第9話 今日の友を明日になる前に刺す


◇キャノン◇


「な――退っけぇぇぇぇ!!」


 戦闘開始直後、カガさんが飛び下がりながら絶叫する。ちっ、目敏いこと。

 上から降ってきた火蓋――もとい爆炎が、後退が間に合わなかったプレイヤーたちを呑み込んだ。喰らってHPが残るような火力じゃないので、炎の中からプレイヤーの死に戻りを示す光の柱が立ち上る。ひーふーみー……今ので消し飛んだのは七人ほどね、まぁこんなもんか。


「滅亡特典……! 【エンシェントクリムゾン】か! だが……!」


 流石に分かるか。カガさんはデータの鬼、攻略サイトのまとめ役をしていると聞いたこともある。こんなゲームしてないでもっと話題のゲームのまとめとかやってればいいのにと思わないでもないけど、カガさんにはカガさんなりにこのゲームを続ける理由があるんでしょうね。知らないけど。

 まぁそんなカガさんだから、【エンシェントクリムゾン】を知ってること自体は別に不思議じゃないわね。

 滅亡特典【エンシェントクリムゾン】。古代に地表へ噴き出し、大地の礎となった最古のマグマ。それをしょうもないきっかけ一つで引き起こされる大噴火によって呼び起こし、世界を滅ぼしたプレイヤーに贈られる滅亡特典。簡単に言うとちっちゃい火山を創って灼熱の炎をぶちまける能力だ。


「天井にも火山らしき突起物は見当たらなかった……! 何故だ」

「それを考えるのがこのゲームの醍醐味って奴だと思わない?」

「……待てよ、そうか! それも滅亡特典だな――お前は以前、不可視の怪物に世界が食いつぶされる滅亡を引き起こしていたな。滅亡特典の能力は滅亡方法に由来する。さしずめ、任意の物を透明にしておく能力といったところか? それを使って火山を見えなくしていたと言うなら説明がつく……!」

「早い、早いのよ答えに辿り着くまでが。このゲームの醍醐味を何だと思ってるのよ」


 理解できないまま死んでいくのも醍醐味だっていうのに。つまんない人ねぇカガさんは。

 ちなみに使用したのは滅亡特典【インビジブルベール】。自分以外のモノを一時的に透明化する能力だ。


「……しかし、理解できないな」

「あら、まだ何か疑問が?」

「こんな真似ができるのなら、キャノン――お前、わざわざ残る必要あったか?」


 ……おっと。


「【エンシェントクリムゾン】は設置型の罠としても使うことができる。これを最奥への道中に置いておくだけでも我らの足止めにはなっただろう」


 おっとおっと。


「にもかかわらず、わざわざここに残って同行者を先へ行かせたのは……確実に我らを仕留めるため? 違うだろう、まさかお前の目的は――!」


 おっとっとぉ?

 あたしは唇を吊り上げ――瞬間、あたしの視界が切り替わる。

 今、あたしの目の前には、無防備なカガさんの背中がある。


「カガさぁん? あなたは少し知り過ぎちゃったみたいね」

「がっ……!?」


 胸からあたしの腕を生やしたカガさんが、肩越しに視線を向けてくる。やーん、情熱的な視線。ゲーム的な処理が為されているからあたしの腕は血にも塗れず綺麗なものだ。


「察しの良さが仇になったわねぇ、んふふ。カガさん、討ち取ったりー……あら?」

「ぐぅっ……お前ら! 私ごとで構わん、キャノンを殺れ!」


 あたしの腕が抜けない。うっそ、そんなことできるの? 煉獄さんじゃあるまいし――いや、違うな。これも滅亡特典かな?


「滅亡特典【ディメンショングリップ】――範囲は狭いが、指定した空間を完全固定する能力だ。いかにおまえとて抜け出せるものではあるまい……!」

「ははぁん、そういうこと」


 空間固定だからカガさんごと引きずって逃げるわけにも行かないか。腕引きちぎって逃げるのもありなんだけど――いや、ちょっと待って? もしかしたら。

 あたしへ迫る滅亡特典も含めた攻撃の数々を尻目に、あたしは一つ実験を敢行した。


◇◇◇


 少し離れたところで、武器、特典問わずの多重攻撃が、カガさんに炸裂する。


「――やったか!?」

「やってないわねぇ」


 ――プレイヤーたちの最後尾で五体満足のあたしが呟けば、全員がぎょっとしたように振り向く。んふふ、良い表情じゃない、ちょっとぞくぞくする。


「馬鹿な……! あの攻撃を一体どうやって!」

「分身、もしくは瞬間移動……! 【ゲンガーメイカー】か【シャドウウォーカー】だ! 【ゲンガー】ならともかく、【シャドウ】ならまずいぞ、この環境……!」


 ひゅぅ、とあたしは口笛を吹く。カガさん以外にもちゃんと推察できるプレイヤーがいたのね、ちょっと見直したわ。

 何がいいって、自分たちが窮地に陥っているって分かってるのが良い。

 滅亡特典【シャドウウォーカー】。距離は決して長くはないけど、影から影へ移動する能力。影に触れてれば動かなくても発動可能で、これなら空間固定も抜け出せるんじゃないかと思ったけど、どうやら実験は成功ね。

それとも、の問題かしら?

