第12話 捻くれ者は太陽に勝てない



◆ランダム◆


 山。像。祈る人。

 ダンジョンを攻略した際に見た黙示録から得た情報だ。ひどく雑なヒントだったものの、そのヒントに該当する場所を、俺はたまたま知っていた。プレイを初めて割とすぐ、なんとなく森を歩いていた時に発見したのだ。

 その風貌から明らかに何かありそうと思って隅から隅まで調べたものだが、滅亡につながるものは何もなかった。そんな徒労にぐったりして椅子に座り込む俺を、朽ちかけのくせして高いとこから見下ろす像が嗤っていた気がして蹴り飛ばしたのはよく覚えてる。

 もちろんカラットとキャノンの二人にここのことは教えていない。だが一番弟子なら話は別だ。


『厄介なのに捕まったから、今回俺は探さなくていい。それよりも、街の東の山林フィールドの中にボロっちい教会があるから、ちょっと調べてみ』


 以上、今回は多分死ぬと覚悟した俺がアルコに送ったメール内容である――想定外に生き残ることが出来たので、弟子の様子を陰から見守るべく俺は始まりの街の東へ向かう。鍛えた脚力があればあっという間だ。

 ということでやってきました山林フィールド。木から木へと飛び移りながら、目的の教会近くへ到着。

 そこに建つのは、見るからに朽ち果てたオンボロ教会。人の手が入らなくなって長いのだろう、窓は割れ、外壁には蔓がびっしり張り付いている。

 意外だったのは、見慣れた一番弟子が誰かと対峙しているという光景だった。


「ちっ、近づくな! それ以上こっちに来るなら死に戻ってもらう……!」

「ええっと、中を見させてもらいたいだけなんですけど……」


 尋常でなくぴりついた様子の少年に、アルコもちょっと困惑気味だ。


「し、知ってるんだ……! みんなそうやってだまし討ちを仕掛けてくるんだ……みんなそうだった! このゲームのプレイヤーはどいつもこいつも頭が腐ってる……!」

「えー……そんなことしませんよー」


 滅亡特典を得るため――すなわち世界を己が手で滅ぼすため、プレイヤーはしばしば殺し合う。「あいつを倒すために手を組もう」といった相手が三秒後に敵と結託して自分を殺しに来るなんてしょっちゅうだ。

 まぁ、全員が全員それに適応できるはずもなく。たまにああして、このゲームの狂気に呑まれて人間不信に陥るプレイヤーがいる。ホリデイと名前が表示されている彼もそのクチなのだろう。

 とはいえ、珍しい部類だ。大概ああなったプレイヤーは、早いうちに別のゲームに移るものだが……そう考えるとアルコはすごいのかもしれない。まぁ致命的にヤバい裏切りとかに遭ってないからかもしれないが。もしも俺が肝心な場面で裏切ったらあいつはどんな顔をするんだろうか。

 ともあれ、俺は状況を見守ることにした。


「うーん……じゃあ、教会の中だけ調べたいので、ホリデイさんは離れているというのはどうでしょう?」

「ふざけるな、ここは俺の住処みたいなもんだぞ。何か仕掛けられたらと思うと落ち着かないだろう」


 ゲームの中の建物なのに所有権とかあるわけないだろ……半ば呆れてそう思ったが、我が一番弟子は「そうですかー」と納得してしまった。


「あっ、じゃあこうしましょう! 中を調べさせてもらう間、常に私の後ろで見張ってればいいじゃないですか! 私が変な動きをしたら殺してくれて結構ですから!」

「殺して結構じゃないんだよ……! やっぱお前も大概頭おかしいな……!」


 うーん、やっぱりアルコは元々頭のネジが飛んでるのかもしれない。明るいサイコパスっていうか……。


「ええい、埒が明かない……! いいよ、だったらシンプルにしようか! ここを調べたかったら俺を倒してからにしろ!」

「……どうしても?」

「どうしてもだ!」

「じゃあ、分かりました! 勝負です!」


 瞬間、

 どこに行ったのかと思えば、ホリデイはアルコの眼の前にいた――拳を突き出した体勢で。瞬間移動の滅亡特典か? アルコはやられたかのかと思ったが、どうやら拳は顔面寸止めされているようだ。ちょっとほっとした。


「……これで諦めてくれるか? 今、俺はその気になればお前の頭を吹っ飛ばしてた。俺の勝ちだ」

「えーっ、わたしまだ負けてないですよぅ」

「おいおい実力差ぐらい分かるだろ。今のが目で追えたのか?」

「いいえ、全然。さっき攻撃されてたら負けてました」

「だったら――」


「だから、動かさなきゃいいんですよね?」


 にこっと笑顔を浮かべるアルコ。

 直後、死角を縫って伸びたアルコの【ボディウィップ】が、ホリデイの体を締め上げた。腕から脚まで見事に簀巻きにされた。


「【ボディウィップ】だって!? しまっ――」

「はい、これでわたしの勝ちですね?」


 ぴたり、とホリデイの鼻先に触手の先端が突きつけられた。勝負アリだ。

 どうにかして触手から抜け出そうともがいてるのを見るに、さっきのは瞬間移動の類じゃなさそうだ。【セカンドムーブ】……にしても、どこか違和感があったが……まぁいいか。


