第5話 ランダムの所業
ねこによって世界が滅んだ次の日。
「ランダムさん、ごめんなさい! せっかく足止めしてもらったのに失敗しちゃって……!」
「ここじゃあよくあることだから気にすんなよ、先回りされてたんじゃしょうがねえ」
合流するなりアルコが謝ってきた。なんでも俺が足止めしてた逆方向からもねこの大群が迫っていたらしく、足止めする奴もいなかったそっち側からねこが大量侵入、街はすでに同士打ちで壊滅状態にあったそうだ。当然そんな状態で受領印が受け取られるはずもなかった。残念無念。
「まぁ、次は近場で済むステータスクエストにしてみるといい。初回であのクエストは文字通りに少し荷が重いから、時間もかかっちまうしーー」
「ラン! ダム! 様ぁぁぁぁ!!!!」
アルコがギョッと目を向く。奇声を上げながら突撃してくる女子への返事は靴の裏だ。
「クロスカウンター!!」
「へぶんっ!?」
「ら、ランダムさん!?」
あんまりな対応に流石のアルコも悲鳴をあげる。しかし蹴られた方はケロッとした様子で立ち上がった。
緑の髪、動きやすさ重視の装備。喋りの明るさの割に、腰からは物騒な手斧を二つ提げている。
ペリドットという名前を頭の上に浮かべている女は、敬礼した。
「こんばんは、ランダム様! お元気でしたか!?」
「相変わらずうるっせえ女だな……お前と話してると頭痛がするんだ、とっとと要件を言え」
「そんなつれないこと言わないでくださいよぅ! この世界で唯一、滅亡の阻止に成功したお方への用件なんて決まってるじゃないですか!」
視界の端で、アルコが驚いた様子でこっちを見た。
「私のクランで、共に世界を救うべく戦いましょう!」
◆◆◆
〈アポカリプス・オンライン〉では、クランシステムが導入されている。平たく言えば、何かしらの目的のために結成されたプレイヤー同士の集まりだ。他のゲームじゃギルドなんて呼び方もする。このゲームじゃギルドってのはクエストの受注場所を指すが。
クランを結成するメリットはゲームによって異なるだろうが、このゲームでは大体二つか。第一に、滅亡を引き起こした後の袋叩きを避けることが出来ること。個人ならともかく、複数人の組織を相手取るとなると逆に袋叩きにされちまうからな。
もちろん例外もあるので、場合によっては戦争になるのだが。
第二に、当然ながら情報の共有だ。基本的に滅亡を引き起こす手段ってのは自力で見つけるしかないわけだが、クランに所属することで情報交換ができる。もっとも、他人に与えられるだけの情報を持っていないとゴミ扱いされることもしばしばと聞くが。何かしら組織に与えるメリットってものがないとギスるのは至極当然ともいえる。誰も彼もが一緒に遊べればハッピー☆と言う考え方ではないのだから。
で、だ。これらのメリットを考えるに、このゲームでクランと言うのは、世界を滅ぼすために結成されるものだ。
しかし例外も存在する。
それこそが、今目の前にいるペリドット率いるクラン――《救済聖戦》。
世界を滅亡から救うことを目的とするクランである。
◆◆◆
「俺の答えは毎回同じだ。断る」
「そんなぁ!」
そんなぁじゃないんだよ。
うっかり世界を救うことに成功してしまって以降、《救済聖戦》からの誘いは絶えることがない。だが俺はその活動内容に全く惹かれない――なんでゲームの中でまで他人のために身を粉にしなきゃならねーんだ。面倒ごとはリアルだけで十分なんだよ。
まぁ世界救済にメリットがないのかというとそうでもないんだが……。
「しかし、そちらの女の子を弟子に取ったと聞きました! その優しさこそランダム様が正義の心を持つ証拠!」
「正義じゃなくても後進の育成ぐらいするよ。それにアルコは見どころがあるしな……あとその弟子に取ったっていうの、そんなに広まってんの?」
「ええ、それはもう」
「人の口に戸は立てられないねぇ……」
「……はぅあ!」
あ? なんだ急に怪電波でも受信したみたいな声出しやがって。
「こ、こぺっ……こぴぇっ…こぺ……るにぇくす的発想の転換、です!」
「なんて?」
コペルニクス的発想の転換……まて、なんかろくでもないことを思いついたんじゃねえかコイツ?
