無色の花が染まるとき

志央生

無色の花が染まるとき

 教室の前でやけに緊張するのは、夏休みが明けたせいなのか私が意識しすぎているせいなのか、答えはわからない。ただ一つ言えるのは、扉一枚を隔てた先に踏み入れて最初に発する言葉が決まっている、ということだけだ。

「おはよう」

 爽やかに弾む声を出しながら、教室の中へと入っていく。どこかで誰か一人はあいさつを返してくれると思っていたけど、すでにあちこちで盛り上がっている会話にみんな夢中になっていた。 

 私は何事もなかったかのように人の群れをよけて自分の席へと向かい、荷物を降ろす。完全にへし折られた私のなけなしの頑張りを思い返し、やるせない気分になってしまう。

「おはよう、どうかしたの」

 あくび交じりの声が聞こえ、項垂れていた私は後ろを振り返る。口元に手を当てながら眠たそうな目つきをしたまま、彼女は私を見ていた。

「エリちゃん。おはよう」

 さきほど不発に終わったあいさつをもう一度試してみる。すると、彼女の眠た気だった目を開いて、驚いた表情を浮かべる。

「どうしたの、熱でもあるの」

 肩からカバンを降ろしながらエリちゃんが聞いてくる。私の思い浮かべていた反応と少し違う。

「なんだか変だよ、ハナちゃん」

 心配してくれる優しさは染みるが、本当に欲しい言葉はそうではない。私の一番の親友である彼女に変化を気づいてもらいたくて、必死で顔の表情を変える。

「なんか大変な病気にでも罹ったのかな」

 残念、私の思いは伝わらなかったようだ。それでもあきらめずエアーで眼鏡を上げる仕草をして見せる。すると彼女は大したリアクションもせずに「あぁ」と口にしただけで、頬杖をついてあくびをした。

「うぅ、私の変化ってその程度なのね」

 あまりの反応の薄さにショックを受け、彼女の机に勢いよく顔を伏せる。顔を少しだけ上げて答えを待つが、頬杖をついて私のことを見下ろしたまま何も言わない。

「ひどい、エリちゃんにとって私って何よ」

「いや、どうもなにも、友達でしょ」

 素早い返しに「もっと悩んでよ」と文句を言うと彼女は微かに息を漏らした。

「だいたい変化ってハナちゃんは言うけど、大して変わってないし」

 今日一番の衝撃だったかもしれない。それは、私の身構えていない心に突き刺さった。思わぬ攻撃に私が立ち直るまでの間、窓の外から蝉の声が聞こえてきた。

「じゃあ、あいさつはどうだった」

 顔を伏せたままで私は彼女に問いかける。爽やかで弾む声のあいさつを聞いて何も思わなかったのか、気になってしまった。

「あぁ、あいさつが変だと思ったらわざとだったのね」

 どうやらあいさつに関しては何かしらの違和感を抱いていたようだ。この流れならいい答えが聞けそうな気がする。胸の高鳴りを抑えて、彼女が口にするのを待つ。

 しばらく黙った後で、彼女は感情を表すように生々しく答えた。

「あれはすごく気持ち悪かった」

 ストレートすぎる。私に今後一生『期待』を抱かせないと誓わせるほどの衝撃を与えていた。

「私なりに頑張ったのに」

 唇を尖らせながら彼女を見上げると、口元をゆるめて穏やかな表情を見せる。普段はあまり笑ったりしないから珍しい。

「ハナちゃんは今のままで十分だよ」

 それだけ言って窓の外に視線をそらした彼女を見つめたまま、一人で次の手立てを考えることにしたのだった。

 

 彼女は私のあいさつに否定的だったけど、それはハナという人物に慣れすぎているからだ。ほかのクラスメイトからすれば普通に思えるはず、だと考えて私は翌朝いつもより早い時間に教室の前にいた。室内はまだ人が集まっておらず、まばらに散っていてあいさつを試すには絶好のタイミングだと思い一歩を踏み出す。

「みんな、おはよう」

 さりげなく声をかけて自分の席に向かう中、私に答えるように彼女たちはあいさつを返してきてくれた。人が少ないとはいえ反応してくれたことが嬉しくて、やはり効果があるのだと実感してしまう。

