第11話 弟子は守るものであり差し出すものである


「へぇ……これがそうか」


 俺たちは吹き飛んだダンジョンの中、唯一残った部屋……かまくらじみたドーム状のそれに足を踏み入れた。照明の類がなく真っ暗だったが、俺たちが侵入して少ししたら突然松明が順番に灯り出した。


「ボス戦みてぇな演出してやがる」

「もう一戦は流石に勘弁してほしいですね……」

「お目当ての黙示録ちゃんはどこかしら」

「……どうやら、上にあるみたいだよ」


 カラットの言葉に、全員が天井を見上げた。材質もよく分からないドームの天井に三種類の絵が描かれている。んー? これは……像の絵? 次が山か? 最後が、その像に跪く人間の絵……抽象的過ぎて分かり辛いな。

 この絵が意味することについて頭を巡らせていると、途端に視界にアナウンスが表示された。曰く。


【黙示録を確認しました】

【滅亡方法が解放されました】


「わわっ、びっくりしました」


 アルコの反応を見るに、この場の全員にアナウンスが入ったみたいだな。それにしても……俺は改めて黙示録を見る。


「ふむ……あくまで『こうすりゃ世界が滅ぶ』ってのを提示するだけなんだな。どんな滅びが待ってるかは自分の目で確かめろってか」

「そのようだが……ヒントの提示が雑なんてレベルじゃないね。どこかの山の中にある像に祈れ、といったところかな?」

「山……山ね」


 もしかしたら……


「さて……じゃあ目的も達成したし帰ろっか」

「わざわざ帰る意味あるか?」


 俺はキャノンの提案に疑問を呈する。なぜなら……


「お、そろそろか」

「なるほど、確かにこれなら待ってても大差ないわね」

「さて、どんな滅び方をするのやら」

「あっ、あれ? なんか地面が割れてません……?」


 あちこちから鳴り響く地響き。どうやら誰かが条件を満たしたらしい、世界滅亡の兆候であるのは明らかだ。

 地面が大きく裂けていく。地割れだ。ほう、初めてのパターンだ。鳥ならぬ俺たちに、大口開けた大地から逃れる術があるはずもない。厳密には、アルコが触手で生き延びようと頑張ってたが最終的に地割れの奥底から噴き出した溶岩に呑まれて死んだ。

 世界は滅んだ。


◆◆◆


【免許皆伝、その拳は世界をも割る】

【世界が滅亡しました】

【カンナ・デ・エスパーニャさんに滅亡特典を贈与します】

【世界を再構築します】


◆◆◆


 あの地割れ瓦割りみたいな要領で起こってんの? っていうか滅亡させた奴、見覚えのある名前してる気が……いや、気のせいにしておこう。怨敵が強化されたと言えども、会わなきゃ何の問題もナッシングだ。


◆◆◆


「ランダムさぁぁぁぁん? お久しぶりですねぇぇぇぇぇ???」

「…………」


 滅亡後の復活位置はランダムだ。大体広場の噴水を起点として適当にプレイヤーがばら撒かれているが……俺の背後にショタコン銀髪鎌女ことカンナがくることとかある? まぁあるよね……逆物欲センサーとでも言うべきかあるいはお約束というべきか。会いたくない奴にこそ偶然出会っちゃったりするよね、分かる分かる。ド畜生め。

 後ろから肩をがっしり掴まれてるので逃げられもしねぇ。しかし妙だな、はっきり言ってもう容易く俺を殺せる位置にいるのに、未だに俺は生きている。冥土の土産かはたまた情けか……情けはないな、こいつの情はショタにのみ向けられる。今回は流石に死んだかな……と思いながら、弟子へ向けて俺を探さないようメールを送りつつ、肩越しにカンナを見る。


「で? 俺を捕まえといて殺しもしねえのに何の用よ?」

「ご安心くださいな、この後ちゃんと殺しますから」

「何一つ安心できる要素がねぇな……あと俺が黙って殺されるとでも?」


 死ぬのは避けられなかろうが、一矢報いるぐらいの気持ちはある。欲を言えば相打ちだ。

 しかし、カンナはオッドアイを愉快そうに細めて言う。


「黙って殺されるしかないんですよ、あなたは――お弟子さん、リスキルされたくないですよねぇぇぇ???」

「……一丁前に脅しのつもりか?」

「ええ、それはもう。しらばっくれても無駄ですよ、ネタは上がっていますからねぇぇぇ」

「ったく……そこまでして俺を殺したいもんかねぇ。執念深い女は嫌われっぞ」


 以前滅亡を阻止して経験値をかっさらったのを未だに根に持っているらしい。よくもまぁここまで持ち越せるものだ、時間と共に風化するもんじゃないのか? そういうのって。


「ゲームの中ならどれだけ嫌われようが知ったことじゃないですよ、ガマンしないことが私がゲームをやるときのルールなんですから」

「そう言うのは嫌いじゃないけどな……」


 さて、ここで問題が一つある。

 この女が言ってる弟子ってのは、一体どっちのことだ……?