「ランダム様っ!」
「え、何」
「私もランダム様の弟子にしてください!」
「断る」
「いえ、この際! ランダム様の認識なんてどうでもいいんです!」
「よくないよ? 俺一応師匠なんじゃないの?」
「私がランダム様に弟子入りしたと吹聴すれば! 周りは私をランダム様の弟子だと認める! 私って天才なのでは!?」
「外堀をコンクリートで埋めるのやめろ」
手段としてはかなり有効なのが手に負えねえ。
「二択です、二択ですよランダム様! 《救済聖戦》に入るか、私を弟子に取るか! さぁ、いかがいたしますか!?」
「焼死か溺死かみたいな二択だな……いや、分かった。お前がそう言うならこっちにも考えがある。アルコ」
「えっ? あっ、はい?」
まさか話が飛んでくるとは思って無かったのだろう、どこか神妙なツラしてたアルコの肩が跳ねる。俺はアルコの目を見て言った。
「アルコ、俺の一番弟子になってくれ」
「えっ!? あ、えと……はい、喜んで?」
「…………!?」
視界の端でペリドットがかくーんと顎を落としている。くっくっく、いい気味だぜ。
「というわけでクランへの誘いは断るから、俺の弟子だと吹聴するなら好きにするといい、教えを請いたいと言うなら別にそれでも構わん。だが正式な一番弟子の座はアルコのものだ、よう一番弟子、妹弟子になにか言ってやれよ」
「えっ、あー……その、一緒に頑張りましょう?」
「うっ、うわぁぁぁん!?」
ペリドットが奇声を上げて逃げ出した――ははは、今回の戦いは俺の勝ちだな。まぁ結局あいつを弟子だと認めるみたいな形にはなっちまったが……クランに入るよりゃマシか。
「ランダムさん、意地悪なことしますね?」
「先に強硬手段に出たのは向こうだぜ、俺悪くない。それに……」
「?」
「そういう割に、お前も頬が緩んでるぞ」
「えっと……だって、一番弟子にしてもらえたのが、嬉しくって」
なんだよ、可愛いこと言いやがる。俺はアルコの頭をくしゃくしゃと撫でた。目を細めるその様は、犬が頭を撫でられるのにも似ていた。
◆◆◆
ふと、思いだしたようにアルコが訪ねてきた。
「ところで、世界って滅亡から救えるものなんですか?」
「ああ……まぁ、ありゃ偶然の産物だ。狙ってやれるようなことじゃねえさ」
世界を救う。それは世界を終わらせる滅亡現象を完全に停止させることに他ならない。
そして俺は、それに一度だけ成功してしまっている――いくつかの偶然が重なった、ただの結果に過ぎないのだが。
そもそものことの始まりは、俺ととある人物がほぼ同時に滅亡を引き起こしてしまったことだ。これが一つ目の偶然。同時に発動した滅亡は、基本的にぶつかり合う傾向にある。まぁ、世界と言う名のパイを奪い合うようなもんだからな。
二つ目の偶然。それは両者の滅亡が生物型であったこと。例えば、これまでに世界を滅ぼしているトイレや重力球、超巨大嵐などは環境型と呼ばれ、基本的にこれはもうどうしようもない。
では生物型とは? 読んで字の如し、生物が滅亡に関わるタイプだ。先日のねこもこれに当たるが、今回の話の二つは二つともが巨大な一体の化け物同士だった。まさしく怪獣大決戦だ。
やがて雌雄は決した。俺が引き起こした滅亡の獣が敗けて死んだ。
当時、やっとのことで引き起こした滅亡を止められてしまった俺は、平たく言うとキレ散らかして生き残りに殴り掛かったのだ。無謀なのは流石に分かってたが、どうせ立ち尽くして悔しがってても世界は滅ぶんだから、やるだけやってやれという精神だ。
しかしだ、俺はなんと勝った。
勝ってしまったのである。
生き残りが相当な深手を負っていたことを差し引いても奇跡と言える。
そして俺は滅亡二つ分の経験値と救済ボーナスなどなどをがっぽりせしめた。
余談だが、この時の対抗馬が以前俺を追いかけまわした鎌女(笑)、カンナ・デ・エスパーニャである。
「おっ……?」
その辺の事情を話し終えたところで、地面が大きく揺らいだ。何かしらの滅亡の兆候だな。ふむ、ステータスクエスト受ける前でよかったな。
「せっかくだから《救済聖戦》の奮闘でも見物しに行くか? 戦い方の参考にはなると思うぞ。できればポップコーンとコーラが欲しいな」
「私はホットドッグが欲しいです」
「いいね、どっかの出店でかっぱらうか」
「万引きは犯罪ですよ?」
「罪もペナルティも世界が滅べばリセットされるから大丈夫。ま、俺を罪に問うためにも《救済聖戦》の皆さんには頑張ってもらいたいもんだね」
五分も持たなかった。今日も景気よく世界は滅ぶ。
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