ま、考察は後でいいか。今は殲滅のお時間でぇす♪

 あたしの足元から火山が生える。火口はプレイヤーの集団に向いている。火山というか、もはや大砲か火炎放射器かって感じね。


「【エンシェントクリムゾン】!」

「散れーっ! 固まってると死ぬぞーっ!」


 大部分が部屋の端へ寄って爆炎を躱すも、回避しきれず何人かが燃えた。うーん、臭い。燻煙にするにはちょっと向かないわね。

 あたしは自分の影に手を突っ込み、中から斧槍ハルバードを引きずり出した。頭の上でプロペラよろしくぶん回しながら、生き残りたちへ牙を剥いた。


「そんなに散りたいなら今すぐ散らしてあげるわよ――あんたたちの命をねぇーっ!!」

「くそっ、頭ハジケてやがる……! 接近して叩け! 姿が消えたら影の位置に注意しろ!」

「ヒューゥ、いっちばん槍ィーっ!」

「ごぱっ!?」


 あたしの斧槍は、どちらかというと比重が斧に傾いているので刃が大きい。その刃にしても切れ味より頑丈さ重視。つまり潰し切るみたいなコンセプトで設計されている。プロの生産職に造ってもらったオーダーメイドの逸品だ。要するに頭に直撃を喰らったプレイヤーは頭がひしゃげて死ぬ。

 ぎゅおん、と唸りをあげて斧槍ハルバードが炎を巻き取る。回転する斧槍はそれ自体が強固な防壁だ、炎の向こうから攻撃が飛んでくるがそれらを次々に叩き落とす。

 

「んっふふ! せいやぁっ!」

「えっ? ……ぺぎゃ!?」


 棒立ちになってたプレイヤーに、【インビジブルベール】で透明にした斧槍をぶん投げる。一瞬きょとんとしたプレイヤーの顔が直後に弾け飛んだ。ぶふっ……ヤバい、ちょっとツボった。ふふっ、


「あっははははははははははははは!!」


 こ、堪え切れなかった……あっ、待って待って、そんな血に塗れて喜ぶ殺人鬼に向ける眼をしないで! あたしは別に快楽殺人主義じゃないの! お願い信じて! だけど死ねぇ!

 影を通して斧槍ハルバードを回収したあたしは、再びそれを振りかぶってプレイヤーたちに突進した。


◇◇◇


「ふむ……片付いた、かな?」


 死屍累々……と言っても、プレイヤーは死んだら街に戻るからこの場は綺麗なモノだけど。いくつかの破壊痕と焼け跡を残して、部屋は綺麗に掃除された。鼻歌混じりに、部屋に背を向ける。


「さーって、そろそろいい感じになってるかなー? 三人がギミックさえ突破してくれてれば、あとは――」


「――同行者に用はない、とでも?」


 !?


 身の危険を感じ、即座にその場を飛び退いた。瞬間、見えない力によって地面が弾け飛んだ。……おっとおっと、おっとっと。これはちょーっと意外な展開……!

 あたしを死角から襲ったのは、確かにさっき殺した仏頂面。


「……カガさん。死に戻ったにしては復帰するの早くない?」

「さて、何をしたのかね。それを考えるのがゲームの醍醐味ではなかったかな」


 したり顔のカガさんがまぁ憎たらしいこと……!


「キャノンよ、お前がここに残ったのは、先を行った同行者の背中を刺すためだろう? 一人では突破できないギミックを突破してもらったところを始末して、最奥の部屋の黙示録を独り占めしようと言う魂胆か」

「そこまで見抜かれてるんじゃ形無しね、まぁそんなところよ」


 肩を竦めて白状した。元からそのつもりだし、まぁランダムたちも分かってて手を組んでるところがある。ルーキーのアルコちゃんには悪いことしたけど、まぁこういうゲームだから仕方ないわよね。


「だとしても、それがカガさんに関係あるかしら?」

「いいや? だが、そうだな――ここでお前を止めることがお前の不利益につながると言うのなら、のために尽力するのも悪くはないな」


 やれやれ、本来足止めするのはあたしのはずだったんだけどなぁ? ため息をつきながら、あたしはハルバードを構えた。


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