第4話 本気の茶番はとても楽しい

 迫り来る滅びの気配。何人たりとも逃れることは出来ない終わりへのカウントダウンが始まっている。

 普段なら抗う気も起きないが、残念ながら今はそう簡単に終わらせてやれない理由がある。俺は振り返らずに、街を指差して指示を出した。


「アルコ! お前はこのまま走れ!」

「そんな! ランダムさんを置いていくなんて!」

「馬鹿野郎! このままじゃここまでの全てが無駄になる――共倒れになっちゃあ意味がないんだ!」


 ぐっ、とアルコが押し黙る。理解はできるが、納得し難い。そんな顔だ――全く、アルコはほんとにマトモな神経してやがる。黙って俺に全部押し付ければいいものを、そんなんじゃこの先苦労するぞ。

 せめてアルコの背中を押してやろうと、俺は肩越しに笑って見せた。


「心配すんな、時間はきっちり稼いでやるよ……アルコ! ここは任せて先に行け!」

「ランダムさん……! ありがとうございます!」


 ようやく走り出したアルコの背中を見て、さて、と首を鳴らして戦いに備える。

 さて……茶番とは言え大口叩いた手前、すぐに死んじゃあ格好つかねぇ。

 幸い、今回の滅亡は多少抗えるタイプだ。荒野の向こう、土埃を立ててはやってくる。



◆◆◆



 時間は一時間ほど遡る。

 アルコが初のステータスクエストに行くと言うので、俺も付き添うことにした――流石に手を出す気はなかったが。

 ステータスクエストを受けられる酒場、通称”ギルド”に行く道中、訊ねてみた。


「結局、ステータスはどうするんだ?」

「INT寄りのバランス型にしようかなと思ってます!」

「ふむ、まぁ妥当なとこだな」


 バランス型のステータス構成の場合、基本的には大別して二種だ。即ち、STR・SPIに多く振るフィジカル型と、INTに多く振るインテリ型だ。

 ステータスを任意に上昇させられると言っても、流石に上限がある。一人のプレイヤーに与えられたステータス上限は、HP、STR、INT、SPI全部合わせて1000。初期値でオール50、合計値が200になるなので、それを上限から引いた合計800がプレイヤーが好きに出来る数値。

 それをどう割り振るかがプレイヤーの腕の見せ所だ。


「結局バランス型なんだな?」

「極振りみたいな構成は、流石に扱いきれないかなって思ったので……それに、あの中でランダムさんが一番強かったですし」

「ありゃあの三人がアマチュアだったからだ。プロの極振りはあんなもんじゃない」

「プロとかアマとかあるんですか……?」

「あるある……あ、そうだ。STRにしてもINTにしても、振り方の内訳はよく考えた方がいいぞ」

「? STRはSTRじゃないんですか?」


 オーケー、解説の時間だ。


「微妙に違う。例えばだが、腕を使うようなステータスクエストばかりを請け負っていると、STRの比率が腕に偏る。どうなると思う?」

「腕? えっと……腕がゴリラみたいになっちゃうんですか?」

「当たらずとも遠からずだな……まぁシンプルに、攻撃力にボーナスがつくんだよ。もちろん腕を使った攻撃に限るが」


 あと腕の防御力も増す。筋肉は万事に役に立つ。腕だけに全てのステータスを集約させたプレイヤーがいる、そいつの腕は生身で鉄の剣を防ぐほどにミッチミチだ。


「逆に、体幹……腹やら腰やらを鍛えれば防御力にボーナスが、脚なら速度にボーナスがつく。参考にするといい」

「なるほどぉ……ランダムさんはどこを多めにしてるんですか?」

「脚だな。速度が上がるのもいいし、キックの威力も上昇するから一石二鳥なんだ。ただ――アルコの場合は、腕の方がいいかもしれないな。お前には【ボディウィップ】があるから」


