第10話 『異端名“異世界Sランクギルドの聖剣使い”』

 とうにこの世界は、無機質な鉄の塊に支配されてしまったのか。

 そう思うくらいに、行けど行けどロボットにしか出会わなかった。


 マンションから抜け出し、詩桜里を抱えながら路を駆ける童子は早速ガスマスクに行く手を阻まれていた。

 童子の目前と、背後には光線銃を携えたガスマスクが数体ずつ。

 不気味なくらいに整頓された配置について、没交渉で光線銃のトリガーを引く。

 

「畜生、また鬱陶しい仮面の野郎が……!」


 意外にも試験の点数や大学模試の偏差値は非常に優れているものの、機械に疎い童子はガスマスクの動きが次々と効率化されている事に違和感を抱いていた。

 血も通わず、心も持たぬ人形たちだが、童子を襲えば襲うほど“学習”する。

 学習された情報は、ガスマスク達が母体としているネットワーク“サブネットマスク”にインプットされ、最適化された行動としてアウトプットされる。

 これは別段異端でも何でもない。一般世間にも知れ渡っているAIでありディープラーニングだ。

 未来の世界を背負って立つ、ビックデータ。

 ただしそれがちょっとだけ、普及品よりも発達しているだけ。

 

 人を上回る頭脳を搭載した人形が、弾丸より強力な光線銃を連携して放つ。

 数だけに任せるのではない。光線銃の威力だけに任せるのではない。

 互いの配置。銃口の傾き。発射タイミング。他諸々を共通の視界と情報を頼りに、次々に調整していく。

 

 では、何故進化し続ける戦術と光線銃は、さりとて童子も背負われている詩桜里も蜂の巣に出来ないのだろう。


 二人は結界の中にいたからだ。

 

 断っておくが、彼は陰陽道を知らなければ使う事さえ敵わない。

 メアが警戒する異端に目覚めた訳でもない。

 九死に一生を得る奇跡を見た訳でもない。


「流石科学という物。途轍もなく正確ですね。照準に僅かな狂いもありません」


 ではこの結界は何か。

 

「ですが――所詮は血も心も通わぬ機械仕掛け。誤差も無ければ気まぐれも無いゆえに読みやすいのです」

 

 “結界と見間違うレベルで超速で四方八方に飛び回る、一人の剣聖だった”。


 全て童子から1mくらいの所で、あらゆる光線銃が意味をなさなくなる。

 光線の軌道上に伊賀忍者も驚天動地の分身ざんぞうを生む足捌きで“数体同時にメアが現れ、レーヴァテインで防ぐ。

 ただの脚力のみで残像現象を実現している少女に、童子も唖然とするしかない。


「あ、あんた本当に人間か?」

「はい。生まれも育ちも人間の、ただの剣聖です。人間レベルが上がればこれくらい誰でもできます」


 できません。

 さらっと非常識な事を言いながら、零秒でガスマスクとの間合いを詰めると同時、聖剣を振るう。

 太陽に匹敵する光熱を先程から何百と防いできたレーヴァテインの刃は、まるで空気でも薙ぐようにガスマスク達を一振りで粉々に吹き飛ばす。

 

『メア、奴らが更にディープラーニングをしたら面倒だ。全滅よりも突破を優先するぞ』

「童子君。進んじゃって下さい!」

「お、おう……」

「元気が無いですね。女の子一人を抱えて渚を駆けるは、全世界共通のロマンでしょうに」

「今浪漫を述べている場合かよ!」


 詩桜里は体系を気にする必要は無いくらいにほっそりとしていて(しかし出る所は出ていて)、眼前の緊急事態に火事場の馬鹿力を発揮して駆け比べが出来るくらいには軽い。

 正直、逆に目を覚まさない方がいいかもしれない。

 気が弱いわけではないが、幾ら何でもガスマスクに包囲されたこの状況。パニックを起こしかねないからだ。

 

