遊んでいる内に、もう一度生まれてきたいって希望を持って成仏してたんだ。あの女の子が輪廻転生ってのをしたら、もう一度蹴鞠して遊ぶのが夢だ」
「……その女の子の輪廻転生なんて不安定なものを期待しているのが、世界を優先する理由だと?」
「いや? それは理由の一つだ」
童子の脳裏では、蹴鞠を両手に抱きしめて優しい光に包まれていく眩しい笑顔を思い浮かべつつ。
次に浮かべたのは、今この同じ建物にいる詩桜里と一緒に見た桜の画像を思い出す。
「俺と一緒にここに連れてこられた詩桜里には夢があるんだ。一人でも多くの子供が、虐待だとか、いじめだとか、そういうクソみたいな最悪の悪夢から救ってやる夢が。その為に必死に勉強する詩桜里の背中を見届けていたいし、その夢が叶い続けるのを見ていたい」
今度は質問は無かった。
童子はさらに続ける。
「最近知り合った燃えちゃったアパートの中に居続けるおやっさん達の笑顔も見ていたいし、未練を無くして成仏するのを見届けたい。高校のクラスメイトと受験や文化祭を頑張っていたい。同じ高校に住む女の子の霊は俺らの担任となった同級生に告白したいらしいから、それを手伝ってやりたい。駅前の駄菓子屋のばあちゃんと飼い猫に明日も顔を見せて、面白い話しながら駄菓子食べてたい――この世界を滅ぼしたくない理由ってさ、考えてみるとキリがないんだよ」
話続ければ延々『見ていたいもの』のオンパレードが続く事は、メアにも林にも分かっていた。
心から楽しそうに、満たされるように話す様に割って入る事は出来なかった。
「まあ結局何が言いたいかって言うと……俺はこの世界が好きなんだよ。だから俺はもっとこの世界を笑顔にしたい。色々考えたけど、その為には俺もちゃんと世界って奴と一緒に生きなきゃなって思ってる。具体的に笑顔にする方法は……今絶賛検討中だが、とりあえずは『医者になって生きる事の手助けをする事』かなって思ってる。生きるってほら、命が無いとできない事なんだって、死んで後悔してた人たちと話して思ったから」
口にはしないが、童子の志望校は東京大学の理Ⅲ。
成績こそは優れている童子だが、まだまだ模試の判定はほろ苦い結果に終わっている。
「でも、もし安倍晴明みたいな奴が襲ってきたとして、俺には世界を救う力はない。ましてやその主犯格が億が一、俺だったら最悪だ――だから俺はあんたに色々託したい。メア」
「……というと?」
「あんたの事は分かんねーけど、一つだけ分かる。この世界って奴を守る為に色々躍起になってんだろ? 世界が滅びる事の悲しさを知ってるから、そんなに必死になれんだろ? もし俺が駄目だったら、世界を救ってくれ」
童子は自分の胸をどんどんと叩きながら、元気が出るような笑顔を見せる。
「けど俺は絶対に世界を滅ぼさねえ。俺は安倍晴明でもねえし、陰陽道なんてのも知らねえ。それはずっと変わらないスタンスだ」
そんな事を宣言したところで無駄だ。
安倍晴明は過去を塗り替え、異世界へ飛ぶ陰陽道を持っている。歴史すらも灰色に染め上げる力を持つ存在であるなんて疑われていたら、自分がいかに本当と信じている自我であろうと、全く証左にはなりはしない。
それでも、童子は自分を信じ続ける。
見てきたい、していきたい笑顔のために。
「……私のパトス村という所には、防具屋がありました」
メアは少しだけ目線を逸らし、同じく身の丈話を続ける。
「私の家は貧乏だったから、防具は買えませんでした。それでも私“達”の未来に投資すると、そこの
「……いい店主さんだな」
「パトス村の村長は、女のおばあさんでした。いつも厳しい人だったけど、誰かを守る為の嘘は許してくれる人でした。実質私“達”の育て親で、今の私はあの人のお陰です」
「……お母さんって事か」
「そして同じ養護施設で育った子供達と、また遊ぶことを夢見てきました。私“達”は、あの子達の笑顔をまた見ることを夢見てきました」
「分かる。詩桜里が俺にとってはそうだ」
一呼吸おいて、厳然たる目線を同時に向ける。
「もうその人たちはいません。世界が滅ぶってそういう事なんですよ?」
メアは聖剣を抜いて、自分の前に掲げる。
「だから私は容赦しません。この聖剣レーヴァテインに誓います。あの世界の回帰を知る、生き残りの一人として――心を鬼にしてでも、世界が滅びるなんて一番の悪夢は繰り返しません」
「なら俺は俺に誓おう。俺はこの世界を滅ぼさない。もう二度とアンタに、悪夢は見させねえ」
「……」
少しだけ、メアの顔がほころんだ気がした。
張り詰めた糸が緩んで、一瞬だけ少女らしくなったようなきらいがあった。
「くーっ。二人共泣けますなぁ。林ちゃんのプレゼンまだ終わってないけど、もう終わっていいような気がするぜ」
一人『にゃばばば』と泣く素振りをする林の背中で、ディスプレイが切り替わる。
そこには体制図――もう一人のエージェントの名が乗っていた。
「……ちょっと待ってください。彼の担当は私だけではないのですか?」
「当たり前だろー? 私が一人の双肩に全仕事押し付けるような冷たい奴に見えんのかよ? 有休取りたいときとかどうすんだよ。オムニバスはホワイトオブホワイトな労働組織だぜ?
「ですが……」
メアの顔が、童子に向けられたものとは別の意味で訝し気になる。
メアと同列に書かれた名前を凝視して、歯を軋る。
「私は反対です。“彼”は世界を救うとか、リスクとかそういう事を考えないきらいがあります! この安倍童子の担当は危険です!」
「……この“ジェラルド”って奴か?」
メアと同列に書かれた、エージェントの欄。
そこには英語で“ジェラルド”と書かれていた。
「ああ。ちなみにジェラルドの身の上話を軽くするとだな――メアと同じ異世界から逃れてきた、メアが所属していた“Sランクギルド”――“紅玉の蹄”のギルドリーダーらしい」
「昔の話です」
メアが目を伏せる。
「私は、彼を軽蔑していますので」
それは、童子に向けるよりも、立派に明確な敵意であった。
「まあ昔の禍根もあるだろうが……リスクは私も承知だ。そのうえでどうか頼む」
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