第14話 『もう遅い』な世界の追放話

「……」

 

 実験初段階。

 簡素な一室。簡素な机。簡素なパソコン。無表情のメア。

 童子が今受けているのは、インタビューだった。

 

 歴史や記憶を塗り替えられている事は承知で、罠と分かっていても“安倍童子”の手がかりを掴む為に情報を引き出す。コミュニケーションが取れる異端が相手の場合、初手は異端を管理する組織にしては意外とも思える程素朴な手順を取るのだ。

 

「…………………………」

「……今俺、インタビューされてるんだよな?」


 しかし、空間に流れていたのは沈黙。

 少しだけ心ここに非ずのメアが、考え込んだまま尋問も詰問も拷問もしない為だ。


『メア、公私混同はいかんぞ』


 同席……否、メアの腰に掛けられていたレーヴァテインに諫められる。


「……いえ。いくらなんでもこの人事は危険だと思ってまして。特に安倍晴明を管理するにあたっては」

「だから俺、安倍晴明じゃないっての」


 失礼しました、と感情を殺して目前のキーボードを叩き始める。

 異世界出身の聖剣使いがパソコンを使いこなしているのも、よく見るとシュールである。

 

 メアの準備が整う。

 声を発するために血気の良い唇が揺れ動いた、その直前だった。

 

「ジェラルドってのも、あんたと同じ異世界から来たのか?」

「はい?」


 唇も、キーボードを打つ手も止まった。

 

「安倍童子、インタビューするのはこちらです」

「そうか。悪いな。なんとなく気になったんだ。そいつも俺の担当になるとしたら、話すにあたって知るべきことは知っといた方がいいんじゃないかってな」

「……別に我々の事を知る必要はありません。あなたが正直に教えてくれればいいだけです」

「俺はさっきあんたに言ったので、全部だ」


 俺は世界を滅ぼさない。

 俺は安倍晴明にはならない。

 そういった時と同じ顔つきで、メアの顔を見返した。

 

「……私も少しこんな顔をしていて疲れました。アイスブレイクという奴です」


 その不可解な言葉に、レーヴァテインの意見がぶつかる。

 

『おいおい。メア。我々の事を結局話す気か。それはどうかと思うが』

「それで安倍童子の情報を多く手に入れられるのであれば、上策だと思います」


 むう、とレーヴァテインが押し黙る。

 しかし疲れている筈の顔がにこりともしないのは、ご愛嬌と言うべきか。

 何となく童子からすれば、本来このような顔をするような少女ではない。そんな印象がある。

 

 世界が滅亡とは、笑窪を作る心さえも凍てつかせるというのか。

 

「ジェラルドも、私と同じ異世界の出身です。異世界どころか、私と同じパトス村の出身です」

「同郷の人か。そういえばさっきSランクギルドだかなんだかでリーダーやってたみたいな事言ってたけど……すまん、ギルドってなんだ?」

「私達の世界には冒険者ギルドというものがあったんですよ。簡単に言えば、世界に蔓延る魔物とか悪の集団とかを倒し、報奨を貰って生きていく連中の事です」


 まだ引っかかる所はあったが、魔物とは動物が凶暴化した存在だと童子は推測する。実際にそれは正しい。

 ちなみに聞く人が聞けば『おお! すげー! 異世界すげー!』と驚嘆と感動のリアクションをする事間違いなしなのだろうが、そんな『小説家になろう』も読まず、アニメも見ず、別の意味で霊的事象ひにちじょうに手馴れている童子にそんな感情は存在しない。

 しかし興味はそそられたようで、大きく頷いていた。

 