 しかし、裏を返せば人は人っ子一人見当たらない。

 ハロウィンでもないのに突飛な格好をした巨人達が光線銃片手に破壊を繰り広げているのであれば、そろそろ警察のサイレンがなってもおかしくない筈だ。そもそもマンションを出た時点で、同階に済む隣人たちが騒がないのも変だ。

 

「なあ、街の人達はどうなってんだよ!? 何故誰も様子を見に窓から顔を出す事さえしないんだ」

『生憎、人払いの技術は我々オムニバスも使っている。この規模ならば珍しい事ではない』

「ああ、そう。何か俺とメアさんが最初にあった時、何故河川敷に誘導されたか今更解けた気がするよ」

『惜しくらむは詩桜里さんは君との距離が近すぎて、人払いが上手く機能しなかったのだろう。そういう不具合もある』

「……」


 くそ、と童子は吐き捨てる。

 やはり自分と一緒にいたせいで、詩桜里に被害が及んでいる。その事実に一抹の後悔を抱く。

 

「……この逃走劇。終わりはあるんだろうな」

「この近くに、オムニバス日本支社に繋がる扉があります。そこに逃げれば大丈夫です」

「日常に近くに非日常の扉があるとは思わなかったな」

「単純に全国津々浦々、筒抜けなくらいにオムニバス日本支社へ繋がる扉はありますので。普段は日常に紛れているだけで……っ」

 

 メアが反応した途端、夜空の一点が光る。

 流れ星かと思ったそれは――やはり人を貫く光線であった。

 

「くっ!」


 真上からの光線をレーヴァテインで弾くと、童子とメアは夜空を見上げた。

 星空でカモフラージュしてはいるが、明らかに真上に飛んでいるものがある。

 

「ありゃドローンってからくりか!?」


 上空100m前後にて浮かぶ機器は、人の形をとっていなかった。代わりに銃の形に似通っていた。

 重力に逆らう機構の在処は見えなかったにせよ、そこは問題ではない。どうして浮いているのか、この際問題ではない。

 浮揚して硝煙を上げている先端には、人を殺す光を放つ銃口が備わっていたのだ。

 空から光が降ったのも、かのドローンによるものだ。

 

「やれやれ、そろそろ向こうも本領を発揮し始めましたかね」


 今度は真正面と真後ろに、再びガスマスク達が集結する。

 勿論その手には、光線銃が握られている。


『童子君よ。断っておくがあれは異端でも何でもないぞ。表舞台の戦争ではドローンは兵器として使われている』

「異端かどうかなんて関係ないだろ!? 流石に上も抑えられちゃまずいだろ!?」

『いいや、そんな事は無い』


 レーヴァテインから声がすると同時、ぐぐ、とメアが下方向に剣を構える。

 一瞬の溜めの直後、天に向かって体全体で剣閃を描く。

 銀色に彩られた三日月の波動が、ドローンの一騎を通過する。

 

『メアは剣士であると同時に、魔力ステータス十分の氷結魔術師でもある。遠隔攻撃には事欠かない』

「上方の有利を取った程度で攻略した気になった傲慢。この世界の戦闘は危機感が足りなさすぎますね――“アイスクリーム”」

 

 二つに割れたドローンが、拡散した。

 爆発した訳ではない。中心から四方八方に向かって氷柱が何十メートルにも飛び出す。

 

 宝石のようなオブジェと化した氷柱が周りのドローンに触れた途端、諸共に凍り付いていく。

 プロペラの稼働も止められ、順当に地面に叩きつけられて氷諸共粉々になる。

 

「流石に前後の敵数が多い! レーヴァテイン、二人を頼みました」

『相分かった』


 メアが言いながらアスファルトにレーヴァテインを突き刺すと、途端に童子と詩桜里も巻き込む様に半球体ドーム状の光が展開される。

 ガスマスクの光線が、その半球体に遮られて虚しく反射していく。

 

