第8話 ここは任せて先に行く
「じゃあこれからダンジョンにアタックするわけだけど」
キャノンが俺を見て言った。
「もっかいアルコちゃんを抱えてくれる?」
「……………………」
「えっ、なに不服―? アルコちゃんをダンジョンに連れて来たいって言ってたのはランダムの方でしょー? んー?」
鏡を見るまでもなく、目元がぴくぴくしているのが分かる。
ダンジョンへの一番乗りが俺たちだっただけで、後続はいつ来てもおかしくない。できる限り早く奥へ行きたいから、まだ足の遅いアルコを抱えて走った方が早いのは分かる。またダンジョンの中ではいつ戦闘になってもおかしくないので、二人が手を空けておきたいのも分かる。分かるんだが、随分と楽しそうなツラして煽ってくるじゃねえかこのアマ。とはいえごねても仕方ないのでアルコをひょいと持ち上げた。
「お、お願いします」
「ああ、まぁ気にすんな」
「ひゅーひゅーご両にあっだぁっ!?」
「おらっ、さっさと案内するんだよアバズレが!」
「ちょっとお尻蹴るのは酷くない!? 男としてどうなのそれは!」
「常識は全部リアルに置いてきたんでなぁ! いやぁ全くいい世界だぜ、煽ってきた奴蹴り飛ばしてもお咎めナシってのはよぉ!」
「くぅっ、この鬼畜……!」
「君たち、コントやってないでそろそろ先へ進まないかい? 一番乗りのアドバンテージがなくなっちゃうよ」
カラットにやんわりと咎められた俺とキャノンはしょんぼりしながらダンジョンへ踏み込んだ。腕の中のアルコがケラケラ笑っているのが唯一の救いと言えよう。
◆◆◆
ダンジョンには、当然ながらモンスターがいる。しかしある程度ステータスを上げていれば滅亡特典なしでも難なく対応できるし、ステータスが上がってなくても滅亡特典があれば薙ぎ払える。つまり、道中のモンスターはその大半がアルコの触手によって薙ぎ払われた。無慈悲なり。
しかしこうなってくるとモンスターを倒して経験値を得る仕様じゃないのが悔やまれる。アルコもどんどん強くなっていただろうに……まぁ、素材はいっぱい拾えているようだが。結構なことだ。
暇だったのか、俺の後ろを走る案内役のキャノンが訊ねてくる。
「そう言えば、みんな今レベルいくつなの? あっ、その道右ね」
「あー? 俺は6」
「僕は4だね」
「私は1です」
「ふふん」
「あ? 聞くだけ聞いといて鼻で笑うとはどういう了見だこの野郎」
「あたし、レベル10だもの。あんたたち滅ぼしが足りてないんじゃなぁい?」
「す、すごいです!」
「ああ、本当にすごい……すごい暇人なの?」
「ぶっ殺すわよランダム」
「まぁ、キャノンの暇人疑惑はさておいて」
「ちょっと、カラットちゃん? 暇人の烙印押すのはやめてほしいんだけど。せめて手際が良いと言って」
「レベル10の君でも、此処のボスは突破できなかったのかい?」
カラットの疑問に、俺たちが黙る。
からかいはしたが、レベル10に乗ってるプレイヤーなんてそうざらにはいない。世界を滅ぼした回数だけで言えばキャノンはトップクラスと言えるだろう。
そのキャノンですら突破できないボス。相当だぞ……いや、待てよ?
「ここのボス、単独じゃキツいギミックでもあんのか?」
「まあそんな感じ。だからあんたらの手を借りたわけ」
ダンジョンは、基本的にパーティで挑む難易度になっている。そのダンジョンの最奥まで一人で突っ切っちゃったキャノンという女がプレイヤーとして突出しているのだが、それはそれとして多人数攻略前提のギミックには勝てなかったらしい。
「じゃあ、そのギミックさえなんとかできればクリアできるんですか?」
「んー……そうでもないかも」
アルコの質問に、キャノンが言いよどんだ。
「いやこの四人がいるなら、まずギミックに関しては問題ないのよ。ただ――」
「それだけでクリアできるなら、他のパーティがとうに攻略しているはず。ギミックを突破したあとが本番って感じかな」
「カラットさん? その通りなんだけど私のセリフ持ってかないで?」
――お?
