第13話 天使の輪、悪魔のおやつ
◆ランダム◆
『時が来』
「【ウォールレイド】!!」
「「「はぁぁ!?」」」
目をビッカビカに光らせてた石像が何かを喋ろうとしたその瞬間、教会を強烈な衝撃が襲う。間違いなく倒壊待ったなしの一撃に、教会の天井付近の俺も、眼下で成り行きを見守っていた二人も思わず絶叫。巻き込まれればHP全損は免れない、崩れかけた足場を蹴って即座に脱出を試みた。
壁を蹴破り地面に着地。
「っぶなぁ……! 一体どこのどいつだこんなイカレた真似しやがるのは……!」
「あら? ランダムじゃない、あんたもここに来てたの? もしかして先越されちゃったかしら」
「テメェの仕業か似非魔女ァ!!」
魔女の帽子に騎士の鎧、何でもないかのように手を振るその女は、共にダンジョンを攻略したプレイヤーである似非魔女ことキャノンだった。
「そんなに怒ることないじゃない、よく分からない教会があったら吹き飛ばしたくなるのは仕方のないことでしょ?」
「お前は破壊衝動が生理的欲求に含まれてんのか?」
「い、いきなり何が……あれ? ランダムさん! こっちに来れないんじゃなかったんですか!?」
「ああ、たまたま追手を撒けたんでな。様子見に来たんだ」
【ボディウィップ】で瓦礫を防いだらしいアルコが、俺とキャノンの姿を見て駆け寄ってくる。
「それにキャノンさんまで!」
「ちょっとランダム、あんたアルコちゃんがいるのに教会ぶっ壊しちゃだめじゃない」
はははいけしゃあしゃあとよくも言いやがる。
「アルコ、今の倒壊はこいつの仕業だからな」
「ランダム! まさかあたしを売る気!?」
「おうおう俺を売ろうとした女が言うセリフとはとても思えねえじゃねえか、ああん?」
「あはは……まあ、二人とも無事だったので大丈夫です! あ、ホリデイくん! この二人はわたしのフレンドだよ! 師匠のランダムさんと、ダンジョンで一緒だったキャノンさん!」
「…………」
「ホリデイくん?」
アルコに助けられたホリデイは、引き攣った顔で俺を睨みつけている。なんだなんだ。
「あー……教会ぶっ壊したイカレ野郎ならこの女だが」
「……へぇ、覚えてないのか」
「?」
俺が首を傾げたその瞬間、ホリデイが眼前に迫っていた。
「積年の恨みだ! ぶっ殺してやるこの野郎!」
「どぐぁ!?」
強烈なボディブローを喰らって俺の体が吹っ飛んだ。空中で体勢を立て直して木の幹に着地、跳躍してホリデイの頭上へ。
「――積年の恨みィ!? 身に覚えがない……が!」
空中で体をぐるぐると回転させ、ピンと伸ばした脚がヒットする瞬間に【セカンドムーブ】を起動。爆発的なエネルギーを内包したこの脚は、さしずめギロチンといったところか!
「弟子のフレンドだろうが関係ねえ! やられた分は耳揃えて返すぞオラァ!」
俺の超踵落としを受け、ホリデイが踏ん張る地面がベコン! と凹んだ。
凹んだが……おいおいマジか? 流石の俺も瞠目した、なぜなら――
「やられた分は耳揃えて返すって……? それはこっちのセリフなんだよ!!」
睨み返してくるホリデイは、振り下ろされた俺の脚を掴んで真正面から受けきった。いや……マジか? なんだこいつ、ステータスがどう考えても俺以上……いや、腕も脚も胴体も、全てが極限に近い。いかにフィジカル極振りでもこんなことになるか?
考えられるのはステータス増強の滅亡特典か、あるいは……それ以外の要因?
