第6話 譲れぬ戦い
――別に嫌いってわけじゃない。憎んでいるなどとんでもない。
だとしても、男には譲れない戦いが訪れることもある。俺にとって、そしてあいつにとっては、今がまさにその時だというだけの話だ。
始まりの街から東、木が生い茂る山間フィールド。一つの滅亡を巡って、男と男の戦いが幕を開けた。
◆◆◆
少し前のこと。
「ランダムさんって、女の人の知り合い多いですよね?」
「ちょっと待てアルコ、その言い方は誤解を招く」
別に意図して女子ばかりと交流を持ってるわけじゃない。確かにここ最近女に絡まれてばかりだが。目の前のアルコを筆頭に、鎌女に魔女騎士、それと二番弟子。なんか語呂が二番出汁みたいだな、ウケるわ。
「まぁ女子っつってもロクな連中じゃないがな……それにゲーム内で女子がどうのとかあんまり意識してないし」
ネカマネナベはオンゲの華だ、外見と中身の性別が違うなんてよくあること。俺はたとえ勘違いでも野郎にナンパされるのを避けたいからリアルと同じ性別にしてるが。そしてゲーム内でのアバターなんて美女美男の大安売りだ、いちいち劣情なんか抱いてられねぇ。場合によっちゃ男が男にセクハラするなんて状況にもなりかねんからな、とんだ地獄絵図だぜ。
そんな話をして、一人でステータスクエストに向かったアルコを見送った。さて、なんだかんだと久方ぶりの一人の時間だ。何をしようか。いやいやお前さん、やることなんて決まってる。なにせ世界を滅ぼすゲームをやってんだからな、俺は。
そんなわけで東の森へ来てみた。そういやこの森で見つかった滅亡の中に、まだ引き起こしたことないのがあったなぁと思い立ってのことである。
経験値を得るには世界を滅ぼす必要がある。だったら比較的再現のしやすい滅亡を繰り返していればいいじゃないかなんて考えが出そうなもんだが、そんな怠慢をナイトメア社が許すはずがなかった。再現周回は可能だが、それで経験値を得られるのは二回目まで。しかも二回目は取得経験値量が半減する。三回目からはゼロだ。まぁ、他人の邪魔をするために利用するという使い方もあるのだけれど、それはよほど性格が悪い奴のやり方だ。俺でも二回しかしたことない。
滅亡特典にしても二回目以降はもらえないし変化もない。つまり色んな世界の滅ぼし方を模索し実行するのが、レベルアップの早道である。
さてさて、そんなわけでやってきました森の中。
探しているのはとあるキノコだ。
しかしながらただのキノコじゃない、椎茸にも似た形をしているがサイズはやや大きめ。だが問題はサイズじゃない、色だ。しかも虹色だ。もはや見た目が毒キノコだが、食った連中からは天に昇るほど美味であると絶賛の嵐。ちなみに食レポは全員噴水の前でしていた。死に戻りしてるってことはやっぱ毒キノコじゃねーか、死んでも食いたいほど美味いとかフグじゃねーんだからよー。
つまるところ今回のターゲットはそのキノコであり、俺の目的はその収穫だ。あとはおのずと世界が滅ぶ。外見がド派手なので見つけるまでそう時間はかからなかった。
木々の生い茂る中、小高い丘にそびえ立ち、燦然と輝く虹キノコを発見。百年間大地のエネルギーを吸収したとされる伝説のキノコだ。しかしそれと同時に問題が発生した。
逆サイドから誰かが飛び出した。プレイヤーだ。狙いは当然キノコの収穫だろう。させるか。俺は地面を蹴って、そいつとキノコの直線上に身を躍らせた。プレイヤーが目を見開く。どう考えても間に合うタイミングじゃなかったからなーーしかし、それを間に合わせる術を俺は持っている。
滅亡特典【セカンドムーブ】。このセカンドは「二つ目」ではなく「秒」であり、つまり一秒限定の超加速能力。より正確には、恐らく発動直後の運動エネルギーを増幅させる能力だ。なので足が地面を離れても有効に作用する。
虹キノコを刈り取ろうとした男の腕を蹴って弾き、目が合う。互いに目を見開いた。
「アンタは、あの時の」
「久しぶり、でいいのかな? ランダム氏」
そのプレイヤーのことを、俺は覚えている。かつてトイレに世界が滅ぼされたのち、共にクソ野郎へ復讐を果たした仲だ。革の防具を主とした軽装、少女漫画に出てきそうなサラサラ髪の美少年。
笑みを浮かべるその頭上には、カラットと言う名が表示されている。
◆◆◆
顔見知りだろうが旧知の仲だろうが、滅びを巡れば殺し合う。それは意外な再会でも変わりない。話がしたけりゃ刃を交えながらだ。〈アポカリプス・オンライン〉では常識であり、その常識を共有できるカラットは好ましい相手と言えた。なので死ねぇ!