 席に座りカバンから荷物を取り出し、今日の用意をしている間も教室にいる人たちのひそひそとした話し声は止まらない。きっと今頃、私の変化について話しているに違いない。

 高揚した気分を抑え、有り余った時間をどう過ごそうかを考えながら携帯電話を触っていると

「ハナちゃん、今日は早いね」

 後ろからいつもと変わらない眠たそうな声が話しかけてきた。振り返り、私は平然を装うようにあいさつする。彼女は、少しばかり不思議そうな顔をしながら椅子に腰かけ、じっと私の顔を覗き込んできた。

「なんだか嬉しそうだね」

「えっ、そうかな」

 あまりにも急に言われて、私はとっさに顔を触ってしまう。少しだけ口元が上がっていることに気が付いて、顔を引き締めてみる。けど、すでに意味がないと思い「よくわかったね」と笑う。

「何かいいことでもあったのかな」

 頬杖をつきながら彼女は問いかけてくるが、私は「べつに」と少し間延びしたリズムで答える。今は教えずに、私のあいさつが浸透したら伝えるのだ。そのときになって驚く姿を想像してさらに楽しくなる。

「まぁ、ハナちゃんが楽しいならいいけどさ」

 それだけを言い残して彼女は机に伏せて眠る体制に入る。まだ話し足りない気持ちが、寂しさを感じさせた。

 

 あいさつが着々とクラス内に定着し始め、今までは話したことがなかったクラスメイトとの会話が自然と増えていた。そのことに私は以前とは比べ物にならない充実感を覚えていた。

「ミタさん、アサクラさん、おはよう」

 朝の教室に入って、二人組に声をかける。彼女たちはここのところ仲の良くなった友達だ。向こうも私の顔を見ると話しかけてきてくれる。

「ハナちゃん、昨日のドラマ観てくれた」

 ミタさんは食い気味で話しかけてくるのが少しだけ苦手だが、今まで知らなかったことを教えてもらっているのだ。最近は、話題になっているドラマがあることを紹介されていた。

「観たよ、あの展開は面白かったね」

 と簡単な感想を口にするとミタさんは次々にドラマの感想を語ってくる。あまりにも怒涛の勢いで流れ込んでくる説明に、私の頭はついていけず途中から完全な聞き役に回る。一度熱が入ると、ミタさんは止まらない。唯一止められるのは彼女の隣にいるアサクラさんだけしかいないのだ。

「カズサ、その辺にしておいたほうがいいよ。彼女が困ってる」

 ミタさんの肩に手を置いたアサクラさんがそう言うだけで、ミタさんは止まる。まるで魔法みたいなだけど、付き合いが長い二人だからできるのだと思う。なんとなく、私とエリちゃんと似ているような気がする。

「それじゃあ、またね」

 ミタさんは明るい笑顔で小さく手を振ってくれる。私も手を振り返して自分の席に着くと、すでに後ろの席のエリちゃんは顔を伏せて寝ていた。それを起こさないように私は椅子を引いて携帯電話を触る。

 ふと、彼女と話す機会が少なくなっているような気がした。


 放課後の教室に残り、私はエリちゃんに最近の出来事や面白かったことを話していた。

「それでね、ミタさんがね」

 いつもと変わらない彼女との会話なのに、返ってくる相槌はどこか煮え切らなくて聞いているのか聞いていないのか分からない。

「でね、アサクラさんが」

 一方的な会話が続く中でエリちゃんは窓の外を見たままで、こちらに顔を向けてはくれない。その態度がいやに目について、どんどんと腹が立ってくる。

 以前まではどんな話でも私の顔を見て聞いてくれていたのに、今はこちらを向いてさえくれない。そもそも彼女は私が変わろうとすることに否定的だった。

 わかった、彼女はわたしに新しい友達ができたことに嫉妬しているのだ。

「エリちゃんもさ、ほかの人と仲良くしてみればいいのに」

 つい漏れ出てしまったことに気が付いて、私は思わず口をふさぐ。苛立ちが嫌味に変わって勝手に口から出てしまっていた。本気で言うつもりのなく焦る。

 でも、心のどこかでエリちゃんなら「ハナちゃんがいるから」と笑っていってくれる気がしていた。そんな都合のいい期待をしてしまった。

「余計なお世話だよ」

 だから、彼女から出た言葉にショックを受けたのだ。

 しっかりとした相槌とは違って力がこもっていて胸を締め付けられるような気がする。何より彼女の目が私をしっかりと見据えていて、怒らせてしまったのだと理解したときには体が凍りついた感覚に襲われた。

