第4話 霊と友達になる男

 よりにもよって、異世界転移。

 それも、トラックに轢かれて別の世界に輪廻転生したのではなく、別の世界からの逆輸入。

 平安時代からタイムスリップしてきた事実すら可愛く見える、異世界転移を遂げた少女の自己紹介。

 

 それも科学ではなく、魔術という概念が支配していた異世界だ。

 勇者パーティー等と言う喋る聖剣や“ステータス”なんて概念が出てきそうな出自。


 更には遠き異世界は既に滅ぼされ、その敵は陰陽師――安倍晴明。

 もしかすると――童子。

 

 さて、ここまでの情報を一気に詰め込まれた童子がどのような反応をしたかについては、メアは窺い知る事は出来なかった。

 

 何故なら。

 童子が目前から、忽然と消失したからだ。


「えっ……?」


 きょろきょろと辺りを見渡すメアに、レーヴァテインが声をかける。


『どうした!? メア』

「た、対象が……安倍晴明が目の前から急に消えました!」

『“目の前にいるではないか!?”』

「い、いないんですよ!?」

『アパートの方に逃げていくぞ!? しかしあんな黒焦げの廃墟に逃げた所で……むっ!?』


 レーヴァテインの声に従って、最早原型すら留めていない建造物に目をやった。

 炭化した木柱が骨の様に突き出し、いつ崩れてもおかしくない有様。

 逃げるにはあまりにもデメリットしかない場所だったが、レーヴァテインが思わず声を漏らす。

 

『マズいぞ! この焼け跡、霊的濃度が酷く不安定だ! 異端現象が発生している!』

「……っ!?」

『今支部から取り寄せた情報だ。この廃墟は半年前、死者5人を出した大火災に見舞われている……異端現象――それも心霊現象の条件としては充分すぎるくらいだ』


 異端現象。

 ――現在世間一般に広まっている技術や物理法則では発生しえない、端的に言えばオカルトと揶揄される現象の事だ。

 あらゆる常識が通用しない異常の連続。黒が白になるのは当たり前。天と地がひっくり返る事も日常。覆水盆に返っても不思議ではない。

 異端現象相手では、例え聖剣使いであろうとも油断する事は出来ない。

 ステータスカンストの英雄も、異端現象の中では簡単に事故死する。強い弱いの問題ではない。

 その危険性を知っているにも関わらず、小さな体が、異端現象の中心である廃墟へ近づき始めた。

 

『行くつもりか!?』

「この異端現象でますます奴が安倍晴明である可能性が高くなってきました。ここは多少無理をしてでも、奴を拘束するべきです……!」

『だがこれは明らかに異端現象の中でも心霊現象だ!』

「分かっています! でもやっと……この世界に飛ばされてから二年、やっと……」



 ――アツイアツイアツイアツイ、ドアアツイ、カベアツイ、アツイ、アツイ


 

 全身の産毛が逆立った。

 声がした。聞こえてはならない声がした。

 耳の隣からぬっとりと溶ける呻き声が、焦げた激臭と共にメアの感覚を刺激していた。

 

 例えば、全身火達磨の真っ黒こげな人体があったとして。

 炭化し、煤に塗れ今なお溶けていく腕で這ってきていたとして。

 何故か“アイスクリーム”も溶かして、進んできているとして。


「……うっ」

 

 あれを、通常の人間と思う事などできようか。

 いや出来ない。

 誰もが思う。

 “幽霊だと”。

 

 既にこの世にあってはらない存在が、半年前に全焼したアパートから這って出てきている。

 逃げる事も出来ず炙り殺された、哀れな五人が織りなす異端現象。

 さらに分類するならば、心霊現象だ。

 

「レーヴァテイン! 明らかな霊体が出現しました。知覚出来ていますか」

『……いや、知覚していない。だがメアの認識能力が酷く不安定になっているのが分かる。この異端現象、人間の認識に影響を与える災害か』

「……そうですか」


 自身の魔術もまた異端現象の一つである事も、オムニバスが管理する異端現象とは何かという事も理解しているメアにとって、話の食い違いは気に留める事ではない。そういうものだと弁えた上で、しかし憎悪の眼光は緩めない。