「甘いっ!」
「!」
【セカンドムーブ】で加速した俺の蹴りを躱しながら、カラットがナイフを抜いた。接近戦は望むところってか?
右手でナイフを突き出す。手の甲を弾いて捌く。拳を打つ。体を捻って躱される。蹴りと蹴りが交差した。だが蹴り同士なら俺が有利、奴の体を押し込んで蹴り飛ばした。カラットが後退する。
次はどう出る? 様子見していると、カラットが怪訝そうな顔を浮かべた。
「不気味だな。一体何を企んでいる?」
「なんのことかな」
「とぼけるな、君ほどの男が勝利条件を勘違いしているはずもないだろう」
……確かに、少し不自然だったか。自分の行動を思い返して自省した。
カラットが言っているのはキノコの話だ。
俺たちが今戦っているのはキノコを巡ってのことであり、お互い相手に勝つことは必須条件ではない。
キノコは今俺の背後にある。しかもカラットと距離が出来た。であれば、この隙に収穫してこの場を去れば勝利条件を満たしたと言える。にも関わらずそれをしないというのは何故か? このゲームに慣れ親しんだプレイヤーほど何かを企んでいると考えるのは自然だな。俺は苦笑して両手を上げた。
「何、大した理由じゃないーー実は弟子がステータスクエストに出てる頃でな。少し待ってから世界を滅ぼそうと思ってたんだ」
「弟子……あぁ、あの噂本当だったんだ」
「へぇ、何か聞いてたのか?」
「風の噂で弟子を取ったとは。あと《救済聖戦》のペリドットが弟子になったって本人が吹聴してたらしいけど」
「あいつは二番目な。一番弟子は別にいる。ちなみに今回のに絡んでるのは一番弟子の方」
「ふぅん……ちょっと意外かな。あのランダムにもそんな情があったなんて。三角関係ってやつかな?」
「失礼な奴だな、俺をなんだと思ってるんだ。殺すぞ」
「それは失敬。でも、殺すのはこっちだ!」
カラットが踏み込み、ナイフを振るう。顔を狙った刃を躱す。体が伸びる。致命的な隙と見た体が考えるより先に蹴りを繰り出す。一拍遅れて思考が警報を鳴らした。カラットの顔が原因だ、随分勝ち誇った面してやがる。あれは思惑通りに事が運んだって表情だ。
俺の蹴りを喰らいながらこちらへ向けたのは、ナイフを持たない左手の指先。その先端に生まれたのは……血のように真っ赤な、小さい水球。それが射出された。
なるほど、それがあるからナイフを使ってんのか。針のようになって迫るそれを俺は知っている。滅亡特典【フェイタルブラッド】。HPを削って放つ水滴で、状態異常を付与するスキル。極めて飛距離が短い代わりに、レジスト不可能という特徴を持つ。
なるほど、勝ちを確信するのも無理はない。以前トイレ滅亡のクソ野郎が麻痺してたのはこれだな。このタイミングでは避けられず、恐らく仕込まれた状態異常は麻痺。タイマンで罹患すればそれは死と同義だ。
罹患すればの話だが。
首に赤い針が刺さって、そして。
「……っ!?」
構わず俺は二撃目の蹴りを叩き込んだ。カラットの顔が、ダメージよりも驚愕に歪む。反撃の隙は与えない。【セカンドムーブ】を発動、土手っ腹にトドメの一発!
まともに喰らったカラットのHPが全損、消滅して始まりの街へ死に戻った。勝利……!
……さて、思ったより手こずったし、そろそろアルコもクエスト終わってるかな? 一人残った俺は虹色キノコを抜こうとして……あ?
……キノコが、無いんだが?