 すぐに謝ろうとしたけど、私の口から彼女を呼び止める声は出てこなくて教室を後にする背中を見送ることしかできなかった。


 気まずさだけを残した教室は朝になると、昨日の出来事など嘘だったかのように普段通りの騒がしさに包まれていた。ただ、私の中では確かにエリちゃんを怒らせてしまった記憶があり、夢や嘘ではないことを実感させられる。

「おはよう」

 それでも私は爽やかに弾む声と笑顔を作り、教室内にいる人たちに向けてあいさつをする。自分の席に着いて、後ろの席を確認するがまだ彼女は来ていない。

 背後の様子を気にかけながら、昨日の出来事を思い返す。そもそも、エリちゃんにも悪いところがあったと思うのだ。あんなにあからさまに興味のないそぶりをされれば腹が立つのは当然で、つい言いたくないことだって口に出してしまう。だから、あれは仕方がないことだと思う。

 けれど、私の心の中がチクリと刺すように痛むのはなぜだろう。


 あれからエリちゃんと話をすることはなかった。週明けになって学校へ来た彼女は私と目を合わせることもなく、授業が終われば荷物を片付けて帰ってしまう。

 私もそんな態度を取られれば、謝る気にもなれない。少しは彼女も反省していれば仲直りを考えなくもなかったけれど。

「どうしたのハナちゃん。元気なさそうだけど」

 ミタさんが私の顔を覗き込むようにして話しかけてきたことで、余計なことを考えていた頭から切り替えて笑顔を作る。

「そんなことないよぉ」

 胸元で小さく手を振って、心配させないようにと振舞って見せる。ミタさんは心配そうにこちらを見ながら眉を寄せたあと、何かを思い出したかのように手を合わせて口を開いた。

「一緒に話をしない?」

 笑顔を向けられた私は断り切れず、ミタさんの提案に乗ることにした。


 放課後の教室に残っている人はほとんどおらず、私とミタさんアサクラさんの三人は机を寄せ合って談笑会をしていた。基本的にはミタさんの話を聞くだけで、あとは適当に相槌を返すだけ。それ以外はアサクラさんの役割になっている。

「1組のカガさんっているでしょ。彼女、ちょっと前にね」

 あまり興味の沸かない話ばかりが次々に続くため、話半分で聞きながら暗くなりつつある窓の外を眺めていた。

 なぜミタさんは私をわざわざ誘ったのか、私はその理由ばかりが気になってしまう。まだ仲良くなったばかりで掴みきれていない曖昧な距離感があるようにも思える。エリちゃんとはもっと違う付き合い方をしていた、そんな思いが私の中に残る。

