第3話 ステータス

 滅亡特典は非常に強力だ。それは疑いようもない事実である。

 だが最低一回は世界を滅亡させなければ使えない。そしてこのゲームにおいて他にスキルと呼べるものは存在しない。一回世界を滅ぼさないとド派手な技も使えないとは、このゲームはプレイヤーを楽しませる気があるのか?

 まぁそれは置いておくとして……しかし滅亡特典がこのゲームの全てかと言われれば俺は首を横に振る。

 どんな特殊能力があろうとも人間最後にモノを言うのはフィジカルもしくは頭の回転である。週刊誌出身の海賊や念能力者や呪術師もそう言ってる。

 つまり大事なのはステータスだ。滅亡特典にかまけてステータスを疎かにするプレイヤーがこの世界では大成することはないと断言できる。


「マグロのトロをありがたがる奴は多いが、マグロの真価は赤身にこそあるって話と似てるかもしれないな」

「なんでマグロで喩えたんですか?」

「……えっ、分かりやすくない?」


 場所はNPCの経営する飯屋。俺の言葉に首を傾げたアルコが、もひとつおまけに首を傾げる。


「でも、ステータスってレベルが上がっても変わらなかったんですけど……」

「ああ、まだ知らなかったのか。このゲーム、レベルとステータスは連動してないぞ」

「……変わってますねぇ、このゲーム」


 何を今さら。

 レベルを上げることによって得られるのは滅亡特典を使用可能状態に解放するための滅亡ポイントのみだ。そこにステータスが付随することはない。

 なんでそんな仕様になっているのかというと、これはプレイヤー間の推測でしかないんだが、恐らくレベルの上げ方に配慮したものなのだろうという説が有力だ。

 なにせ世界を滅亡させることがレベルを上げる条件だ、偶発的な滅亡も少なくないとはいえ、場合によってはずっと初期値――すなわちレベル0でプレイし続けることになるプレイヤーもいるだろう。滅亡以外で経験値を得る方法もないではないが……まぁ難しい。

 レベルもステータスも上がらんゲームなんてなにも面白くないからな。内容はともかくとしてシステム面では優秀なナイトメア社がその程度の問題に手を打たないはずがない――と言うのが、ナイトメア社のゲームをプレイし続けてきた猛者たちによる推測だ。

 以上の理由から実装されたのではないかと言われているのが、通称ステータスクエスト。レベルとは別枠で、ステータスの数値を上昇させるためのクエストである。


「じゃあ、ステータスだけカンストすることとかもできるんですか?」

「割といるぞ。一回も世界を滅亡させられてないけどステータスだけでトップクラスの戦闘力を誇る変態とかな」


 野郎は極まったSTRによるパンチでドラゴンの鱗をもぶち抜く。滅亡特典なしでもあれだけやれるというプレイヤーの一つの見本だ。

 

「う~ん……?」


 俺の話を聞いてステータスウィンドウとにらめっこしていたアルコが、ふと目を上げて店内に爆弾を投下した。



「あの、ランダムさん。ステータスってどれを伸ばすのがお勧めですか?」



 ガタタッ、と店内のいたるところから音がした。一斉に立ち上がったプレイヤーたちに押しのけられた椅子の悲鳴だ。

 アルコがきょとんと目を丸くしているが、俺は額を手で押さえて天井を仰ぐ。

 この世界のアホどもは、常に後進育成の機会を虎視眈々と狙っている。俺の連れだからこれまで控えていたようだが、初心者の雰囲気をぷんぷん匂わせているアルコに色々レクチャーしたくて仕方なかったのだろう。それがさっきのアルコの一言で爆発した。マズイな、これは厄介だぞ。


「STR!」

「INT!」

「SPI!!!」

「え、え、え?」

「おうアホ三銃士、呼んでねえから席に帰れ」

「STR!!」

「INT……」

「SPI!!!!!」

「ダメだ話が通じねぇ」


 レクチャー欲が限界を迎えたか……辛うじてINT推しがこっちの言葉を理解しているらしいが帰る気配が見られないあたり話は通じてないと見るべきだろう。どうする、全員殺すか?

