第7話 ダンジョン争奪戦

 俺は今、若干顔が赤らんだアルコをお姫様抱っこして屋根を駆け抜けている。同じ方向へ走っている連中の視線が痛いぜ。

 ……おかしいな、なんでこんなことになってる? 俺は世界が滅亡する前のことを思い出す。


◆◆◆


 共にダンジョンを攻略しないかというキャノンの誘いに乗った俺たちは、その後カフェでお茶をしながら攻略計画について話し合っていた。

 

「目標の場所は街の南。地図だと……この辺かな。おっきい木が目印よ」

「ふむ、了解。出発は次世界が滅んだあとでいいのか?」

「もちろん」

「? 今から行くんじゃないんですか?」

「ああ……アルコさんはダンジョン攻略は初めてなんだね」


 不思議そうな顔をしていたアルコに、簡単に説明した。


「攻略の途中で世界が滅んだら最初からやり直しだからな。今から行ってもちょっと遅いんだ――行くなら世界が滅んだ直後から動き出さないと色々キツい」

「まぁ、一発で最奥まで行くのも難しいんだけどね……そのあたり、他のチームを出し抜くだけの勝算はあるのかい? キャノン」

「あたし、一回最奥まで行ってるわよ。ボスだけが厄介で失敗してるけど」

「それで俺らの手を借りようってわけか……まあとりあえず、道の類は問題なしか」


 ダンジョン攻略における最大のネックが時間だ。一分一秒が惜しい中で、ダンジョンのマップが分かってるのはありがたい。


「現地集合でいいんだよな?」

「ええ、もちろん。合流してから動くとなると時間のロスが激しいしね――と、言いたいとこだけど、一つ問題があるわね」

「あー……」


 キャノンの言葉に、俺たち三人の視線がアルコに集中した。


「え、わ、私? な、何か問題でも……」

「いえね……足の遅さが問題だなぁって」

「ふぐっ」

「いや、別にアルコちゃんを攻めてるわけじゃないのよ。世界を滅ぼしてるとはいえまだ初心者の域を出ないし、ステータスを鍛える暇もなかったみたいだし」


 だがそれはそれとして、足の遅さは結構致命的な問題だ。求められるのが出来るだけ早い現地集合である以上、スピードは不可欠。


「こ、今回は私、お留守番してた方がいいのでは……? 戦闘でもあんまり役に立てる自身がないですし……」

「いや、できれば一回ダンジョン攻略は経験しておいてほしいかな。後ろで見てるだけでもいいから」

「おや、師匠っぽいことを言うじゃないか」

「茶化すなよ。しかし、本当にどうするかな」

「あ、いいこと考えた。ランダム、あんたがダンジョンまで抱えて走ればいいじゃない」

「は?」

「あ、それいいかもね」

「いやいや……じゃあお前らが抱えて走れよ。アルコだって、ゲームとは言え抱えられるなら同性のがいいだろ」

「ダンジョンへの道中で戦闘になった時のことを考えるとね……僕らは両手が塞がってると困るけど、ランダムは脚がメインだから問題ないだろう?」

「まったくもってその通りね」


 まじめくさって頷く顔に「その方が面白そう」って書いてあんだが? 文句の一つも口にしてやろうかと思ったが、その前にアルコが笑顔で言った。


「ランダムさん、よろしくお願いします!」

「…………わーったよ」


 その後、世界が滅亡した。


◆◆◆


 で、再構築後に合流して少々話し合った結果、お姫様抱っこの形に落ち着いた。おぶってもよかったんだが、ゲーム内とはいえ胸が当たるとなると冷静ではいられないかもしれないということを遠回しに伝えたら納得してくれた。

 まぁボディタッチに関しては、運営側が触覚をかなり曖昧にしてるらしいのでそこまでリアルなものでもないんだが……それはそれとしてこちとら一学生の健全な男子よ、女子と密着することに思うことがないわけでもないのだ。脚に回した腕が温かい気がするのは、脳が錯覚してるのかもしれない。

 俺の腕の中で、周囲を見回すアルコがはしゃぐ。

 