 滅亡特典【ボディウィップ】。体の一部を触手化する能力。

 本来、滅亡特典の威力・効力は滅亡特典の解放度によってのみ決定づけられ、ステータスに左右されることはない。だからINT型でも化物みたいな殲滅力を持つ奴はザラにいる――まぁそれはさておき。

 じゃあ滅亡特典とステータスが全くの無関係かというと、そうでもない。【ボディウィップ】のように、体に連結するタイプの滅亡特典なら、それを振るう腕の力次第でダメージにボーナスがつく。普通の武器みたいな判定になるわけだな。


「なるほど! じゃあ、最初は腕を使うステータスクエストにしてみますね!」


 そんな話し合いの末、酒場に着いたアルコは一つのクエストを受注した。

 少しだけ嫌な予感がした。

 アルコが受注したのは、お使いクエストと呼ばれる代物だったのだ。



◆◆◆


「おっ、重たい……」


 お使いクエスト。依頼に従って、荷物をA地点からB地点まで運ぶ、あるいはフィールドへ赴いて指定されたアイテムを集めてくる形式のクエストだ。

 クエスト自体の難易度はそれほどでもない。しかし、この手のクエストは少し時間がかかるのだ。ワープポイントがあるわけでもなければ、走る以外の移動手段もない。まして、それなりに重たい荷物を持たされたとなればなおのこと。

 ステータスが初期値であるアルコならばなおさらだ。


「手を貸してやりたいのはやまやまだが、同行者が手を貸すとステータスの上昇値が減っちまうからな。頑張れ、アルコ」

「大丈夫、です……! もうちょっと……!」


 アルコが荷物を抱えてとあるNPCの家に辿り着く。始まりの街の外、荒野のフィールドにポツンと立つ一軒家。出迎えた夫婦は、送り主を見て泣き崩れていた。

 この夫婦は荒野を調べるのが仕事であるらしく、危険を顧みずにここに居を構えている。

 子供はいるが、始まりの街で暮らしている。話を聞く限り喧嘩をして子供の方が飛び出したらしい。それがもう十年も前の話。

 依頼主はその子供の方だ。鍛冶師となった息子が疎遠となっていた両親に贈ったのは、かつての喧嘩についての謝罪文と、孫が生まれたから一度始まりの街へ来ないかという旨の手紙。そしてアルコが必死こいて抱えていた大きな荷物の中身は、父親への鎧と母親への包丁だった。聞けば、母の誕生日であると同時に結婚記念日だという。

 夫婦から感謝と涙の滲んだ受領印を受け取り、俺たちは家を後にする。アルコもボロボロ涙を流していた。


「よし、じゃあとっととギルドに帰って受領印を渡すぞ。そうすれば晴れてクエストクリアだ」

「ランダムさん淡泊ですよぅ! あ゛ん゛なにいいお話なのに゛ぃ!」


 俺は何度も見てるからな。ちなみにその先にもストーリーがあるらしいが、それを受注する前に世界が滅亡してリセットされるので先がどうなるのかを知るのは運営のみだ。なんでそういうシステムにしちゃったの? ナイトメア社だからさ。


「感動するのは勝手だが、気を抜くなよ。ギルドに帰って受領印を渡せばクリアになるが、逆に言えば受領印を渡さない限りクリアにはならないんだ。例えば帰り道でモンスターに殺されると失敗扱いになるから、死に戻り瞬間移動も使えな――」


 にゃぉぉぉぉぉぉぉぉぉん、と――この荒野のみならず、全世界に響くそれはであり滅亡の始まりを告げる号砲でもある。俺の顔が引き攣った。しまった、やっぱりのんびりしてる場合じゃなかったか……!


「……にゃんこの声?」

「アルコ! 始まりの街へ急ぐぞ!」

「へ? わっ、わわっ!?」


 アルコを抱えて俺はダッシュ。もう手を出す気がないとか言ってる場合じゃねぇ。不意打ちで滅亡しなかっただけマシと考えるしかないな……!


