第3話 「私はメア。こことは別の世界で、聖剣使いをやってました」

『メア、彼はどうやら我々の追っているMartis異端番号#21111“安倍晴明”とは、別人物の様だ』


 最初に納得したのは、聖剣と呼ばれ、“レーヴァテイン”と名付けていた金色の長剣だった。

 「はぁ?」と声上げながら、メアが苛立つ表情を見せる。

 

「な、何を騙されているんですか。素っ頓狂な事を言って! これが安倍晴明のやり方でしょう!」

『どうも気になって先程から、彼のステータスを見ていたんだがな』

「ステータス?」


 ステータス? クラスメイトがやっていたゲームという物で耳にした名前だな。

 言葉の意味をそんな風に思い返していると、レーヴァテインから光が放射される。


『私とメアは、ある魔術によって相手の能力を“ステータス”として見る事が出来る。こんな風に』

「う、うわ!? な、なんだぁこりゃ!?」


 眩しいという感情は無かった。

 代わりに自分の反射光が、目前に正方形のスクリーンを映し出していた。

 

『君はこの言語を理解できないだろうが、今君の目前には確かに君の能力値、所謂ステータスが羅列している』

「この時代のからくり、本当にやべーな……」


 普通はそんな感想は出ない。

 普通は『お前ら何者だ!? ステータスって、聖剣ってなんだ! なんだってゲームから這い出たような事を!』とか叫ぶ所だが、生憎平安時代の人間。

 勿論千年後の時代にも、相手の能力値を事細かに解剖する光は開発されていない。

 

『君は確かに霊に干渉が出来る能力を持ち、一介の学生にしては一部能力値が高い面もあるが……しかしメア。やはり彼は“安倍晴明”ではないよ。以前我々がコンタクトした“安倍晴明”のステータスと、明らかにかけ離れている』

「騙されないで下さい。レーヴァテイン。これは私達の認識に障害を齎す陰陽道の可能性があります。さては現実改変能力かもしれない!」

『その線でも調べてみたが、私たちの精神波動を示すステータスには異常はない。空間の状態についても同様だ』

「で、あんたら結局俺に何の用なんだ? 俺帰ってやることあるからさ、ここでおいとましていいか?」


 空気を読むという事を知らない平安男子、童子が口を挟む。

 メアが何か噛みつこうとしたが、レーヴァテインが短く声で制し、代わりに話す。

 

『相棒が失礼した。私はレーヴァテイン。見ての通り聖剣をやっている』

「…………えっと、からくりだよな? バイオテクノロジーって奴は、無機物に会話機能を持たせているのか?」

『君には信じられないかもしれないが、私は自我を持ち、意識を保っており、知性を育む存在だ。以後よろしく頼む』


 童子も遂に納得する。

 平安時代の出身故にプログラムには疎くとも、イレギュラーには対応しやすい。霊やら怪奇現象やらを隣人としてきた童子にとって、今更喋る剣など目新しくも珍しくはない。

 しかし、先程さらっと“魔術”なんて言葉が出てきた辺りは引っかかっている訳だが。

 

「まあ、レーヴァテインさん。言いにくいからレヴァさんでいい?」

『はは、あだ名を付けられるのはメアに聖剣として選ばれ抜かれて以来だなぁ』

「何を相手のペースに乗せられているんですか!?」

『さて、童子君。以後よろしくと言ったのは、君に一緒に着いてきてもらいたいからだ』

「いやいや。人違いだったんだろう?」


 童子が腕組をして、レーヴァテインの言葉に眉を潜める。

 

『君は平安時代からタイムスリップしてきており、おまけに霊的物体に干渉出来る能力者である事は認めている』

「それが?」

『それだけでね、オムニバスにとっては異端認定され、管理対象になってしまうのさ』

「んな事、唐突に言われても。大体管理って何なんだよ」

『文字通りだ。君は我々オムニバスの監視下に置かれなくてはならない。この世界の治安の為に、らしい』

「監視下って? 俺は家に帰れんのか?」

『それは私にもわからん。様々な情報を加味した結果、オムニバスが指定する施設に拘留する可能性もある』


 拘留する可能性もあるって。

 無茶苦茶だ。と童子は言葉を漏らした。

 とはいえ、目前の存在がこの時代においても型破りな存在である事には辿り着いていた。

 この手の輩は、警察や法律を翳したところで暖簾に腕押しだろう。

 