「……!」
「来てるね」
「へ?」
俺、キャノン、カラットの三人は気づいた。アルコだけがピンときていないようだ。俺は短く説明する。
「どうやら、後発の連中が追いついて来たらしい」
「えっ……そんなの分かるんですか?」
「振動とか声とかだな。慣れればこのぐらいは軽いもんだ。お前にもいずれ分かる」
「それより、どうするんだい? ここまで追いつかれるのは時間の問題だと思うけど」
「しかもこれ、多分五人十人じゃないでしょ。大分まとまってる」
「じょ、情報が細かい……」
いずれ分かるようになるさ。俺が一番弟子ににっこり笑っていると、キャノンが提案した。
「――じゃあ、こうしましょうか」
◇キャノン◇
「へぇ、ずいぶんとたくさんいるじゃない」
ダンジョンの一室――ボスのいる場所へと通じる道の前で待ち構えていたあたしは、なだれ込んできたプレイヤーたちの数を見て感心する。三十人ぐらいいないこれ?
「見れば所属も何もバラバラなのに、よくもまぁ殺しあわずに来たものね」
「ダンジョンへの侵入で先を越された以上、いがみ合う理由がないからな。しいて言うなら、先を進むお前たちを殺すまでの共同戦線だ」
「あらやだ、カガさん物騒ね」
「お前の存在ほど物騒じゃないが」
「どういう意味よ」
「お前をメンバーに入れるのは懐にダイナマイトを隠し持つようなものだからな。しかも勝手に導火線に火が付くタイプだ。危なっかしくて一緒に行動してられない」
「よよよ、こんなかわいい子に向かってなんてことを」
「寝言は寝て言え」
「リアルじゃ寝てるようなものだから実質全部寝言じゃない? ほざいたもん勝ちなのよ、この世界は」
仏頂面の男プレイヤーにあたしは文句を飛ばす。その人の頭上に表示される名前はカガ。多分リアルの苗字。あるいは住んでるところ。何度かダンジョン攻略を共にしたこともある。最終的に裏切ってダンジョンの黙示録を独り占めしたこともあるけど。
まぁ過去共闘した経験があっても、今この場では敵同士。昨日の友が背中から刺してくるなんてこの世界じゃよくあることだから全然気にしない。金でのみ動く傭兵じみたサッパリした空気感はあたしの好みでもある。
「さて、お前の同行者に先を越されては敵わん――話もここまでにしようか。そこをどかないなら、押し通るまで」
カガさんの言葉に、全員が戦闘態勢に入る。
「やーん、女の子一人に寄ってたかって酷いことする気ぃ?」
「レベル二桁に乗ってるプレイヤーは、我々からすれば化け物と変わらんからな」
「え、ひどっ」
「――かかれっ!」
その瞬間、火蓋が切って落とされた。
◆◆◆
「――ら、ランダムさん! よかったんですか?」
「んー? まあ、問題ないだろ」
「そうだね」
俺の言葉に、カラットが頷く。
魔女騎士の提案はこうだ。「自分が後発の足止めをするから、先に言ってボス戦を始めててほしい」「後から合流する」。
「で、でもプレイヤーがたくさんいるんですよね? 流石に一人じゃ不利なんじゃ――」
「うーん、なんて言えばいいかな……俺はあの女がまともに戦って負けるビジョンが見えないんだよなぁ。負けるのを心配するだけアホらしいというか」
「そ、そんなに強いんですか?」
「認めたかないけど、強いな。そして強かだ。レベル二桁は、伊達じゃない」
ごくり、とアルコが唾を呑んだ。カラットが笑う。
「だから、彼女に関しては心配する必要はないと思うな。それより僕らは、こちらに注力すべきだ」
「ああ、その通りだな――アルコ、覚悟は出来てるか? これから初めてのボス戦だぜ」
足を止めた俺たちの前には開けた空間と――その中央に鎮座する、このダンジョンの守護者がいる。
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