「でね、アサクラがカガさんとぶつかったことがあってね」

 適当な相槌を打ちながら会話の流れが途切れないようにする。そんな私の顔をミタさんは覗き込んできて、頬を少し膨らませた。

「ちゃんと話聞いててよ」

 少し拗ねたような口ぶりと、自分に注目していてほしいというやり取りに鬱陶しさを感じてしまう。

 私に関わりもなく興味もない話を聞かされる上に人の気持ちを汲み取らなければいけないし、配慮や遠慮もしなければいけない。

 欲しかったはずのものなのに、私の手には余る。そんな気がしてやまなかった。

「もうすぐ暗くなるし、そろそろ帰らない」

 文句を言いたげなミタさんをなだめるように、アサクラさんがそう口にした。あまり納得できないようだったけど、彼女は小さく頷いた。

 荷物をまとめたカバンを持つと、彼女たちの気持ちが重たく肩にのしかかってくるようだった。


 あの日から毎晩私は連絡も来ない携帯電話の画面を眺めている。

『やっぱりハナちゃんがいいよ』

 というエリちゃんの声を私は待ち続けて、片手で握りしめる。暗いままの画面に通知が届き、慌てて相手を確認するがミタさんからの連絡だった。

 どこか残念な気持ちが浮かんだけれど、すぐに返信をする。その後は何の音沙汰もなく、私は静かに眠りに就いていた。


「最近なんだか変だよ」

 ミタさんが私の顔を見ながら眉を寄せ、自分の話をちゃんと聞いてくれていないことに腹を立てているのだとわかる。

それを隠すために心配しているふりをしていることに気が滅入ってしまう。

「そんなことないよ、いつもと変わらないよ」

 余計なことは口にせず私は彼女に微笑みを浮かべて返す。どこか納得のいかないミタさんは首を軽く傾げながら素っ気なく返事をしてくる。

 三つ並んだ席の一つに座り、私は聞き役に徹して与えられた役割を最低限こなす。まるで空気にその場に溶け込んでいくような気がしていた。

「アサクラはどう思う、意見聞きたい」

 二人の会話を邪魔しないように頷き、相槌を返す。ときおり反応することで聞いている感じを装っている。

「カズサの言いたいことはわかるけど」

 興味のない会話が始まると私は決まって廊下側の窓を眺める。放課後で人の行き来は少ないけれど、たまに通り過ぎる生徒の影を目で追うのだ。

 ふと、通りかかった影を私は見逃さなかった。椅子から立ち上がっていたのは無意識だったし、ミタさんとアサクラさんがこちらを見上げていることに気付いたのも、それあとだった。

「急用があったの思い出したから、私先に帰るね」

 口早にそう告げ、カバンを肩にかけて教室を出ていく。彼女がどこに向かったか当てがあったわけではないけど、その影に私は恋しいものがある気がしてやまなかった。

 長い廊下を走ってようやく彼女の背中に追いついたとき、心の底から名前を叫びたかった。謝りたいと思う気持ちが強くこみあげてくるのを感じる。

「エリちゃん」

 名前を口にするだけで私がどれだけ彼女に頼っていたのか思い知る。以前のように何でもない話をして笑い合いたい、もうエリちゃんだけが居てくれればいいとさえ思えた。

 そのために私は彼女に謝りたかった。大きな声で伝えたかったのに、エリちゃんを呼び止めることはできなかった。

「エリ、早く行こうよ」

 だって、彼女の周りはすでに私以外の人で埋まってしまっていたから。


ベッドの上で布団にくるまり、私はまぶしい光を放つ携帯電話の画面を眺めていた。映し出されたままで何も打ち込まれていないメールは、私の言葉を待っている。

きっとどこかでエリちゃんには私しかいないと信じていた。だから多少突き放しても最後には戻ってきてくれると思い上がっていた。

でも、それは間違っていた。彼女には私ししかいなかったのではなく、ただ作らなかっただけで本当に必要としていたのは私のほうだったのだ。

「無理してあたしたちに合わせなくていいよ」

 追い打ちをかけるようにミタさんからも私が見捨てられたのは同じ日だった。

 

最初から欲しかったものは近くにあって、私はそのことに気が付けないままで手放してしまった。

「私にはエリちゃんしかいないよ」

 くるまったままの布団の中で、私は祈るように目を閉じる。だんだんと意識が薄れていくのを感じながら眠りに就いた。


 目が覚めて最初に確認したのは握りしめたままの携帯電話の通知だった。案の定、エリちゃんからはなんの連絡もなくメッセージを見ている様子もない。

 予想していた通りとはいえ、少しばかり凹んでしまう。ベッドの上で体を起こして、部屋の隅に立てかけてある姿見で自分を眺めてみる。

「変わるんだ」

 寝間着から制服に着替えて、学校へ向かう。

 教室は昨日までとは違い冷たい空気が広がっているような気がした。ミタさんの影響だろうか、悪い噂はすぐに伝播する。

「おはよう」

 ミタさんとアサクラさんにさりげなくあいさつをしてみるが、素っ気ない態度が返ってくるだけだった。

 彼女たちの態度を見てもそうだけど、一度失ったものは簡単には元には戻らないだろう。それでも私にはエリちゃんが必要なのだ。

 自分の席に座り、やがてくる背後への気配に集中するため強く目を閉じて、静かに待ち続けた。

 ただ彼女はこの日、学校には来ずそれから週末まで一度も姿を見せなかった。

 