「もしかして龍とかいるのか?」

「いましたよ。ドラゴンですね。Sランク指定されていた魔物で、マウンテンドラゴンなんてのもいましたけれどね」

『ああ。確かに。この世界風に言えば、亀と蜥蜴が合体したものに翼が生えて巨大化した火を吐く存在だ』

「で。ここに生きているって事は、やっぱりあんたは異世界でも強かったんだな」

「……おだてようとしても無駄です」


 途端に彫刻の様に顔が冷たく、硬くなったメア。


『メア、顔がほんのわずかだが、ぎこちなくなっている数値が現れている』

「レーヴァテイン。余計なお世話です」


 事務的になろうと徹しているのか、抑揚も抑え始めていた。


「それで? そのジェラルドとは同じ村で同じギルドだったわけだから、幼馴染からの腐れ縁みたいな感じか」

「いいえ。ジェラルド自体は知り合ったのは”15歳の儀式”の時です」


 メアの世界では、15歳になる年に神から剣を携わる。

 即ちその剣が才能の表れであると見なされ、その後の人生にまで左右される。


 上質な剣を神から賜れば、上位の人間となれる。

 雑種な剣を神から携われば、凡夫以上にはなれない。

 努力も願いも何も意味をなさない。

 

 そんな世界のどこに神がいるんだ。

 初めて聞いた時、童子はという感想が頭を巡っていた。

 

 まるで。

 ある物語のために用意された、舞台装置みたいな印象だった。

 

「ジェラルドは聖剣を携わった訳ではないですが、魔術師として最高ランクに位置する杖を賜りました」

「剣じゃないんだな」

「剣は便宜的な意味です。弓でも、棒でも受け取った人はいます……中には何も渡されなかった人もいましたが」


 武器でそういう才能あれば、何でも渡されるらしい。

 しかし何も“剣”なるものを渡されなかった人間もいるらしい。

 その人はどんな人生を送るんだ? そんな疑問をする事が、渡されなかった人を見下しているようで童子は言葉を憚った。

 

「ジェラルドから誘われる形で、私は彼がリーダーを務めるギルドに入りました。私の幼馴染も一緒に」

「へえ……その幼馴染は、世界の崩壊と共に……」


 言い濁す童子に対し、メアは横に首を振る。

 

「いいえ。その幼馴染は世界が滅びる前から、恐らく生きていません」


 伏し目がち。

 一体その瞳に、何を映しているのか。

 何を、後悔しているのか。


「とある魔物の巣窟ダンジョンで、ジェラルドが“追放”する形で、彼を置き去りにしました」

『メア。あれは君のせいではない。君は必死にやるべき事をやった』


 事情を知るであろうレーヴァテインから発せられたのは、励ましの声だった。

 魔物の巣窟。ダンジョン。

 もし、軍隊において敵軍が跋扈する戦場に一人置き去りにされたら?

 その先は聞かないでも、分かる事だった。

 聞くべきではない。踏み入れるべきではない。童子は心得ていた。

 

 しかし尋ねずとも、先程ジェラルドに向けた嫌悪感に比例するような悲嘆の表情を、童子にも隠すことは無かった。

 

「彼は、私を恨んでいる事でしょう。あのダンジョンで彼を助けられなかった私を、そもそもギルドに誘った私を……」

「それで、ジェラルドを憎んでいるって所か」

「……話は以上です。あなたのインタビューに移らせていただきます」


 しかし、そこから質問が繰り広げられることは無かった。

 またインタビューの邪魔をするように、声の横槍が入ったからだ。

 ただし、今度は童子でも、レーヴァテインでもない。

 

 

「――お前さ、まだあの事後ろめたく思ってる訳? いや、そういう態度見せておけば女慣れしてない童貞どもでも釣れると思ったのかなぁ。聖人気取りのロリさしか取り柄の無い貧乳筋力馬鹿ビッチが」


 部屋には、童子とメアしかいなかった筈だ。

 しかしいつの間にか、この部屋には三人いる。人型の存在が、三体いる。

 

 いなかった筈のもう一人は、隠れるでもなく視線から逃れるでもなく、最初からそこにいたかのように振舞っていた。

 まるで髪の毛で誰かを貫けるように、赤髪が四方八方に飛び出していた。今日びそんな髪型をしている奇抜なファッションの持ち主は海外でも見かけない。それでいてメアと同系の無彩色スーツを身に纏っているからギャップの差が激しい。

 

「“ジェラルド”」

 

