第12話 「悪いな。この世界のため、管理されててくれ。そして解を出し続けてくれ。君が安倍晴明でない事の、悪魔の証明を」

 その一室には、とても一室には収まってはいけない顔ぶれが勢ぞろいしていた。

 平安時代からタイムスリップしてきた、安倍晴明かもしれない少年。

 ある筈のない異世界から転移してきた、聖剣使いとその聖剣。

 ともすればテレビでアイドルグループが歌って踊る様なコスチュームの――まさかの魔法少女。


「……ええっと」


 一体どこから突っ込めばいいんだ。

 ここに至って困惑の色を見せながら、オムニバス日本支部長“森木 林もりき りん”――曰く、“魔法少女”童子が尋ねる。

 

「あんたも、メアと同じく異世界からやってきた異端って事?」

「いいや。生憎と地球産でタイムスリップも未経験だ」


 支部長の椅子に座り、ふわふわのスカートで足を組みながら林は首を横に振る。


「とはいえ私のような魔法少女という存在は、巷ではフィクション作品にしか登場しない架空のものという認識だ。手持ちの常識ではあまり考えない方がいいな。ゲームの理論を学校の公式で紐解こうとすりゃ黒板が何枚あっても足りねえ」

「あまりゲームもやらないし、古典や医学に関する本以外は読まないからなぁ……。しかし、魔法少女って言ってたよな? という事は、メアと同じ力が扱えるという事か? メアも氷の魔術使えるんだもんな」

「いえ。私の魔術とは理論も源泉たる力も異なります」


 今度は否定したのはメアだった。


「私達の世界の“魔術”と、この世界の“魔法”は異なるものとして考えてください」

「この世界の魔法ってのは……まあ妖術みたいなもんか?」

「ああ。日本古来に伝わる妖術も、ヨーロッパでかの魔女狩りの原因となった黒魔術も、古代ギリシャを由来とする錬金術も、あれらは全て一重に魔法というジャンルに分類される。我々オムニバスがそれらが社会で通例になった時の危険性を鑑みて、それらを“異端”として管理しちゃったから、結局世には都市伝説までしか出回ってないんだけどな」

「古代ギリシャって……おたく何歳?」

「女子の尊厳云々言ってた割にはぶっこんで来るじゃねえか」


 支部長席で高笑いをする魔法少女。

 

「勿論私じゃなく当時のオムニバスが市場流出を防いだってだけだ。とりあえず体の年齢はお前と同じピチピチ永遠の18歳っつっとくよ。魔法少女がババアとか子供の夢がお釈迦様じゃねえか。こんな少女なババアがいるか」


 誤魔化された。下手に怒り心頭になられるよりマシだけれども。

 童子も適当にまあそれでいいか、と言及する事をやめた。


「妖術も黒魔術も錬金術も、広まって悪用されりゃ最悪世界が滅ぶなんて事も在り得たからな。ただ魔女狩り騒動はオムニバスにとっても想定外だったらしいが……まあ失敗はどんな組織でもある。とにかく今も万国の支部でそれらが発動しない様世界を監視中だ」

「へえ」

「ただ世界にあまねく魔法で、唯一その存在を掴めなかったものがある――それが“陰陽道”だ」


 相変わらず飄々とした態度だが、林の声色が少しだけ低くなった。

 本題に入ろうとしているのだろう。

 

「そもそも陰陽道は紀元前、中国の思想であり魔法として時の周王朝が考案していた。そっちの陰陽道まほうは“管理”されている。神道や仏教要素が加わって日本に伝わった亜種も補足済みだ。だが、安倍晴明が完成させた……いわゆる“真の陰陽道”については、その正体ごとオムニバスでは今も行方不明って事」

「真の陰陽道?」


 問い返した童子に、林は「面白いだろ?」とほくそ笑む。

 

「オムニバスは、陰陽道も管理する為、安倍晴明を何度も補足しようとしたが失敗している。当時あった管理していた世界中の魔法を特例的に解放して安倍晴明と戦ったそうだが――結果は惨敗。結局最後まで安倍晴明も陰陽道も補足は出来なかった」


 しかもその一件がきっかけとなって、黒魔術の知識の一部がヨーロッパに漏れ出し、魔女狩りの引き金にもなったらしい。

 オムニバスにとっちゃあ穿り返したくない黒歴史だよなぁ、と他人事のように林が付け加えた。

 

 しかし、世界中の魔法を結集させても勝てなかった陰陽道。そしてそれを操る安倍晴明。

 何故それが、偶々名前が似ているからと言って、童子が狙われる一因になったというのか。

 

