第11話 「シャワー上がりの全裸な支部長、既に契約済みの魔法少女」

 ある日唐突に訪れた逃避行の果て、流石に軽いとはいえ女性一人背負っての約1kmにも及ぶ駆け比べは莫大な体力を消費したためか、童子はその日は与えられた部屋で眠りについてしまった。

 翌日、護衛(監視)のメアと共に巡る廊下は、“非営利団体オムニバス日本支部”の事務所であった。

 

 ここは、オムニバス。

 異端を管理し、社会を調整する秘中の秘である。

 

「はらほろ広っれー……」

 

 素っ頓狂な声を上げてしまうくらいに広い廊下の移動は、10分も時間を要した。

 ただ廊下を移動するだけで、東京ドーム何個分で示せてしまうレベルの広さである事は察知できてしまった。

 

「これ、本当にあのアパートの中にあるってのか?」


 昨夜ガスマスクの襲撃の剣林弾雨から辛くも生き延び、最後に行き着いた場所が築10年程のアパートだった。

 その一室――305号室の扉を開けると、この空間が広がっていたのだ。壁には厳重度には個体差がある扉が並んでいて、奥行きは米粒の様に小さい。

 委細は分からないけれど、壁や床の材質をとっても一個人が宿に持つような安いものでない事も直感的に分かってしまう。

 

「単純にあのアパートの扉が室内ではなく、別の場所に繋がっている。それだけです」

「別の場所ってどこだよ?」

「さあ。私もこの世界に来て二年なもので。ただあなたや私のような異端を管理する為の施設なら、それ相応の場所にあるという事でしょう」

「俺以外にも異端が管理されているってのか? 俄かには信じられないな」

『時には見るだけ、訊くだけ、認識するだけでアウトな異端もあるのでね。悪用しようものなら世界を滅ぼしてしまう異端だってある』

「あなたもその一人でなければいいんですがね」

「俺は安倍晴明じゃねえよ」


 しかし擦れ違う人間は、童子に対して不穏な目線を向けていた。

 メアと同じく、黒衣のスーツを身に纏ったエージェントと呼ばれる存在も。異端を研究するであろう白衣の研究者も。

 一様に、童子を警戒していた。

 どうやら知らぬところで、童子は有名人になってしまっていたらしい。


「まあ俺はいいさ。それよりも、詩桜里は大丈夫なんだろうな」

「はい。彼女の安全は保障します。後程あなたの事に着いていくつかインタビューをさせていただきます。組織に協力的であれば会わせてもいいです」

「どうして義理とはいえ妹と会うのに、誰かの許可が必要なんだよ」


 と不満そうに言って、童子は格式ばった扉の前に案内された。

 

「で? 俺の沙汰はこの先にいる“オムニバス日本支部長”と話して決定するってか?」

「はい。ついでに――私達の追うMartis異端番号#21111“安倍晴明”が何者なのかをあなたにも確認していただきましょう」


 メアがその扉を押し開いて、童子も続いて中に入る。

 これだけの広大な施設なのだから、さぞかし支部長と名乗る人物の執務室は広かろうと勝手に想像していた割には、執務室はとても狭かった。狭いとはいえど、童子自身の家よりは広いのだけれど、それでも想像よりは狭い。十分常識の範囲だ。

 部屋の中心に置かれていた執務室の上には、複数のディスプレイが並んでいた。機密情報であろう記載が為されている紙が机の上に広げっぱなしだというのは非常にいただけないが、まだ社会人経験の無い童子にはセキュリティ違反の可能性に思い当たることは無い。

 ただ、呼んでおいて支部長がいない。

 不在の部屋を見渡していると、隣でメアが苦々しそうな声を上げていた。

 

「うわっ……これはひょっとするとタイミング最悪ですね」


 不愉快そうにしていたメアの視線を追うと、一つの扉がある。

 童子がその扉を見たタイミングで、その扉が一人でに開いた。自動ドアらしい。

 

「――あれー? 安倍童子が尋ねてくんの今だっけ? にゃはは、それともシャワー浴びすぎたかな? まったく時間ってのは甚だ思い通りにならないねえ」


 つまりシャワールームから出てきた少女に、童子は面食らった。反射的に目を逸らした。

 同年代の、発育の良いプロポーションが一切隠す物なく、童子とメアの眼前に晒されていたからだ。純白のきめ細やかな髪を拭くタオル以外は、はっきり言って全裸だった。

 メアも同性とはいえ、その異常極まりない状況に物申さずにはいられない。


「ちょ、ちょっと! なんて格好して殿方の前に現れてるのですか!」

「そりゃシャワーの後なんだからよ。体を洗うのに服なんて邪魔だろう? メア、お前タオルを巻きながらずっとシャワールームにいるタイプ? 見た目に比例して初心で真面目だねえ、さては恋愛経験ないな?」