 結局週末になっても何もできず、私は自分の席でやることもなく座っていた。

 日が暮れていく窓の外を眺めていると、反射したガラスにミタさんとアサクラさんが映り込む。

「ねぇ、ハナちゃん」

 私は少しだけ驚いた、声をかけてきたのがあちらからだったからだ。隣に立ったままのアサクラさんは黙ったままで、私の顔を見ている。

「この間はごめんなさい」

 思わず声が漏れ出てしまった。ミタさんとの件はどう考えても私に非があるものだと思っていたからだ。

「少し言い過ぎたと思って、謝りたくて」

 話をするミタさんはいつもよりも落ち着いてしゃべっている。

「でも、本当に無理して私たちに合わせなくていいと思うの」

 なぜか同じ言葉なのに前と違って心を締め付けるものはなかった。むしろ軽くなった気がした。

「私もごめんなさい」

 するりと言葉が流れ出た。

 ミタさんとアサクラさんと別れてから、一人で帰る道で私は意を決して自宅とは違う方向に足を向けた。

 

「あら、ハナちゃんじゃない。なにお見舞いに来てくれたの、そんなのいいのに」

 家の前でインターフォンを押すとエリちゃんのお母さんが出てくれた。

「いま開けるから、待っててね」

 一分もしないうちに玄関のカギは開いて、私は家の中に招かれた。お母さんの話ではエリちゃんは風邪も治って今は、自分の部屋で暇にしているわよ、と教えてもらった。

 二階へ続く階段を登り、彼女の部屋の前に立つ。軽くドアをノックして私は名前を告げた。

 すると驚いたのか中で物音がして、数分経ってから「中に入れば」とそっけない返事をもらった。

 ドアノブを回して中に入ると、寝間着姿で絨毯の上に彼女は座っていた。風邪が治ったばかりなのに無理をして体を起こしているような気がした。

「なにか用」

 以前とは違う少し冷たい声に私は歩み止めてしまう。それでも手に持ったお菓子の袋を前に出して

「お見舞いに来たの」

 私はできるだけいつものように彼女と話す。しかしエリちゃんの態度はやはり冷たく「あっ、そう」と言うだけ。

 ずっと立ったままだった私を見て彼女は

「座ったらいいんじゃない」

 これもまた投げやりに、口早に言われる。彼女の指示に従い、彼女の前に座る。彼女は顔をそむけ、私の顔を見ようとしない。

「ハナちゃんがお見舞いに来たことなんて、今までほとんどないのにね」

 彼女の指摘に確かにそうだと思う。普段だったらメールでのやり取りで済ませてしまう。多分、お見舞いで訪れたのは、中学生のころだ。

「どうしたの、急に。新しい友達と遊んでるのが楽しいんじゃなかったの」

 普段より早い口調で彼女は投げかけてくる。

 私は黙って話を聞いて、相槌を打ち、彼女の横顔を眺める。いつも彼女はこうしていたのだと感じることで、私の中から言わなければいけない言葉が出てくる。

「ありがとう」

 それと同時に彼女の止まらない口がピタリと止んだのだった。


 週が明けてエリちゃんは眠たそうな顔をして学校に来た。目をこすりながら「おはよう」と声をかけてくれるので、私も返す。

「昨日は夜更かしでもしたの」

 小さくあくびをしながら、頬杖をついた彼女は小さく首を振る。

「風邪のときに寝すぎて、眠れなかった」

 無駄なところで寝だめした、という彼女の口調はいつも通り穏やかでゆっくりとしている。

 私は週末のことを思い出しながら、こっそりと笑う。

「なんだか嬉しそうだね」

「よくわかったね」

 私は緩んだ顔を引き締めながら彼女に返す。やはりエリちゃんの鋭さに感心してしまう。

「なにか良いことでもあったのかな」

 頬杖をついたまま問いかけてくるが、私は「とくに」と少しだけはにかんで答える。エリちゃんの顔を見て、彼女も同じことを思っているのではないかと想像して眼鏡を持ち上げながら笑みがこぼす。

「やっぱりハナちゃんは、ハナちゃんだよ」

 口元を緩めてそう言った彼女の顔はとても穏やかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無色の花が染まるとき 志央生 @n-shion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る