「けれど、安倍晴明は結局真の陰陽道を作っただけで、何も悪い事はしてないんだろ? 俺から見れば、突然侵略してきたあんたらオムニバスの方が悪役に見えるけどな」

「確かお前の言う通りだ。ただ、オムニバスの存在意義は、異端に人類を脅かされない為。先も言った通り、黒魔術についても放っておけば世界が滅びる可能性があった――残念だがあたし達は一人の個を守るよりも、人類の種を存続させる方向にしか動かない」

「……」


 そういう考え方もありか。と童子は考えた。


「だが今回の場合は、断頭台に掛けられるだけの過ちが安倍晴明にもあったのさ」

「どういう事だ?」


 林の後ろのディスプレイに、突如画像が映し出された。

 青空の下、原野の上に聳え立つ顔面の石像。童子も見覚えがある世界遺産だ。

 

「イースター島の……モアイ像?」

「ご名答。1ポイント差し上げよう」

「平安時代の人間だからって舐めてるのか?」


 しかし、この世界遺産は日本のものではない。

 一応はチリ領であり、更には太平洋にぽつねんと浮かぶ小島の石像だ。

 日本の歴史とは何にも関係ない筈の画像に、童子も眉間にしわを寄せざるを得なかった。


「そう。世界遺産の中でもメジャー中のメジャーな七不思議の一つ、モアイ像だ」

「話の流れ的に、まさか安倍晴明がこのモアイ像を立てたとかじゃないだろうな」

「ああ、そうだ」

「はぁ」


 それは世紀の大発見だ。世界中の記者がこぞって安倍晴明を記事にするだろう。

 しかし事この場においては、最早過去の日本人が世界遺産に関わっていたとしても、そこまで話題にする事ではない。

 何せ記事にすれば世界が発狂するような人材が既に三人いるのだから。

 

 童子が溜息をしかけた所で、不意打ちと言わんばかりに林がある事実を口にする。

 

 

「当時日本と敵対していた国と、その国に住んでいた人間と、それらが地球上に存在した歴史を原材料としているがな」



 一瞬言葉の意味が分からなかった。

 国と人間と、その歴史が原材料。

 

「……へ?」

 

 国が原材料?

 人間が原材料?

 歴史が、原材料?

 

 言葉の意味が、分からない。

 平安と令和で、言葉の使い方が。概念の使い方がここまで違えてしまったというのか。


「“つまり、この世界にはその国と人がいたという歴史さえ、イースター島の石にされてしまったのだ”」


 国という概念と。

 人という数多の命と。

 更にその歴史というこれまた概念を。

 物質として存在していない物を、物質化した。

 岩にして、千体もの“モアイ”にした。

 

「ちょっと待て。それは何だ? 理解が出来ない……納得が出来ない。国を大陸ごと、人々を丸ごと石にしちまうなら御伽噺でも理解が出来る。だけど歴史が石になるって……」

「その国……仮にA国と呼ぶぜ。A国は確かに存在した。オムニバスの記録上にも記載がある。だがオムニバス以外の人間の記憶からは抹消されている。記憶だけじゃない。遺跡のような痕跡も、その国が他国に及ぼした影響も抹消されている」


 つまりだ、と林が要点をまとめる。

 

「A国は、完全に“無かったことにされた”。その過去すらも。A国が無い事を前提に、世界は再構築された」


 童子は一人、スケールの違う馬鹿げた御伽噺に頭がついていけなくなっていた。

 タイムスリップを経験した童子ですら、霊と干渉出来る能力を持つ童子ですら、この安倍晴明に纏わる話に着いていく事は出来ない。

 

「その出来事が西暦1000年……、まるで自分はいつでもこうやって世界を滅ぼせると言わんばかりに、オムニバスだけの記憶にこのAという国の事実を残したのさ」

「そして――」


 一方で、一人沈黙していたメアは伏し目がちに付け加える。

 

「――私達の世界も、同じように全てを石に変えられ、無かったことにされました」

「……」

「私“達”は難を逃れる事は出来ました。理屈は分かりませんが、私達自信の歴史きおくは無かった事にはなりませんでした。それでも、それでも」


 袖を掴むメア。

 悔しそうに、悲しそうに、その激情ごと世界の終焉を想起する。

 メアの世界は、安倍晴明に滅ぼされたと言っていた。


 国なんて単位がちっぽけに見えるくらいの規模で、歴史ごと石にされたのだ。

 人類の歴史さえワンカテゴリーにすぎない世界の歴史ごと、それこそイースター島のモアイのように変貌させられたという訳だ。

 

 人々の遺志は。

 石にされてしまっていた。

 