 大人しく従った所で、メアの様子を見ているとどうにも穏便に済む気配がない。

 童子は逃げる算段を一瞬で立て、未だツンツンしているメアの後ろに目をやった。

 

「それで? こんな変哲もない学生を捕まえる為に、こうして俺を誘い出した訳か。“三人で”」

「はぁ?」

『三人?』


 メアとレーヴァテインの反応には、明らかに疑問符がついていた。

 二人とも一瞬後ろに向く。何故なら来ているのは二人であって、三人ではないから。

 レーヴァテインの場合は目や顔はないから、注意を向けたという言葉が正しいのかもしれないが。

 そしてメアがもう一度童子の方を向くと。

 

 

 童子は見事に、尻尾を巻いて全力ダッシュを開始していた。

 

 

「なっ」

『にい!?』

「悪いが勿論のこと却下だ! まだ遊び足りない年頃でな!」


 二人が意表を突かれた声が聞こえるくらいには、まだ童子は近くにはいた訳だが、こう見ても逃げ足は速い。

 更には土地勘を活かした逃げ道の選定。

 “しかも地元住人では近づくことは無い、怪奇現象の舞台である焼け焦げたアパートを見事に逃げ道に選んでいた”。

 

 間もなくメアを撒けるくらいには迷路のように入り組んだ小路に差し掛かろうとした時だった。

 声が、ゼロ距離からした。

 

「やはり最初から――力ずくで行くべきでしたね」


 背後で。

 確かに、一秒前までは30mは距離を離していたはずなのに。


「さりとて生憎。私は聖剣使い」

「うえっ!?」


 弓矢の様に目にも写らぬ速度で、童子の横を擦れ違い、抜き去っていた。

 あまりの移動速度に、靴のブレーキが効いていない。

 数メートルだけ摩擦滑って、そして停止する。


「あらゆる魔物に速度で勝てる用、必死に脚力は鍛えておりますので」


 ――童子の前に立ちはだかっていた。

 無茶苦茶な移動術だった。

 焦げ付いてしまったアスファルトが、その異端性を語る。

 

「……そ、それもこの時代のからくりか? というか魔物って何の事だ!? 熊とか猪とか、狼の事とかか?」


 冷や汗をかきながら心底驚く様子を見ても、メアの鋭い眼光は緩むことは無い。

 あどけない外見と矛盾した鬼のような気迫に、童子も思わず後ろずさる。

 

 これは真剣に逃げる事を考えないとマズそうだ、と童子は身構えた。

 しかしこの程度の警戒ですら全く足りていないと気づいたのは、レーヴァテインの黄金の刀身に“純白の炎”が纏わりついた時だった。

 

 

「“アイスクリーム”」



 そう、“唱え”。

 ぶん、と何事もなくレーヴァテインを振るった。

 真っ白な焔は敢えて童子を避け、二人を囲う様に展開される。

 

 灰色の地面に着弾した直後、燃え上がるでもなく、鎮火するでもなく。

 巨大な氷柱が空へと伸びていた。

 

「はぁっ!?」


 流石にからくりがどうとか、そんな文言は出てこなかった。

 明らかに理の外にある外法の術である事は察しがついた。

 

「なんだよこれ……くそっ、逃げられねえ」

 

 ともすれば美しいとさえ思える巨大な結晶だが、今はただただ恐ろしい。

 細道を塞ぐように聳え立つそれは、辺りのアスファルトや壁を簡単に凍らせていくのだから。

 童子の隣でKEEP OUTの黄色いテープに囲われた、“心霊スポットである全焼したアパート”にも氷の手は伸びていく。

 

「鑑賞は結構ですが、干渉は止めた方がいいですよ。触ったら即、凍死です」

「おいおい、これが魔術ってからくりか?……」

「はい。しかし氷の魔術程度は、私の世界では普通だったんですがね。この世界の人間は魔術の代わりに科学を開発したのだから、致し方ない所でしょうか」

「魔術……? ……世界だと?」

『おいメア……、喋り過ぎだ。自重しろ!』


 レーヴァテインの制止も虚しく、怒りのままに改めて名乗り出る。

 


使



 例えばメアの前に、紛れの無い怪物がいたとしても。

 今のメアは臆することなく、その聖剣を振るうだろう。

 そんな鋭い眼光の訳を、続けて話す。



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