第14話 生きるは聖戦、死は救済(前)
◆ランダム◆
街中で二十数人がたった一人を取り囲めば否が応でも目立つと言うもの。それが他人なら野次馬気分で見てられるのだが、残念ながら取り囲まれてるのは俺なのだ。
さながらリンチでも始まりそうな剣呑な雰囲気が場を満たしているが、野次馬根性丸出しのプレイヤーたちが俺を助ける気配はない。なんなら俺の袋叩きを肴に酒盛りしようとしてる連中までいた。よよよ、こんな善良なプレイヤーになんて仕打ちだ……連中の顔は覚えたので次会ったらその面蹴り飛ばしてやるから覚悟しとけよ……。
俺が個人的な復讐を誓っていると、人垣から一人のプレイヤーが前に出た。兜に鎧を纏ったプレイヤーと言うと西洋鎧に身を包んだガチガチの騎士のように思えるが、その真実は和の装いでガチガチに固めた鎧武者だ。いや浮くな……仮にもファンタジーのこの世界でフル装備の鎧武者は浮くな……。
そしてこんな目立つプレイヤーはアポカリプス・オンラインにそう何人もいない。どこの手のプレイヤーかは大体わかる。
「拙者、今生丸と申すもの。ランダム殿とお見受けするが」
鎧武者――今生丸が、外見通りの厳めしい口調でのたまった。
「あんたのことは知ってるよ、全身鎧は目立つからな」
「お主に言われるのも心外だが――まあよい。我らに同行願おうか」
「ハハハ、同行と来たか? 同行願うって雰囲気じゃねーな。どっちかって言うと連行じゃね?」
「同意を得れば同行になるのだよ」
「俺が同意しなかったら?」
「滅亡特典十連結で強制的に同行してもらう」
「それは連行を通り越して拉致なんだよなぁ……まぁいいけど」
言い出す理由も概ね察しが付く。俺はアルコに状況をメールしながら、大人しく同行した。
◆◆◆
「で――救済聖戦のナンバー2が俺なんぞに何の御用で?」
みなさんご存じ〈救済聖戦〉。世界を滅ぼすためにあるこのゲームにおいて、唯一「世界救済」を目的に掲げるトップクラスのクランだが――俺にとっては二番弟子のペリドット率いるクランであるという印象の方が強い。
なおそのトップクラスのクランが総出で手を尽くしても今まで一度と成功していない世界救済をほぼ単独で成し遂げてしまったのが俺である。
ペリドットがああなので勘違いしそうだが、どちらかと言えば俺は救済聖戦には嫌われてるもんだと思ってた。なのでわざわざ俺を呼びつける理由が分からないというのが正直なところである。
「世界救済を再現してくれとか言うならまず無理だぞ。ありゃ結構な偶然が重なった結果に過ぎないしな」
「心配召されるな。どちらかと言えば頼みたいのは後始末の方だ」
「…………うへぇ」
「心当たりがあるなら結構。お主がまいた種、あるいは身から出た錆というやつだ」
カカカと笑う鎧武者。
呼ばれる理由に概ね察しがついた俺は急激に逃げ出したくなったが、一定の距離で俺を囲む〈救済聖戦〉の構成員からは流石に逃げられる気がしねぇ。さっき言ってた滅亡特典十連結ってのもあながちウソじゃないだろうしな。囲んでる全員が滅亡特典を有してるのは間違いないだろう。
〈救済聖戦〉は世界を救うために、世界滅亡に繋がるロードマップを山ほど確保しているし、それを片っ端から引き起こしては挑んで失敗している。
世界救済を目論む一団が自ら滅亡を引き起こしているのだから本末転倒とも言えるが、自分たちで滅亡を起こしているということは、すなわちそれだけ経験値を自分たちで確保しているということだ。
「仕方ねーなー……で? 今はペリドットがやっこさんを引きつけてるのか?」
「そうなるな。団員もそれなりの数を残してきたが、奴の前では大した障害にはなるまい……」
「滅亡特典持ちのプレイヤーが大量にいるのに? 〈救済聖戦〉の名が泣くぞ?」
「お主は比較的軽くあしらっているから誤解しているようだが、あやつは相当の使い手だぞ。個人戦闘力ならこのゲームで十本の指に入るほどのな」
「よせやい、照れるだろこの褒め上手め」
「褒めたつもりはないのだがな――おっと、噂をすれば」
向かう先の建物、その一部が斬りおとされたのが見えた。明らかに街中で鳴り響いちゃいけない轟音。逃げ惑うNPCとは反対方向に俺たちは進んでいき、やがて騒ぎの中心へとたどり着いた。
「あははははははは! 惨めなモノですねぇぇぇペリドットさぁん!? 師匠に見捨てられた気分はいかがですかぁぁぁ!?」
「くぬっ……ランダム様を侮辱することは許しませんよ! 世界が滅亡する前に返り討ちにしてあげます!」
視線の先では救済聖戦のトップであるペリドットと、大鎌振り回す銀髪女――俺とも因縁深いカンナ・デ・エスパーニャがバチバチに争っていた。
以前カンナに「弟子をリスキルされたくなければ大人しく殺されてください」などと言われた俺だが、奴が認識している弟子がペリドットであったため従ったフリをしてカウンターで蹴り殺したのが事の発端。どうやら鎌女は律儀にペリドットを襲いに来たようだ。