「わぁ、色んな人たちが同じ方向に……! この人たち、みんなダンジョン目当てですか?」

「だろうな……だがそろそろぞ、舌噛まないよう気をつけろ!」

「え、始まるって何が……ひゃぶっ!?」


 あぁ、言ったそばから。俺が跳躍した振動でアルコが舌を噛んでいた。さっきまで走っていた場所は、なんらかの攻撃によって屋根が吹っ飛んでいる。


「にゃ、何ですかさっきの!?」

「プレイヤーからの攻撃だーーこっからさらに激しくなるぞ!」


 ダンジョンへの道のりは険しい。攻略の邪魔になるプレイヤー同士の戦闘が勃発する様は、さながら偉大なる航路グランドライン前半だ。ルール無用の生き残り戦である。

 俺は飛んでくる攻撃を確認する。矢、炎、氷に砲弾、爆弾斧剣プレイヤー……いやちょっと待て。


「攻撃集中し過ぎだろうが!」

「見せつけてんじゃねぇぞランダムァ! 死ねぇ!」

「テメェが死ねボケ!」


 なるほど、そういうことか。誰かに投げ飛ばされたと思しき剣を構えたプレイヤーの顔面を蹴り飛ばしながら納得する。

 つまるところ、中身はともかく女子と密着してる俺(男)が気に食わないと。上等じゃねーか絶対生き残ってやる……と言いたいところだが、あんまりにも攻撃が多すぎる。しかし使える特典は【セカンドムーブ】のみ、【フラッシュバック】を使えば切り抜けられるが、問題はアルコが対象外って点だ。俺の位置を五秒前に戻してもアルコだけがその場に残っちまう。さてどうしたもんか。

 悩んでる間にぶん投げられた斧が迫る。しかし何かが一閃、その斧を弾き飛ばした。


「ランダムさん! 私も手伝います!」


 腕の中から威勢のいい声。アルコの指が触手に変じていた。しゅるんとしなれば、俺たちへ迫る危機がまとめて弾き飛ばされた。つ、強い。


「助かる、アルコ!」

「少しでもお役に立てれば本望です!」


 少しどころか突破口が見えたぞ。アルコが攻撃を捌いてくれたことで包囲網に隙が出来た。【セカンドムーブ】発動、一気にその穴を突っ切ることで街の外へ出ることに成功した。


◆◆◆


「おっ、きたきた」

「ひゅーひゅー」

「やかましいわキャノン」

「お待たせしました!」


 無事ダンジョンの前で合流を果たした俺たちは、とりあえずダンジョンに足を踏み入れた。後続がいつ来るかも分からんからな。


「ランダムさん、お疲れ様です」

「ああ……ありがとよ」

「ランダムに敵が集中したおかげでだいぶ楽できたわー」

「おいまさかそれを見越してアルコを預けたんじゃないだろうな」

「まさかそんな」

「もうちょい演技って言葉を知った方がいいなお前は」

「あの、ランダムさん」

「ん?」

「あんなにたくさんの方が狙ってる黙示録って、やっぱりすごいんですか?」

「ふむ、そういや詳しく教えてなかったか?」


 ダンジョン。

 ゲームでお馴染みの迷宮の呼称であり、モンスターがうろつく危険地帯。

 大概ダンジョンと言えば道中や最奥に財宝が設置されているものだが、この〈アポカリプス・オンライン〉ではそんなものは設置されていない。

 しかし、ダンジョンへアタックする者が途切れることはない。なぜか?

 この世界では財宝よりも価値を持つ、情報がそこにあるからだ。

 それを称して、黙示録。

 世界滅亡の手順が描かれた壁画である。


「黙示録系の滅亡最大の特徴は、手順を知っていても『黙示録を見てないと発動しない』って点にあるんだ」

「? えっと……」


 ふむ。ちょっと分かりにくかったか?


「例えばだ、今の時代なんでもネットで調べられるだろ? 〈アポカリプス・オンライン〉にしてもそうだけど、どうすれば滅亡を引き起こせるかとかな。当然黙示録系についても書かれてたりするんだが、黙示録を見てない奴がその手順を踏んでも何も起きないらしい」

「あ、なるほど」

「だから、ダンジョンにはーーそれも未踏破の場所にはプレイヤーが殺到するんだ」


 そこまで聞いて、アルコがはて、と首を傾げた。


「でも、早い者勝ちってわけじゃないんですよね? 黙示録を見ることが出来ればいいわけで」

「「「…………」」」


 俺たちは三者三様に押し黙った。カラット、キャノンと順に顔を見合わせる。


「まぁそれはそうなんだが……ある意味、早い者勝ちか?」

「間違ってはないかもしれないな」

「みんなが好きだもんねぇ」


 キャノンの言い方には若干引っかかるものがあったが無視。

 要するに、俺たちが未踏破のダンジョンの突破を目指す理由は一つ。


「「「一番最初にその滅亡を引き起こして、周囲にドヤりたいから」」」


 こういうのは、理屈や効率じゃない。ゲームの中でぐらい一番の座を掴みたいという意地だ。欲だ。そして俺たちの答えを聞いたアルコはというと。


「そ、そうなんですね」


 一番弟子の若干引いた顔を、きっと俺たちは忘れられないだろう。



 

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