 しかしそこは大器のアルコ、三人に囲まれてお勧めを叩きつけられてなお怯むことなく手を上げた。


「あっ、あの! そもそもステータスって、どれが何に影響するんですか?」

筋力STRは身体能力だよ。攻撃・防御・行動速度の全てに影響する。シンプルに敵を殴りたいならこれをお勧めするよ、敵を殴り倒す快感を一緒に味わってみないかい?」

知力INTは、プレイヤーの感覚的には直接影響はしないんだ。だけどこれを上げればダンジョンの最奥に記された、世界の滅亡についての暗号文である黙示録を解読することができる。モンスターの弱点なんかが見えたりもする。謎解きが好きなら、共に世界の秘密を暴こうじゃないか!」

「SPI!! 即ち根性!! 根性があれば何でもできる! 死にそうなときでも生き残り、デバフや状態異常を一定時間無視できる!  そう、こんな世界に必要なのはド根性さ! 根性見せて滅亡を乗り切って見せよう!」

「「「さぁ、どうする!?」」」


 絵面が野郎三人に求愛されるお姫様だが、圧がクソ強いな。それなりに説明が分かりやすいの腹立つが。

〈アポカリプス・オンライン〉におけるステータスは上記三つに加えてHP体力の四つだ。

 SPI――すなわち、本来精神や魂と訳されるスピリットを根性と訳していいのかはいまだに疑問があるが、運営が根性と訳しているので仕方ない。


「あのっ、ランダムさんはどんなステータス構成なんですか?」

「俺か? 俺はフィジカル寄りのバランス型だが」

「「「ぷふっ」」」


 あ? おいアホ三銃士、今鼻で笑ったか? ぎろりと睨みつけるとアルコを囲む三人がやれやれといいたげに肩を竦めた。腹立つわぁ。


「おいおい聞いたかINTの? バランス型だってよ」

「STRの、笑っちゃいけねぇよ……俺たちみたいな極振り型はクセが強いんだ、凡人には使いこなせない代物なの、サ……」

「よく言えばオールラウンダーだが、悪く言えば中途半端。突出しない能力はゲーマー間じゃゴミだって教わらなかったのか? 根性が足りないなぁ!」

「ようしアルコよく見とけ、今から極振りの欠点ってモノを見せてやる。教材はこの三人だ!」

「へぶぁ!?」


 最も近場にいたINT野郎の面に振り上げた椅子を叩きつけた。一発でHPが全損して消し飛んだ。


「INT極振りは世界の滅亡方法を探る上では悪くないし、パーティに一人いればモンスターの弱点を探ってくれるからいると助かる。が、当然その分体はモヤシだ、殴られると大体死ぬ――オラァ!」

「フハハハ、俺をあのモヤシと一緒にしてくれるな!? この程度の打撃で戦闘不能になるほどヤワな体はしてな――!?」


 STR野郎の顔が驚愕に歪む。叩きつけた椅子の影で放ったのは二本の針。どんだけ筋力が強かろうが所詮は肉だ、ダメージの有無はともかく針は刺さる。

 そしてその針には毒と痺れ薬を塗ってある。お注射の時間ですよってな。


「STR極振りはシンプルに強いが、SPIに振ってない分状態異常に弱い。行動不能になる麻痺なんか突っ込まれると悲惨なもんでな――よう根性無し、今どんな気分だ?」

「ぬ……ぬぉぉぉぉぉぉ!」


 どんだけ吠えても無駄だよ、根性が足りてないからな。こっちはこれでいい、後は大して高くもないHPを毒が勝手に削り取ってくれる。

 最後に残ったSPI野郎が振るった剣を避け、その顎を足でかち上げる。


「対峙した時に地味に厄介なのがSPIなんだよな。例えばこいつなんかは極振りだから、体そのものはモヤシなんだが――見ての通り、HPが全損する攻撃を受けても1だけ残して動き続ける。行動不能の状態異常を叩きこんでも無視して動ける。まるでゾンビだ」

「ド根性――!!」

「このゲームは部位欠損解かないから、手足をもいで転がしとくわけにも行かないんだよなぁ」


 アホのゾンビがニヤリと笑って突っ込んでくるが、対処は実は簡単だ。


「古今東西、不死の殺し方はただ一つ。即ち死ぬまで殺せ」

「ぼぎゅあ!?」


 椅子をフルスイング、SPI野郎の顔面にクリーンヒット。椅子をフルスイング、脳天にクリーンヒット。椅子をぶん投げる。椅子の足が鼻っ柱にめり込んだ。武器がなくなったが問題ない、殴る蹴る。