「女のくせに触手を使うのか……やっぱ頭おかしいぞお前……!」

「えーっ、意外と便利なんですよこれ」

「……くそっ、抜けられないか……分かった、俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「わぁっ、ありがとうございます! じゃあこのまま中を調べさせてもらいますね」

「……は? いや、この流れは俺を始末して中を調べるんじゃ――」

「負けを認めた人にそんなことしませんよぅ。じゃあ、お邪魔しまーす」

「…………」


 朽ち果てた教会の中に、触手で簀巻きにしたホリデイを引っ張りながら中へ入るアルコ。若い男女が二人きりだが、男の方が縛り上げられてる上に浮いてるんじゃナニかが起きるはずもなく。ひとまず俺は、入口の上部、おそらくステンドグラスでもハマっていたのだろう場所からこっそり侵入して眼下の様子をうかがう。

 教会らしく、正面の台座には女神をかたどったと思しき像。それに向かって並ぶ何本もの長椅子は、座ると穴が空きそうなほど老朽化している。


「うーん、ボロボロですね」

「外を見れば分かるだろ……」

「中がそうとは限りませんから。ところで、なんでここにお一人で?」


 ホリデイが、呻くように質問に答える。


「このゲームのプレイヤーと関わりたくないからだよ。滅亡するたびにこの教会まで戻ってきて不干渉を貫いてる。わざわざこんなところまで来るやつもあまりいないしな……お前みたいな珍しいのは、大体追い返すし」

「寂しくないんですか?」

「冗談じゃない、せいせいするよ――俺は普通にゲームをしたかったんだ、それをどいつもこいつも裏切りやがって……! 仲間ってのは裏切るためじゃなくて手を組むためにあるってのに……ため込んだ小遣いでこんなゲーム買うんじゃなかったよ!」


 なるほど、別のゲームに移ろうにも金がないのか。学生の世知辛いところだな……学生となると、バイトだってできる奴できない奴がいるしな。


「フレンドリストも全消去してやった、まっさらで気持ちいいもんだぜ」

「うーん……あ、そうだ! だったらわたしとフレンド登録しませんか?」

「は?」


 耳を疑ったかのように訊き返すホリデイ。一方アルコはそれで決まりだと言わんばかりにホリデイの拘束を解いた。


「えーっと確かフレンド申請は……」

「は? いや、ちょっと待て、今の話を聞いてお前、本気で言ってるのか? しかも拘束まで解いて……これで俺はいつでもお前を殺せるんだぞ!?」

「いやー、だってフレンド申請する人を縛りっぱなしというのもいかがなものかと思いまして。指も動かしづらいでしょうし」


 ホリデイは絶句していた。やがて、彼の前にフレンド申請のウィンドウが表示される。即刻その申請を拒否しようとして――


「それに、一人よりも二人、二人よりもたくさんの方が、きっと面白いですよ! わたしと一緒に遊びませんか?」


 どこまでものんきなアルコの言葉に、ホリデイの指が止まった。


「安心してください、わたしは絶対裏切りませんから!」

「……はっ、お前、このゲーム向いてないわ」


 呆れたように笑うホリデイが、指を動かした。その視線は、明後日の方向を向いている。


「そんな調子じゃ、いつ誰に騙し打ち受けるか分かったもんじゃないな。仕方ないから、目を光らせておいてやる」


 アルコのフレンド申請が受諾された。

 素直によろしくといえないあたり、ホリデイが相当な捻くれ者であることが窺える。

 ともあれ、これで晴れてアルコにフレンドが増えたわけだ。師匠としては喜ばしいねぇ。


「やったぁ、ありがとう!」

「跳ねてないで、要件を済ませろよ。何か調べたいことがあったんじゃないのか?」

「うん、それなんだけど……あの像」

「像? あれがどうかしたのか?」

「うん……ちょっと、黙示録で見たのに似てるなぁって」

「は!? 黙示録!?」


 ホリデイが驚く。流石に黙示録がどういうものかぐらいは知ってたか。


「お前……ダンジョン踏破してるのか」

「一緒に攻略した人たちのおかげです! わたしなんてまだまだだからな〜」

「……ダンジョン攻略したとか、あんまり言いふらすなよ。どんな立場であれ、ダンジョンを攻略したってことが知られたら面倒なことになるから」


 ほう、ぼっちのくせに分かってるじゃないか。的を射た忠告に、俺はホリデイの評価を上げる。

 ダンジョン攻略のパーティに加わっていたってことは、ボスがどんなギミックでどんな初見殺しを持っているか知っているということ。情報をしつこく訊ねられたり、最悪強制的に同行させられることもあるのだ。

 俺は全員を蹴り飛ばすが、アルコにはまだそういう荒っぽいのは向いてないから尚更だ。


「えっと、確か……お祈りしてたんだっけ。こんな風に……」


 アルコが像の前で跪き、指を組んで祈るポーズを取る。祈りを捧げること五秒ほど。


「……な」


 驚きの声をあげたのはホリデイ。俺ももうちょっとで声を出すとこだった。


 女神像ののだ。


 一体、何が起こるんだか……だが、少なくとも。

 今この瞬間、アルコによって滅亡のトリガーが引かれたことは、疑うべくもなかった。


 






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