「いや……そもそも……なんで安倍晴明が、メアの世界に」

「――西暦1005年。安倍晴明が84歳で亡くなったとされる年だ」


 ディスプレイに、安倍晴明に関する情報が表示された。

 どうやらこのシステムは、林が思う様な画面をディスプレイに表示する様に造られているようだ。

 液晶には、別段この秘密結社のような空間のみでしか参照できない代物ではなく、インターネットに一般公開されている情報である。

 

 安倍晴明に関する、公的な情報である。

 921年~1005年。安倍晴明の生没年が、情報の羅列の中で注目を集めていた。

 

「勿論この年は、“捏造”されたものだ。安倍晴明は死んでいない」


 次にフォーカスが当たったのは、安倍晴明の大和絵。

 平安時代らしい色褪せた紙に書かれるは、一人の老人だった。

 

「それどころか、この絵の様によぼよぼのじーちゃんにすらなってねえぜ。この絵も、捏造だ。実際は年すら取ってねえ。当たり前の様に安倍晴明は不老不死になっていたんだよ……そもそも老いるだ死ぬだ、人間の範疇で考えねえ方がいいけどな」

「じゃあ安倍晴明は1005年以降、どこに言っていたって話だけどな」

「そこでメアの話に繋がる。安倍晴明は行っていたのさ。異世界にな」


 訝し気な顔を崩さないメアを指さす林。

 対照的に、世界すら危ない話をしているのにもかかわらず、飄々とした態度を崩さないまま同時に声をかける。

 

「童子はもう少し驚けよ。異世界転生だぜ? おまえ『小説家になろう』とか読まねえの? アニメとか見ねえの? 最早異世界転生は全男子が憧れるロマンだろう?」

「そうは言われても、俺は古典とか医学書とかしか読まねえんだ。アニメとかっていう類も、性に合わないっていうか」

「はー。じゃあ実際に異世界転生……転移かもしれねえけど、それを世界で初めて果たしたのが1005年の安倍晴明とか言われてもぴんと来ないわけか」

「生憎俺がタイムスリップってのをしてきちまってるからな」

「それだ」


 林が童子の言葉に待ったをかけるように手を掲げる。

 

「今言ったように、安倍晴明は異空間に飛べるように――これは実例としては出ていないが、“過去や未来に飛べる可能性も高い”。少なくとも過去にアクセス出来なきゃ、記憶ごとモアイに変えちまうっつー歴史改変も土台無理な話だからな」


 異世界に行く為の、空間の軸だけではない。

 未来や過去に飛ぶための、時間の軸さえ自由に飛べる。

 そんなもの、人間の形をしている方がおかしなくらいに、神の所業をしでかしている。

 

「そうだ。それが安倍晴明であり、“真の陰陽道”だ」


 陰陽道。

 童子が調べた限りでは、陽と陰の二つの大元から、土水火木金――五行の属性を論ずる思想だったはずだ。

 

 それが、どうして異世界や時間の壁を簡単に飛び越えられ、不老不死という永遠の存在になれてしまったのか。

 それが、どうして一つの国を、一つの世界を“在ったという存在”ごと根こそぎ奪い取れるようになってしまうのか。


 どうして、世界を滅ぼすに至ったのか。


「……ここまで話せば、何故お前が心当たりが無くとも、ここまでやばい扱いされてんのか分かるだろ?」

「それは、知るかよ」

「お前頭良さそうだから勘付いてんだろ? 安倍晴明だって疑われている理由は――」


 何となく気付いている。

 でもそれを認めてしまったら、童子は自分を信じられなくなる。

 何でもあり、になってしまう。


「“関係ないんだよ。例えお前の記憶になくとも、そういう過去が無くとも”。だって安倍晴明は時間と歴史を自在に操る。だからお前の中で記憶ごと過去を塗り替える事だって出来るし、自由自在に平安時代と令和だって行き来できる。だからこちらとしても、お前のいう事が真実だとしても、鵜呑みにすることは出来ねえ」


 林は魔法少女の衣装のまま、椅子から飛び降りる。

 着ている格好こそ浮世離れしているが、更にその顔つきは日常から離れている。

 

「あたしらはずっと、お前を追ってた。“何故かこの13年間はお前を補足出来なかった”けれど、西暦926年からのタイムスリップは確かに観測できていた。やっと見つけたぞ、愛しい愛しい安倍童子ちゃん」

 

 笑顔は崩さない。少女の面影も消えない。

 さりとて長く最前線に居続けている、影のある表情。

 麗しさも思わせる月も恥じらう少女は、ゼロ距離まで近づいて頬を数センチまで接近させる。


 そっと。

 囁く。



「悪いな。この世界のため、管理されててくれ。そして解を出し続けてくれ。君が安倍晴明でない事の、悪魔の証明を」

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