 話の一部始終を聞いていた証左として、いきなり暴力的な感想を投げかけた男にメアは絶対零度の目線を向ける。

 それは童子に向けていた“少しは迷いのある”冷徹な目線ではなく、恨むことに後ろめたさを一切感じていない様な憎悪の視線だった。

 

「あの事は終わったんだって。それも“世界ごと”。この世界に逃げ延びた奴は俺とお前しかいないんだ? 経典に登場するようなアダムとイヴみたいに、そろそろ身を固めようぜ?」

『メアに気安く触るな。愚か者』


 レーヴァテインからも軽蔑を孕んだ罵声が飛ぶ。

 

「聖剣さんもよ。お前を作った神様は、舞台ごと消えちまったんだ。いつまでも王様気取りが続いてると考えたら大間違いだぞ」

「あなたも。“紅玉の蹄”はとうの昔に滅びました。いつまでもSランクギルドの栄光に縋ってないで、少しは目前の仕事に集中したらどうです」


 流石にそれはメアが言うな、と任務違反の殺戮を受けそうになった童子が思うが敢えて言わない。

 しかし童子にも一目で分かった。

 まるで生きている人間すべてが自分に貢ぐためにあると言わんばかりに、上から目線を徹底している。

 

 メアの様に何か信念がある訳でもない。

 ジェラルドという男にあるのは、自分が世界の中心でないと気が住まない様な過剰、自惚れ。

 Sランクギルドリーダーとして、称号をほしいままにでもしてきたのだろうか。

 世界そのものに、過保護にされてきたような印象だ。

 

 言葉を交わさずとも、自己紹介すらしていなくても、童子の第一印象は確定した。

 その高圧的な双瞼が、遂に童子を向く。

 

 童子に向いた途端。

 その上から目線は、逆恨みのような卑屈な視線に代わる。

 

「で? あんたが安倍晴明か? ん?」

「俺は安倍童子だ」

「そんなこと聞いてねえよ。俺は忘れねえってんだよ。お前のその、勝ち誇ったような顔よ」


 これまた一体どこからか、杖が飛び出す。

 林が持っていたようなステッキとは違う。伝説の宝珠から作られたような神秘の木材で象られた、曲線的な杖であった。


「俺は世界が滅びる瞬間、お前の顔を見たんだ。忘れねえ、忘れねえ、忘れねえ、お前が忘れても、俺は忘れねえ」


 だんだんと両肩がぎこちなく震え始めた。

 呼吸が荒くなってきた。

 何を思い出しているのだろうか。

 童子はこのジェラルドに会ったことないにもかかわらず、ジェラルドには童子が親の敵と言わんばかりに殺意をむき出しにしている。

 

「ひゃは、間違いねえ。お前が安倍晴明だ。間違いねえ! 俺は怖くねえ、畜生、俺はお前なんか怖くねえ! お前さえ、お前さえ、お前さえ現れなければ! 全部石に、変えちまわなければ!」

「ジェラルド、何をする気です!」


 メアの声がかかった時には、心霊よりも怖い目つきになっていた。

 一体彼もどれだけの地獄を見たのか。

 しかし地獄を見たとして、隣で凛とした人の形を保っているメアとは何が違うのか。

 

「けれど……何か聞いた話、お前あの力は今使えないみたいじゃねえか……だからこうやって大人しくここにいるんだよな! ええ!?」

「俺には何のことだか」

「はっ――もう遅い」


 その声は、童子の後ろからした。

 見えなかった。けれど分かる。

 ジェラルドの移動は、メアのような高速移動とは違う。

 

 距離を無視したような瞬間移動。

 空間フィルム空間フィルムをつぎはぎして、距離を誤魔化しているに過ぎない。

 

 しかし、それ以上の考察が童子に働かなかったのは、弓矢を見たからだ。

 紅蓮の弓矢。

 ジェラルドの隣に宿る白色の光矢に、とてつもない熱量の焔が宿っていたからだ。

 

 

「よう、安倍晴明――お前はこの世界から“追放”だ」



 そして一人でにほのおは放たれる。

 どこかの小説で聞いたような常套句と共に、罪の意識も無い世界滅亡の容疑者に向かって――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る