「……称号、かっ!」
「!」
掴まれてない方の脚でホリデイを蹴って離脱。互いに一度距離を置いて、構えたまま動きを止める。
「反応したってことは称号の方で当たりらしいな。聞いたら教えてくれんのか?」
「断る」
「だろうな――まぁ別に構いやしない、ぶちのめしてやる!」
「こっちのセリフだクソ野郎!」
俺の蹴りとホリデイの拳が激突した。
◆キャノン◆
突如始まった目の前の戦闘を、お菓子片手に観戦する。
「へぇ、ランダムの蹴りと張り合うなんてすごいわね」
しかも今の蹴り、【セカンドムーブ】で強化されてたはず。大してホリデイくんのパンチは、特に滅亡特典を使った様子も見られなかった。一体どういうカラクリかしら。
「それにしても、ホリデイか……聞いたことない名前だけど、あれだけ強いならもっと知られててもいいはずなのに。アルコちゃん、彼はどういう人物なの? ……アルコちゃん?」
返事がないので振り向いてみれば、そこにいたはずのアルコちゃんがいない。
まさかと上へ目を向ければ、「あ~れ~」なんてのんきな声を上げながら上へと飛んでいくアルコちゃんの姿が。自分の意思で飛んでるんじゃなければ、上空への飛行は戦犯の晒し上げ以外にない。もう滅亡のスイッチ踏んでたのね……!
「ちょっと男子~。あの子が飛んでくけどほっといていいの?」
「ほっといていいのもクソも、滅亡が始まるってことだろ!? 俺らにゃどうしようもできねえな!」
「世界を救った男の発言とは思えないわね」
「……彼女には悪いが、こればかりはクソ野郎と同感だ。滅亡する前にケリをつける……!」
「多分無理だと思うけどね」
あっ、ほら始まった。崩れた教会の残骸を跳ね除けて現れたそれは――ん? なにこれ?
「ど、ドーナツ? なんで?」
甘い香り、茶色の輪っか。それはどこからどう見てもドーナツだった――もっとも、トッピングはどうにもまとまりがないし、穴の直径が十メートルはあろうかという規格外の巨大ドーナツではあるんだけども。
状況が理解の遥か外側にいったせいか、流石の男子二人も動きを止めた。
「……女神像が何か言いかけてた気もするけど、どこぞの誰かが吹っ飛ばしたせいでセリフを聞きそびれたんだよなぁ」
「ちょっと、あたしのせいだって言いたいわけぇ?」
「お前以外に誰のせいだと思ってんだよ!」
『神も舌なめずりする天使の輪。聖人を堕落に導く悪魔のおやつ。その名はドーナツ』
瓦礫の下から現れた女神像の生首がなんか喋ってる。え、こわっ。
『神と悪魔の合作たるドーナツは、しかし強い意志を持ってしまった。食べられまいと抵抗し、足掻き、食されるだけの家畜だったはずのドーナツは力を得て、逆に捕食者へと成り上がった』
聞いてるだけで脳味噌どうにかなりそうなんだけどこれ呪詛か何か?
『ドーナツとドーナツの共食い、蠱毒の果てに生まれ、一つの輪となったのがかのドーナツ。力をつけすぎたドーナツの前には、神であっても封印するのが精いっぱいだった』
共食い……あっ、トッピングがまちまちなのはそういう……
『しかし、時は来た。汝たちならばかのドーナツを食すことが出来ると期待し――』
半分砕けた女神像の生首が飛んでって、その生地に吸い込まれた。……要するに、あれは巨大なモンスターか何かってわけね。生物型の滅亡でいいのかしら。
飛んで行ったアルコちゃんが穴の中心で静止、十字の姿勢になったかと思えば、ドーナツが行動を開始した。トッピングを振りまきかねない勢いで回転を始める。その場で超速回転するその様子は、引き絞られていく弓を見ているような気分だった。
「あれどうなると思う?」
「超巨大な丸ノコだろ? こっち突っ込んでくる以外にやることあるか?」
「抵抗は?」
「しねえ。弟子の経験値だしな……ホリデイ、話は世界が再生した後でいいか? 今何を語り合っても尻切れトンボだろ」
「……仕方ないな」
口をへの字に曲げてたけど、納得はしたらしいわね。さてどうやって世界を滅ぼすのかお手並み拝見とドーナツを見上げた次の瞬間、意外なことにドーナツがゆっくりと下降してきた。地面に平行に降りてきたそれが回転しながら地面に触れると、あら不思議。地面は削られて、逆にドーナツは膨れ上がっていくじゃありませんか。
「あれもしかしてドーナツに世界が食われてる感じ?」
「最強の捕食者的な……でも土でできたドーナツとか絶対不味いわよね」
「……ドーナツの穴にいれば助かったりしないかな」
「ふむ。試してみる?」
「え?」
「よし任せろ」
「えっ?」
言い出しっぺの法則と言うものをご存知? 作戦立案の功労者であるホリデイくんには一番槍の栄光をプレゼントよ。あたしがホリデイくんの足を払って体の踏ん張りを聞かなくして、その背中をランダムが蹴り飛ばせば人間投石器の出来上がり。
「――んなぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
飛んでったホリデイくんは巨大化しつつあるドーナツを越えて中心部へ飛んでいく。触れると間違いなく死ぬけど、内側までいったらあるいは……?