「すげえ、レヴァさんこんな事も出来るんだな」

『聖剣ならば当然だ。異世界の機械仕掛けなどに引けは取らん』

「……ってメア!?」


 一方のメアと言えば、一目散にガスマスクに向かい駆けだしていた。

 自身の代名詞とも呼べる聖剣を地面に差したまま、丸腰で銃口に向かっていく。

 

『彼女の事なら心配はいらん』

 

 その間にも光線の群れを潜り抜け、童子へ直撃する光は遮りつつガスマスクの間合いに入る。

 だがガスマスク達は学習している。

 近距離に迫ったメアを確認すると、突如手に持つ武器を切り替えた。

 

 光線が放たれる銃とは違う。

 “光線が刃として伸びる筒状の柄”だった。

 

「また奇怪なからくりを……」

『“ビームセイバー”か……ニヒルめ。噂に違わず技術が進化している。異端が進化している、というべきだろうか』

「感心している場合かよ! あれ明らかにヤバいだろ!? メアさんに当たったら……」

『心配には及ばん』


 童子の言う通り、その柄――ビームセイバーから伸びた伸縮自在の光粒子は途方もない威力だ。攻撃の際に通過した地面を裂き、壁を溶かし、電柱を斬り落とす。

 機械仕掛けの人形の数だけ、人を殺す武器として純白色の光が伸びている。

 しかも十数体の巨体が、一番最適な連携で多段に仕掛けてくる。

 微妙に異なるタイミングでその光の刃は、140センチにも満たない女子供に寄ってたかって迫る。



『……我々の世界では15歳になれば、神から剣が渡される儀式があった』


 ――その奇跡を目の当たりにしながら、レーヴァテインが見の上話をし始める。

 

『“聖剣レベル”を渡される例は、100年に1つあるかないか。聖剣を渡された勇者はどの時代でも、世界を救った勇者として歴史に名を残していた――言い換えれば聖剣を受け取る以前に、素質が無くてはならん』


 破壊。

 破壊、破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊。

 一人の少女が肉体で巻き起こす嵐が、一体一体のガスマスクを丁寧に再起不能にしていく。

 

 先程童子は蹴りでも、包丁を使ってもガスマスクに傷一つつける事は出来なかった。

 しかしメアは細い脚で致命的なまでに折り曲げ、小さな正拳で徹底的に貫く。

 魔術も聖剣も使わず、小さくて柔らかそうな女体的外見と矛盾するような肉体能力のみで、鋼鉄の人形をただの塊へと破滅させていく。

 

 光の刃を全て紙一重でかわし、反撃で一撃必殺。

 力強い攻撃の一方で、身のこなしは素早く、しなやか。

 柔軟さを誇示するようにある時は足元にもぐりこみ、ある時は跳んで舞う。

 蝶のように舞い、蜂のように差す。そんな言葉を具現しているかのような、達人の立ち回りだった。


『我々の世界でも、接近戦のみに限ればメアの右に出る者はいなかった』

 

 レーヴァテインが異世界での簡単な説明を終えた時には、自分が壊してきたガスマスク達の頂点で満月を背にした少女が佇んでいた。

 直立不動の貫禄はまさに、最初のガスマスクが破壊の直前口走っていた――

 


 異端名“異世界Sランクギルドの聖剣使い”。



 ――を冠するに相応しい、それこそ異世界のフィクションファンタジーでしか在り得ない代物ヒロインだ。


「……ぐずぐずしてると今以上のガスマスクやドローンが迫ってきます。さあ、殺されたくなければ来なさい」


 殺すのはガスマスク達か。それともメアの手によってか。

 まだメアの中では、童子は警戒すべき存在の用だ。

 こんな化物のような少女にアプローチされたとあっては、詩桜里を害から守る為にも行かなくてはならない。

 ガスマスクの出現によって、なし崩し的に決まってしまった覚悟に従って童子はその場を離れた。

 

 しかし。

 心の中で、童子は一つの疑問がふっと浮かび上がる。

 そんなメアの世界は――もう神とやら異世界Sランクギルドやら含め、まとめて滅びているんだよな、と。

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