ペリドットの手斧、カンナの大鎌。振り被ったそれぞれの獲物が淡い光を纏う。
「「滅亡特典――」」
「【スパークリング】!」
「【グリーンブレード】!」
カンナの大鎌から風の刃が――そしてペリドットの手斧から雷のリングが放たれ、空中で激突して相殺した。物騒な花火だぜ。
「これ俺いるか? アイツだけで何とかなるだろ」
「ペリドット殿はカンナと渡り合える実力があるし、我らの物量戦を持ってすれば、カンナとて抑え込むことは出来よう。問題はあやつがログイン中はひっきりなしに襲ってくることでな。粘着され続けたのではクラン活動もままならん」
「はぁ、面倒くさいのに絡まれたなぁ」
「絡めてきたのはお主だが???」
「で、一体俺にどうしろと?」
「けしかけた張本人としての責任を取って、カンナのヘイトを受け持ってもらおうか」
「これ対プレイヤーの話だよな? ……ちなみに断った場合は?」
「お主を縛り上げて生贄として捧げるより他あるまい」
「お? いいのか? ペリドットが慕うお師匠様にそんな真似してあいつが黙ってると思うのか?」
「黙ってはおらんだろうが、その時は責任を取って我が首を差し出す所存。あの方はいずれ、この世界に救済をもたらす存在――こんな場所で足止めを喰らっていい方ではないのだ」
首でも腹でも切ってやるさと言わんばかりのその瞳、兜で翳ってるわりにずいぶんと燃えている。やれやれ、ここまで言われたんじゃ仕方ない。
「まぁ俺の方が先に救っちゃってるけどな、この世界」
「縛り上げられたくなければさっさと行くがよい、拙者別にお主のこと嫌ってないとは言っておらんのだが?」
「えー、あんたに嫌われるようなことした覚えねえんだが。やっぱり先に世界救っちゃったこと根に持ってる?」
「いや、どちらかと言えばペリドット殿に懐かれている方が腹立たしい」
「一発で懐かれる方法を教えてやろうか? 世界を救えばいいんだぜ」
「それができれば苦労はせんのだ、さっさと行かんと縊り殺すぞ野良英雄!」
「うひょー怖ーい」
うひょひょひょ、と笑いながら包囲の輪を抜け出し――脚力にモノを言わせて大跳躍。ペリドットに振るわれた大鎌を上から踏みつけることで強制的に攻撃をキャンセルさせる。
「ヘイヘイずいぶん楽しそうじゃんご両人、景気よく街を破壊しちゃってさ」
「ランダム様!?」
「あーら誰かと思えば弟子を見捨てたランダムさんじゃないですかぁぁ? 自分で見捨てた癖に今さら助けに来たんですかぁぁ?」
「別に見捨てた覚えはなかったんだがな…ペリドットならどうにでもできると思ったからなすりつけたんだよ。だがまぁ弟子の身内に泣きつかれちゃ仕方ねぇ」
誰が泣きついたというヤジは無視して、馬鹿力で跳ね上げられた大鎌から脚を離してバックステップ。
「まさかショタでもないペリドットに粘着するとはな。ショタコンからロリコンに改宗したのか?」
「ぶち殺しますよ、ショタ以上に神々しいものがあるはずないでしょう」
「宗教色があるのは否定しないんだな…さてさて、どうやって料理してやろうか」
「待ってください、ランダム様」
ずい、と前に出たのはペリドット。その背からは何故か闘志がみなぎっているように見え……いや違うな、なんかマジでオーラみたいなもんが立ち上ってない?
「時に、今生丸さん。こんなことでランダム様の手を煩わせてしまった件について、あとでお話があります」
「……御意」
気持ち低い声での宣告に、今生丸が一瞬震えたのは見なかったことにしたほうがいいのだろうか。
「ランダム様にそんな期待をされていたとはつゆ知らず、醜態を晒してしまって弟子として不甲斐ないばかりです」
「そこまでは言ってないが」
「つまりカンナさんは! 私の成長のためにあてがわれた噛ませ犬ってことですね!?」
「お前時々とんでもなく失礼なこと言うな」
「誰が誰の噛ませ犬ですってぇぇぇ???」
「なんのための戦いか分かんなかったので力が入りませんでしたが、試練と分かれば全力です! 粘着しようって気もなくなるぐらいぼっこぼこのボコにしてあげますよ!」
「担ぎ上げられたお神輿ごときが! よくもほざいたものですねぇぇぇ!!」
踏み込みは同時。振り下ろされる大鎌、振り上げられる手斧。二人の武器が交錯し、体ごと大きく弾かれたのはペリドットの方だった。
「気合いじゃ何も解決しませんが???」
「残念ながらそうみたいですね……!」
つぶやくや否や、ペリドットはカンナに背を向け走り出した。
「あらあら今更逃げるんですかぁぁぁぁ!? その滅亡特典らしきオーラも見掛け倒しのようですねぇぇぇ!」
「--今生丸さん!」
「御意!」
ん? おいおい今生丸さん、兜脱ぎ捨ててどうしたの?
俺がその疑問を口にする前に、ペリドットが振り下ろした手斧が今生丸の首を叩き落とした。
…………は?
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