『へぎゅっ』
一瞬の悲鳴と血しぶきに似た真っ赤な何か。
「たーまやー」
「かーぎやー……うん、やっぱりだめらしいわね」
そんな簡単に助かるルートをここの運営が用意してるはずもなかった。何が原因で死んだのかは知らないけど、少なくとも滅亡からは逃れられないと言うのが分かったので、迫りくるドーナツの壁を前に、あたしとランダムは肩を竦めたのだった。
◆◆◆
【みんな仲良く一つの輪、ドーナツこそ平和の象徴】
【世界が滅亡しました】
【アルコさんのレベルが上がりました】
【アルコさんに滅亡特典を贈与します】
【世界を再生します】
◆ランダム◆
「おまっ、お前ぇぇ! ランダムぅぅ!」
世界再生後、早々に俺はホリデイに絡まれていた。何をそんなに怒ってるんだ?
「いきなり蹴り飛ばすとか何考えてんだ! っていうかあのキャノンとかいう女も! お前らなんで一言もなく連携してんだ! テレパシーでも使ってんのか!?」
「……? そんな滅亡特典持ってないけど」
「テレパシーもなしに以心伝心しましたってか! はーっ! これだから頭のおかしいやつらは!」
「おいおい俺とキャノンを同じ括りにしてくれんなよ、あいつの方がどうかしてるぞ」
「俺からすればどっちも変わらないんだよ……もういいや殺す! 積年の恨みをこの場で晴らしてやらぁ!」
「おっ、やるか? 受けて立ぁつ!」
ヘイヘイと手で煽ったが、しかし俺たちが激突することはなかった――なぜって? 触手が俺たちを縛り上げたからさ……
「そこまでです! 二人とも、少し話し合いましょう!」
再生直後で人の多い噴水広場をざわつかせたのは、一番弟子のアルコだった。【ボディウィップ】を使う奴は珍しいからな、ざわつくのも仕方ない……と思っていたが、よくよく見たらちょっとおかしい。主に触手の数が。
俺を縛る触手が三本、ホリデイを縛る触手が二本。【ボディウィップ】は人差し指と中指の二本だったはず……えっ、まさか。
「アルコ、お前……レベルアップで獲得したポイントを【ボディウィップ】に突っ込んだのか……?」
「はい! 第二段階に進化しました!」
見れば、右手の指全部が触手となって伸びている。……うちの弟子が順調に人外になりつつある。成長が喜ばしい反面、この子の精神は大丈夫だろうかと心配にもなる。
「新しい滅亡特典を取らなかったのか……」
「よりにもよって【ボディウィップ】を成長させるなんて……」
なお俺とホリデイ、後その場にいた野次馬たちを全員ドン引きさせた弟子はと言えば、可愛らしく首を傾げただけだった。
ちなみにアルコ立ち合いのもと話をした結果、どうもホリデイを最初に裏切ったプレイヤーが俺であったらしいことが判明した。
ははっ、全然覚えてねーや。いつの話だったかな?
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