「いやぁ、中々魅力的な戦闘だったわよ」
「!」
上からの声。見れば枝に腰掛けた女が、その手に虹色のキノコを持っている。魔女の帽子に騎士の鎧という装いの女を俺は一人しか知らねぇな。
「おう魔女騎士、覗き見の上にハイエナとは感心しないな」
「ちょっと、その呼び方やめてよ。あたしにはキャノンって名前があるんだから」
「前は名乗る前に滅亡したくせに」
「あんたはあの時でも知ってたでしょぉ!?」
甚だ心外だと言わんばかりにキャノンが喚くが、すぐに落ち着き直して口の端を釣り上げた。
「そんなことより、のんびりしてていいの? そろそろよ?」
「どうせ滅亡するんだから、どこに行こうが一緒だろうよ」
地響き。虹色キノコが生えていた丘が持ち上がっていく。土の下から現れたのは怪物。超巨大なカエルである。
この世界の歴史に曰く、世界を飲み込まんとした化け物カエルがいたらしい。しかし、そのカエルを止めたのは際限なくエネルギーを吸い上げる一本のキノコであったとのこと。
それこそがあの虹色キノコであり、封印の楔である。それが外れれば当然、カエルは再び活動を始める。
「あたしとしては、あんたがカエルを倒して世界を救うところも見てみたいもんだけど?」
「手ぇ貸す気もないくせに無茶言うなぅわっ」
言ってる間にカエルの舌に捕まって食われた。
◆◆◆
【世界はカエルのお腹の中に】
【世界が滅亡しました】
【世界を再構築します】
◆◆◆
経験値が入った表記が出ないってことはあのアマ、カエルで世界滅ぼすの三回目以降じゃねーか! 俺の経験値を無駄にしやがって、次会ったらぶっ飛ばす。
「ランダムさん! なんとかクエスト間に合いました!」
「そっか、そりゃよかった」
合流したアルコが笑顔で一安心。滅亡前の状況を話し合う俺たちに、近づいてくるプレイヤーが一人。
「やぁ、さっきはどうも」
「カラットじゃん、わざわざどうした?」
アルコと軽く挨拶したカラットが用件を口にした。
「あの時、僕の【フェイタルブラッド】は確実に当たっていたはず。どうやって動いたんだい?」
「【フラッシュバック】って言ったら分かるか?」
「【フラッシュバック】?」
カラットが首を傾げた。滅亡特典【フラッシュバック】。自分の位置を直前五秒以内の位置に戻す能力。しかし、カラットが【フェイタルブラッド】を使った時に俺の位置は動いておらず、何より俺の首筋に赤い針が刺さってたのは奴自身が目撃している。なのに何故動けたのか?
「【フラッシュバック】の第二段階だ。位置の他にステータスや状態異常も戻せるようになったんだよ」
「……! なるほど、それは知らなかったな」
「第二段階?」
納得したカラットと対照的に、今度はアルコが首を傾げた。初心者の弟子に説明してやる。
滅亡特典は、レベルアップによって得られる滅亡ポイントを消費することで使用可能になる。そしてさらに滅亡ポイントを注ぎ込むことで、能力が段階解放されていく。
一つを育て続けるか、多くの特典を手にするか。選択はプレイヤーの手に委ねられる。
「それじゃあ、【ボディウィップ】も第二段階が?」
「まぁ十中八九本数が増えるんだと思うが」
「えっ、【ボディウィップ】を使っているのかい? 変わってるね……」
カラットが若干引いた。なるほど、触手プレイ経験済みでトラウマ組か。
「そ、それはそれとしてだ。ああして戦ったのも何かの縁だ、フレンドにならないかい?」
「ああ、それはもちろん」
申請を受諾。アルコにわずかにドヤ顔してみせる。どうだ、俺だって男の知り合いぐらいできるんだぜ。心の中で勝ち誇っていると、こっちに駆け寄ってくる女子プレイヤーが目に入る。デートの待ち合わせに来たかの如く片手を振ってるその女は。
「あっ、見つけたー! ランダム!」
「死ねぇ!」
「酷いっ!?」
更なる闖入者、ことキャノンをキックで迎え打った。ハイエナ死すべし、慈悲はない。
「ちょっ、待って待って! お詫び代わりにいい情報持ってきたんだって!」
「……あぁ?」
地面に正座したキャノンを見下しながら顎で続きを促す。
「未踏破のダンジョンがあるんだけど、一緒に潜らない? もちろんアルコちゃんとカラットちゃんも一緒に」
「……へぇ」
それは、少し気になるな。
◆◆◆
諸々の情報共有が終わった後。
「しかし、ランダムもいいご身分ですなぁ。両手に花どころか花束なんて」
「あ? どういう意味だよ」
「ハーレムパーティの大黒柱な気分はいかが? ってことよ」
「ハーレム? いやいやカラットがいるじゃん」
「えっ、知らない? カラットちゃんネナベだよ?」
「…………。…………!?」
美少年に目を向ける。苦笑された。
恐る恐る一番弟子を見る。
何故だろう、ものすごく勝ち誇った顔をしていた。
ネカマネナベはオンゲの華。女子だと思っていたプレイヤーが実は男子だったなんてよくある話で、逆もまた然り。こうして俺のフレンド欄に僕っ娘が加わったのである。
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