 STRに振ってない故に、バランス型の俺と比べれば動きは緩慢なもんだ。そんな奴の攻撃なんて何度だろうと捌けるし避けられるし、合間を縫って反撃をねじ込むことも容易い。この手合いは時間に限界が来れば勝手に死ぬが、殺し続ければその限界が速まる。ほら、死んだ。


「極振りも一つのロマンではある。しかし、ロマンにかまけて他を見下すようじゃド三流だ。どんなステ振りをするもお前の自由だが、そこは間違えないようにな」

「はいっ!」


 ようし、いい返事だ。頭を撫でてやるとにひひとはにかんだ。不覚にも、ゲームの中なのにちょっとかわいいと思った。


「――へぇ、驚いた」


 その声はとても近くから。見れば、俺たちのテーブルに肘をついている女子プレイヤーが一人。


「ランダムが弟子を取ったなんて聞いた時には嘘だよーなんて思ったもんだけど、どうやらこの感じはマジらしいね? どういう風の吹き回し?」

「……ずいぶん久しぶりじゃないか。別に弟子に取った覚えはないんだが」


 その女を俺は知っている。魔女の被るようなつばの広い帽子と、騎士が着こむような鎧を纏ったちぐはぐな恰好のプレイヤー。カンナとはまた違った因縁を持つその女は、先のアホ三銃士とは比べ物にならない強者の雰囲気を漂わせながらこちらを手で制する。


「そう警戒しないでよ、今日は様子見に来ただけなんだから――ずいぶん可愛いお弟子さんじゃない。名前は?」

「アルコと言います!」

「ふふ、アルコちゃんね。あなたも注目の的よ? ランダムの弟子だもの」

「……? ランダムさん、有名なんですか?」

「そりゃあもう。だってこいつは、この世界で唯一――」


 突然、ラッパの音色が響き渡る。それが示すことはただ一つ。

 えっ、このタイミングで? と言いたげな闖入者とアルコだったが、世界の滅亡は待ってくれない。バキバキバキと音を立てて、飯屋の屋根が剥がれていく。露わになった空は寒気を覚えるほどに透明で、唯一、空に浮かぶ真球のみが黒く染まっている。さながら漆黒の太陽だ。

 剥がれた屋根が吸い寄せられるように、黒い真球に吸い込まれた。あっ、これあれだな? 俺らもあれに吸い込まれる流れだな? 引力の塊とでも言うべきか。ほら体が浮いた。こうなったらもうどうしようもねーや。

 下を見れば、街どころか島そのものが黒い真球に吸い寄せられてる。大きさは精々二メートルかそこらだろうが、この世界のモノ全てを呑みこまんとするその様は、なるほどまさに滅亡の象徴。その上には生きた十字架が、真球に呑みこまれることなく浮かんでいた。


「ねぇ、ちょっと嘘でしょ! あたしまだアルコちゃんに名乗ってもないんだけど!」

「そ、それより、ランダムさんの話を! この世界で唯一、何なんですか!?」

「そっちを気にされるのも個人的にはちょっとショックなんですけど!?」


 後輩と顔見知りがやかましい。ぷかぷかしながらぎゃーすか言い合っている内に俺たちは黒い真球に呑みこまれて押しつぶされた。ああ、これクソ強力な重力球だったのか。

 俺たちは仲良く潰れて死んだ。


◆◆◆


【世界は一つに圧縮され、もう別れることはない】

【世界が滅亡しました】

【ビバおっぱいさんのレベルが1上がりました】

【ビバおっぱいさんに滅亡特典を贈与します】

【世界を再構築します】


◆◆◆


 ……結局あの女は何しにきたんだ? 重要なことは何も言わずに死に別れたんだが。まぁいいか。


「ランダムさん! ランダムさんって何した人なんですか!?」


 再構築後、合流したアルコが開口一番尋ねてきた。そんなに気になるのか、そうか。


「でも秘密な」

「そんなぁー!?」


 アルコの悲鳴が広場に響き渡った。仕方ないだろ、あんまり言いたくないんだよ。

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