 俺には弟子が二人いる。一番弟子は言わずもがなアルコ。

 二番弟子は、クラン《救済聖戦》を率いるペリドットだ。

 俺の弟子になりたいとかよく分からんことを言いだしたペリドットが外堀を埋める戦法を繰りだしてきたので、奴の好きなようにガーデニングされる前に、逆に俺好みに外堀を埋め立てたというよく分からないことになったが、まぁ弟子を取るデメリットがあるわけでもなし、それに関しては認めてる。

 ぶっちゃけ、後ろの鎌女がアルコのことを言ってるんだったら、流石に手は出せない――まぁ世界が滅ぶまで殺されるだけだと思えば、それはそれでいいだろう。

 だが、ペリドットのことを言ってるんだったら俺は手も足も出すぞ。これは俺がペリドットのことを嫌いとかではなく、単純にいちプレイヤーに狙われたところであいつがどうこうされるとは思えないからだ。

 第一の理由として、そもそもペリドットはクランを率いる立場である。ペリドットを狙えば《救済聖戦》が黙ってないだろう。一回目こそPKに成功するかもしれないが、確実に逆襲の憂き目に遭う。

 第二の理由として、そもそもペリドットは俺に弟子入りする必要がない程度には強い。世界の滅亡を阻止せんと、日々精進を繰り返してるあいつは意外と強いのだ。ステータスも上限まで上がってたはず。

 逆にアルコは滅亡特典こそ持っているが、まだまだルーキーの域を出ない。ステータスクエストもろくに出来てなければ後ろ盾だってありゃしねえ。狙われた場合どっちがマズいかってのは一目瞭然だな。

 俺はそれとなく探りを入れた。


「しかし、弟子ね……俺は別に公表したつもりもなかったが、一体どの筋から知ったんだ?」

「あら、ご本人が嬉しそうに口にしていましたが? 『あのランダム様の弟子になったんだ』、と」

「あの馬鹿弟子め……」


 毒づきながら、俺は心の中でほくそ笑む。よし確定だ。俺のことを様つけて呼ぶのはペリドット以外にいねぇ。

 悪いな二番弟子、俺のために死んでくれ……!


「わーったわーった、手は出さねえから好きにしろ」

「あら、潔いこと。そう言うところは嫌いじゃありませんよ。では折角ですし、さっき手に入れた滅亡特典でも試させていただきましょうか」


 お馴染みの鎌を地面に突き刺して手放し、カンナは拳を腰だめに構えた。


「滅亡特典【ギガトンパンチ】。純粋威力に特化した拳の特典です。うふふ、この特典でランダムさんのどこをぶち抜きましょうかねぇぇぇ? お腹? 頭? それとも……股間?」

「おっそろしいこと言うなお前……」


 思わず縮み上がっちゃうぜ。まぁその辺の感覚はゲームゆえに曖昧なんだが、脳味噌がそう認識したなら仕方ない。


「やっぱり最初は頭ですねぇぇぇ!! 脳味噌派手にぶちまけて死んでくださいな!!」

「やっぱ気が変わった」

「――!? なにを、ごっ!!??」


 体を傾け、拳を躱し、体を捻って脚が弧を描く。カンナの首に足首がイイ感じに入った。そのまま蹴り飛ばせば、建物の壁まで一直線だ。奴の髪色が宙に銀の尾を引いた。

 警戒はしつつも、壁にめり込んだカンナに近づく。けふ、とせき込みながら恨みがましく俺を見てきた。


「……薄情な、師匠ですこと……私、有言実行の女なんですけれどぉぉぉ?」

「ま、あいつはお前に狙われたぐらいでどうこうなるとは思えないんでな」

「……ふ、あなたでもそんな情を持っているんですね。それとも師匠としての贔屓目ですか?」

「さてな……おっと落とし物だ、忘れず持って帰りな!」


 地面に刺さっていた大鎌を拾って、カンナに向かってぶん投げる。狙い違わず鎌の先端がカンナの額にぶっ刺さって、HPが全損。奴は消滅した。

 さて、また補足される前にこの場を離れないと。世界が滅ぶ前に二度も絡まれたくないからな。


◆◆◆


 それはそれとして、である。

 狙われる可能性云々を差し引いても、フレンドが俺やカラット、キャノンだけというのはあまりに少なすぎる。俺以外の奴と絡んでるのも見たことないし……。

 ウチの一番弟子にも、もう少し仲間が必要だな。

 そんなことを考えながら、俺は始まりの街の東側――そこにそびえる山林フィールドへと向かった。

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