第6話 「標高4444mの山が見える」
『落ち着いたか? メア』
「……」
自分の異世界にはなかったクラクション音を耳にしながら、どことも知れぬビルの屋上に座り込んでいたメア。
隣に立てかけた聖剣から心配の声があるが、返答はしない。
溜息がレーヴァテインの刃からこぼれる。
『やっと安倍晴明の尻尾を掴んだと、逸る心が先行したな。心霊現象に何の事前準備もしないで乗り込むと聞いた時は、肝を冷やしたぞ』
「説教ならよしてください」
立ち上がり、落下防止の網を鷲掴みにする。
忌々しそうな表情。メアには、この顔をするだけの理由がある。
眼下に広がる光の世界は、自分の出身地ではない。
自分の世界は、とうの昔に闇に葬られた。
目を瞑れば思い出す。瞼に焼き付いて離れない。
安倍童子と嘯くあの少年が成長した風貌の、真っ白な舞姿に身を包んだ悪魔の姿を。
「……とにかく、あの心霊現象が安倍童子を守る様に動いていたのは確かです。ともすれば、奴は心霊現象を自在に操る能力を持っているのかもしれません」
『だが、彼に事前にかけておいたステータスにはそれを示唆する特徴はないぞ』
「“ステータス”では読み取れない部分があるんですよ。そもそもこの世界の人間向けに作られたものではないですから。私達の世界にあった魔術という概念は」
『それもそうだな。だが一つ尋ねたい。メア』
レーヴァテインの質問を、振り返らないまま聞く。
『君もやはり、あの安倍童子と、我々の世界を滅ぼした“安倍晴明”が関連していない様な気がしているんじゃないか?』
「……」
少し沈黙があった。
脳裏に貼りつく安倍晴明の“冷徹な雰囲気”。
確かにあの雰囲気と、安倍童子の様子は一致しない。
それは、彼と対面した直後から感じていた。
「自分を偽る事など魔術や陰陽道を使わなくても、人間である以上可能です。それに、陰陽道で我々の認識を弄られた可能性だってあるでしょう?」
『……否めはしないな』
否定しても、複雑な心境は変わらなかった。
あの安倍童子という少年が、メアの知る安倍晴明ではないかもしれないという懸念。
メアの世界を滅ぼし、この世界も滅ぼそうとする全ての敵であり、仇である安倍晴明への憤怒。
その二つが、メアという小さな聖剣使いの体でぶつかりあっている。
頭が痛いのは、そのせいか。
「……とにかく。彼をこのままにしておく訳にはいきません。彼の住所に行きます」
『だが異端現象がまた発生するかもしれないぞ? その対策をしておいた方がいい』
例え異世界で魔王を倒す様な勇者でも、簡単に殺せてしまうのが異端現象だ。
だが何事にも弱点がある。それが分かれば一般人でも解決出来てしまうのが異端現象だ。
ある意味ジョーカーのようなその性質を、世界中の異端を管理するオムニバスという組織に所属するエージェント――メアは理解していた。だからこそオムニバスが管理している異端を相手にする最も大切な戦法は“準備を怠らない”事なのだ。
事前に調査を繰り返し、仮説を立て、考えうる対策を全て練っておく。
そんな常套句は理解はしているが、やはり仇を前にすると冷静な判断は出来ないのは異世界の住民でも変わらない。
「ならばそう弁えた上で、その場その場で立ち回りを考えるだけの事。それにこの辺りはオムニバスの監視対象に入っている
『確かにその通りだが』
「相手はともすれば、世界を滅ぼす程の人間です。それくらいの障害は、あって然るべきでしょう」
メアは聖剣を鞘と共に腰に差した所でむっ、と眼を細める。
「ねえ、レーヴァテイン」
『なんだね?』
「……この日本という国の一番高い山は、富士山ですよね?」
『その通りだ。確かにオムニバスに入る際の、知識のインプットにはそう書いてある』
「富士山の標高は?」
『現在は3776mという事になっているね』
メアは景色の一部を指さす。
黄昏時に近づき、空の大部分が暗くなり始めた頃だが、メアの視力はそれをものともしない。
「あの山、標高何メートルくらいありますか?」
不気味なくらいにある地点から垂直に伸びて、雲をも貫く巨大な山があった。
自然が作り出した山にしては不気味なくらいに直線的な輪郭をしているのも特徴だ。山というべきか、壁というべきか悩むレベルだ。
更に言えば、どうして垂直な部分まで緑の木々が生えているのかも不明だ。
そして何より。
あの緑一色で構成されたは、メアの知識にはない山だった。
「計算完了。この世界の単位で言うならば、標高“4444m”……」
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