「違います! 私の貞操の話をしているのではなく! 仮に異端とて殿方の前に裸で出てくることの非常識さを指摘しています!」

「何を言う。私の体はいつ見せてもいい様に朝昼夜ちゃんと石鹸でゴシゴシしてんだぞ。にゃはは、あたし女子力高っけー!」


 絶望的に会話がかみ合っていない。

 異端を管理する事務所だからか、社員も考え方が異端のようだ。

 

「で? こんな所に裸で右往左往出来るって事は、この女の子が支部長ってオチか?」


 目線を別へやりながら質問をする。

 しかし一応紳士としての嗜みを果たしていたはずの童子の目前に、少女は自分から視界に入った。

 勿論一糸まとわぬ姿で。

 

「にゃはは、なんだお前、お母さんから人と話す時は目と目を合わせろって教わらなかったのか?」

「お袋からは女子の尊厳を傷つけない様に生きろって言われてんだ。同じ屋根の下に義理とはいえ妹もいるからな。そういうのには気を付けるのが主義だ」

「想像以上に良い心構えだ。まあ肩の力を抜いてよく見ろよ。女の子って言われるのは流石に侵害だぜ。まるでメアみたいにロリっ子みたいに思われてるみてーでな。さっきも言った通り朝昼夜最低三回シャワーに入ってメンテナンスはしてるからよ、恥じる所なんてどこにも無いんだぜ」


 ロリで更にはまな板なメアからかなり苛ついた舌打ちが聞こえた気がしたが、敢えて気にしない方向でいく。

 勿論背けた目線も元に戻すことなく、しかし一瞬見えてしまった健全な女体を思い浮かべてしまう。童子も一応は男子である。

 確かに顔立ちから察するに、童子とは同年代の筈だ。しかし参考となるクラスメイトの女子のそれを見たことが無いためにあくまで推測になるが、彼女の中心で揺れている二つの母性の塊程大きいのは無かったように思える。触れたらどれだけ掌は沈むのだろう。どれだけ受け止めてくれるのだろう。

 中心の乳首も、真正面から見たのは久方ぶりだ。大きくて、ピンク色。

 更に特筆すべきは女性の象徴である下腹部だが――と、これ以上は想像のスイッチをオフにする。

 まあ同年代ではあるが、後ろめたい所はない程に成熟している女体であるとまとめておく。


「まー、会話にならないのも時間の無駄か。じゃあ今回はこちらから譲歩しておくか」


 何もない所から、少女は化粧用の手鏡を出現させる。

 童子が一連の動作に何かを想う前に、少女は“魔法の言葉”を口ずさむ。

 

 

碧の化粧ツリーメイクアップ



 ――それは、少女が大人になる為の魔法。


 瞬間、手鏡から少女の胴体が緑の光に巻かれた。

 光は次から次へと、少女の裸体を覆い隠す洋服へと形を成していく。

 ただし童子にとっては、メアとは違う意味で住む世界が違う服装であった。

 

 ひらひら、ふわふわ、と擬音語がここまで似合う女子の格好も見たことは無い。これがコスプレというものだろうか。それとも、メアの事をロリっ子と揶揄していたが、語源であるロリータと呼ぶものかもしれない。

 緑を基調とした衣装、その胸の中心には碧色の宝玉が押し込まれている。下半身は左右前後に広がった膝の丈くらいのスカートを履いていて、そちらもフリルにあしらわれた浮世離れの外見である。


 極めつけは、左手に出現したステッキ。

 ファンタジーの幻想を連想させる杖ではなく、現代の工場で造ったような棒の先端に碧色の宝玉が取り付けられていた。

 

 もし、これを一日前に見たのであったら「なんだこのからくりは!?」と慄いていた事だろう。

 しかし流石に童子も感覚がマヒしてきた。異世界出身の聖剣使いに、殺戮ロボット達。生憎平安時代を知っている事と、霊と触れる事しか出来ない少年にそこまでの耐性は無かったのだ。

 

 さりとて、化粧用の手鏡が変身アイテムというのはノンフィクションではありえない事であり。

 目前の格好はコミケと呼ばれる祭り会場でも無ければ事と場合によっては通報されるレベルの衣装である。


「ようこそ、安倍童子。オムニバス日本支部事務所へ」


 ようやく童子も目と目を合わせてくる。

 視線の合った異端なる支部長は、含みのある笑みを以て自己紹介をする。


「あたしはオムニバス日本支部長“森木 林もりき りん”。属性は“樹緑ライフサイクル”の“魔法少女”だ」

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