 ――アツイアツイアツイアツイ、俺タチモウ、燃エテ、何モナイ、アンタハ生キテル、助ケテ、助ケテ



 メアの後ろにも黒焦げの霊体が出現する。

 メアは気づくや否や、軽快なステップで距離を取ると同時、レーヴァテインを振り抜く。

 確かに霊体に直撃したはずの剣閃は、炭化済みの人体に弾かれてしまっていた。


『なんだ今の感覚は!? 固いとかそういうものではなかったぞ!?』

「怨霊化していて、未知の力が働いているんでしょう……めんっどくさいですねぇ! 異端現象は……寄りにもよってこんな時に」


 魔術を左手に拵えながら、メアは周りを見渡す。

 五体の霊体。焼け焦げ、今なお燃えている荼毘。

 その先の全焼したアパート。

 

「開けてもらいますよ……ずっと探してた憎き仇が、そこにいるんですから!」

『冷静になれ! 今目の前にあるのは安倍童子と同じ、Martis異端番号が割り振られるべき異端現象だ!』


 オムニバスは、常識から外れた異端を抹消するために動いているのではない。

 寧ろ管理し、必要があれば保護するために動いている。ファーストコンタクトは性善説によって為されている。

 管理されるべき異端は、Martis異端番号にて識別される。

 

 今目前にあるのは、識別すらされていない道の心霊現象。

 名づけるなら“全焼アパート”とそれを住処とする霊体5体。

 これがどのようなものか調査すら行わないまま、一方的に破壊する事はオムニバスの方針に反する事だ。

 

『一旦引くんだメア。君の目的を達成するためにも、ここは一先ず』

「……」


 地面を這っているが故に速度は遅くとも、確実に近づいている五体の焼死体。

 メアは一度目を伏せ、彼らに捕まる前に跳躍する。

 軽々と、十メートルは宙を舞うとそのまま住宅街の中へと消えていく。


「……ド、ド、ど、どう」

 

 標的を失った真っ黒な屍は、炭化し眼も消え失せた顔で辺りを見渡す。

 すると互いの顔を見合い、うんと頷き――声を上げた。

 

 

「童子君。もういないみたいだから、大丈夫だぞ!」



 ……先程までの恨み辛みの枯れ果てた声が嘘のように、健全な声を上げていた。

 

「童子君も女の子に追いかけられるなんて、罪な奴め」

「いやー、でも相当な美少女だったよな。でも幼かったなぁ。中学生くらいじゃないか?」

「いやいや。最近の小学生は成長早いし。ありゃ小学生だね。俺が置いてきた娘があのくらいの年齢だったよ」


 あってはならない屍達は、しかし楽しそうに談笑を始めた。

 そして漆黒の炭化した状態が嘘のように浄化され、笑顔が似合う五人の男性に姿を戻していた。

 

「悪いな皆。突然押しかけちまって……」


 アパートの陰から出てくる。

 長年の友達の様に、打ち解けた口調でその心霊現象に話していた。

 

「何。いいって事よ」

「俺達、童子君には数えきれない恩があるからな」

 

 五人の亡霊は、生き生きとした笑顔で童子に返答を返していた。

 

 このアパートで、焼死した怨嗟が具現化した心霊現象が起きるのは間違いなかった。

 しかし既に五人は、怨霊から普通の地縛霊に成り下がっている。

 ――彼らもまた、安倍童子という霊と人を区別せず仲良くなる少年に、真正面から救われたからだ。


 童子自身、霊と干渉出来る事は別段特筆すべき能力ではない。

 “霊のようなあってはならない存在と打ち解け、友達になれる無意識の性質を持っている”。

 故に、こうして味方をする異端現象も存在する。

 

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