「ら、ランダムさん!? 一体何が!?」

「どこぞの馬鹿がやらかした! このままだと街に着く前に俺たちが死ぬか、俺たちが着く前に街が滅びる!」

「だ、ダメだったらもう一回やれば――」

「機会を無駄にしたくないんだ! ステータス上昇クエストは24時間に三回だけ受けられる特殊クエスト、世界滅亡で失敗しても一回を消費した扱いになっちまう! 勿体ないだろ、そんなの!」

「な、なるほど……!」


 後ろを見る。ものすごい勢いで土埃が立っている――あっ、例の家が呑みこまれた。ありゃもうだめだな。感動もへったくれもありゃしねぇ。

 ……! 想像以上に早い……このままならギリギリ追いつかれることはないけど、街に着くと同時にあいつらも到着しちまうな。よし。

 俺は立ち止まってアルコを降ろし、彼女に背を向け指示を出した。

 今やるべきはアルコを無事に街へ届けること、そしてアルコがギルドに受領印を届けてクエストを完了させること。

 ならば、俺が無事である必要はない――可愛い後輩のためだ、ここは一肌脱ごうじゃないか。


「アルコ! お前はこのまま走れ!」


◆◆◆


 アルコとの茶番を終えた俺は耳を自らの指で潰した。俺の世界が耳栓をしたように静寂に包まれる。

 奴らと対峙するにあたって、耳は邪魔にしかならないからな。このゲームに部位欠損のシステムはないが、特定の部位が使えなくなる状態異常は存在する。今発動した”無音”の状態異常もそれにあたる。

 視界の右上あたり、HPを示すバーがわずかに赤くなり、その下に”無音”を示す耳にバッテンが重なったマークが表示された。

 準備は完了。さあ、迎え撃つぞ。

 土埃を上げて迫るそいつらは、大きくはない。むしろ小さい。その上可愛い。つぶらな瞳、丸っこい体躯、頭の上に生えた耳。その正体はねこだ。しかもこねこだ。こねこが群れをなしてやってくる。その数、万を下らない。

 テンタクルラヴァーのように姿を擬態しているわけではない。する必要がないのだ。奴らは可愛い故に恐ろしいのだから。

 しかしその声を聴いてはいけない。その肉球に触れてはいけない。その目を見続けてはいけない。その体を吸ってはいけない。

 上記のいずれか一つにでも該当すれば、レジスト不可能の状態異常、”魅了”が強制発動する。一言で言えばねこにメロメロになる。問題はそこからだ。

 ねこは誰彼構わず甘えに走る。しかしねこに魅了されたプレイヤーは、ねこに甘えられる他のプレイヤーに凄まじい嫉妬心を抱くことになる。結果どうなるか。武器を振り上げ、嫉妬の涙を流しながら、ねこを独り占めするべく殺し合うのだ。しまいにゃ人は全滅し、ねこが地表を埋め尽くして世界が滅ぶ。

 しかし残念だったな。俺はここをゲームだと割り切っている。どれだけ可愛かろうが殴る蹴るに躊躇はないぜ!

 進路上に立ち止まっている俺を視界に入れたねこたちは、一斉に甘えるべく飛びかかってくる。俺は地面の石ころや土をショットガンの弾のごとく蹴っ飛ばすことで応じた。

 

 最終的に、ねこの数に圧倒されて肉球ぱんちを額に食らった。三分稼げたんだから上等じゃない?


◆◆◆


  にゃん、にゃんにゃにゃにゃんにゃんにゃん、にゃん、にゃんにゃにゃにゃん(魅了中)(体が勝手に動く)(プレイヤーを蹴り殺す)(プレイヤーに殺される)(ラッパの音が響き渡る)(世界は滅んだ)


◆◆◆


【可愛いは世界を滅ぼす】

【世界が滅亡しました】

【ニャンヌダルクさんに滅亡称号を贈与します】

【世界を再構築します】


◆◆◆


 なお、アルコは結局間に合わなかったそうだ。マジ? 俺犬死にじゃん、ウケる。

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