第2話 滅亡特典
「ゆ、指が触手になった……変な感じ」
顔を引きつらせる彼女に対して、俺は「だろうな」としか言いようがない。
先日フレンド登録をしたアルコの右手、その人差し指と中指は、五メートルほどにまで伸びてしゅるんしゅるんとしなっていた。さながら、ついこの間彼女が覚醒させたテンタクルラヴァーの触手の様に……否、様にではなくそのものだ。アルコの指二本が、触手と化している。
「これが滅亡特典……最終的に人の形すら捨てることになりませんか、これ?」
「よく気づいたな、花丸をやろう。まぁ極めた滅亡特典にもよるけどぅなぱっ」
「わぁぁ!? ご、ごめんなさーい!」
操作をミスったのか、それこそ鞭のようにしなったアルコの触手に頸椎をヘシ折られた俺はフィールドの端から始まりの街へと死に戻った。
◆◆◆
フレンド登録をして以降、アルコとは行動を共にすることが多くなった。この世界での遊び方をレクチャーしてほしいとのことで、まぁ断る理由もなかったので承った。
今日アルコに聞かれたのは、滅亡特典に関してだ。
世界を滅亡させたプレイヤーに贈られるボーナス、滅亡特典。響きも入手方法も物騒だが、これはいわゆるゲームにおける『スキル』である。
効果内容は様々だが大概は世界の滅亡方法になぞらえた能力となっていて、この間のヤンデレ毛玉……テンタクルラヴァーが世界を滅亡させた場合は、その原因となったプレイヤーに『体の一部を触手化する能力』――滅亡特典【ボディウィップ】を解放する権利が与えられる。ちなみに、あくまで解放可能となるだけで、取得はプレイヤーの任意である。
【ボディウィップ】に関しては、その見た目からプレイヤーのトラウマを掘り起こす場合があり、自ら取得するプレイヤーは実は決して多くないが、アルコに関しては大きなトラウマもなかったようなので取得を勧めた。体の一部が伸縮自在になると考えると、結構有用なのだ。見た目はともかく。
まぁ今回みたいに事故で近くのプレイヤーを殺してしまう可能性もあるので慣れるまでは気をつけさせる必要があるな。頑張って練習してくれ。俺はアレ取得してないので操作方法の感覚が分からんのだ。
始まりの街の噴水広場へ死に戻った直後から届く、アルコ発の謝罪メールに気にしなくていいとメールを返しつつ、周囲を眺め――
「おやランダムさんではありませんか、久しぶりですねぇぇぇぇ?」
…………Oh。
ヤバい女と目が合った。俺は即座に逃げだした。
◆◆◆
「ラァァァンダァァァムさぁぁぁぁんんん!! ここであったが百年目ぇ、絶対に仕留めますよぉぉ!」
「ちっ……執念深い女だなまったくよぉ……!」
始まりの街の中を駆けるのは、逃げる俺と追う女。頭上に表示された名前はカンナ・デ・エスパーニャ。
銀の長髪とオッドアイが特徴的なその女は、普段被ってるクールビューティーの仮面を自ら剥がして俺を殺さんと追ってくる。その手には、実に首を落としやすそうな、妖しい光を放つ鎌が握られていた。
彼女が俺を追っているのは、ちょっとした因縁が発端となっている。それだって一か月ぐらい前の話なんだがなぁ、まだ根に持ってやがったのか。恨みつらみは時間じゃ解決できないらしい。
「私の経験値を掠め取っていった恨み、晴らさずにはいられません! 大人しくそこに正座なさいなぁぁぁ!」
「自分からギロチン台に首置く奴はいねえんだよ馬鹿め!」
〈アポカリプス・オンライン〉は、一応レベル制のゲームである。
しかし、レベルを上げる方法はただ一つ――魔物を倒すことでなければ、クエストのクリアでもない。
即ち、世界を滅亡させることによってのみ、プレイヤーのレベルは上がるのだ。このゲームはやはりどうかしている。最高だ。
となれば必然、プレイヤー間で経験値の奪い合いが発生する。要するに「誰が先に世界を滅亡させるか」のデッドヒートになってくるわけである。
つまるところ俺がカンナに何をしたのかと言うと、以前彼女が経験値を得る一歩手前までいったところで俺がちょっと横槍を入れて、経験値を総取りしてしまったから恨まれてるわけだ。へへへ、その際はゴチになりましたね。おかげでレベルも随分上がりましたよ……! ……ん? なんか鎌光ってない? おいおいまさか!
「【グリーンブレード】!」
「っっっぶねぇぇぇ!!」
とっさに体を地面に転がすと、俺の真上を風の刃が通り過ぎた。その辺を歩いていたプレイヤーが装備ごと胴体を真っ二つにされ、ついでに直線上にあった建物が切り崩された。中で飯食ってたNPCがぎゃーすか騒いでいるがこっちはそれどころじゃねぇ。
滅亡特典【グリーンブレード】。世界を呑みこむほどの超巨大嵐によって世界を滅亡させたプレイヤーが使えるようになる、風の刃による遠隔攻撃スキル。軌道が単調な代わりにその切れ味は見ての通り。喰らえば一発で死ねる。
「カンナァ! おまえ街中でなんてもんをぶっ放すんだ! 見ろこの街を、酷い有様だぞ!」
「大丈夫大丈夫、世界が滅亡すれば全ては元通りになるんですから!」
「なんて女だ、お前に人の心はねえのか!?」
「このゲームをプレイしているゲーマーに! 人の心など残ってませんよぉぉぉ!」
ほぉ、ほざいたな。俺はその辺で立ち竦んでる少年の襟首を掴んで、再び【グリーンブレード】を放とうとしているカンナの眼前に放り投げた。
巻き添えに出来るもんならやってみやがれショタコンが!
「――んなっ!?」
「ハッハァ、作戦成功だぜ!」
狙い違わず、鎌を止めてNPCの男児を抱きとめるカンナ。当然その隙に俺は走って逃げる。彼を優しく地面に下ろしたのち、再び走り出したカンナが吠えた。
「あんな可愛い子を投げつけるなんて、あなたに人の心はないんですか!?」
「このゲームをプレイしてるゲーマーに、人の心はないんじゃなかったのかぁ!? 安心してぶった切っちまえよ、なにせ世界が滅べば元通りなんだからなぁ!」
「こ、このド外道!」
時として、このゲームで人の心や情はハンデとなる。なにせメーカーが人の心を捨ててるからな。正直悪魔の方がまだ有情だ。
とはいえ、このままではジリ貧だ。なぜならそもそもの地力が違う。
レベル差はともかく、ステータスでは向こうの方が上なんだよな……加えて、今の俺にはもう一つハンデがある。
即ち、デスペナルティ。〈アポカリプス・オンライン〉ではHPを全損して死に戻ったプレイヤーは、一定時間のステータス減少が課される。今は最大値の二割減と言ったところか。
ステータスさえ万全ならさっきのショタコン爆弾の隙に撒くこともできたんだが……。
ちなみに俺が奴に殺された場合、そのまま
けど、手は打った。あとはタイミング次第で逃げ切れる……!
俺は走りながら、フレンドメールを確認した。
◆◆◆
「……っ!? そんな……確かにここに入っていったはずなのに……!?」
――下の袋小路から聞こえる独り言にニヤニヤしながら、俺は屋根の上でアルコにサムズアップした。
「助かった、おかげでアイツを撒けたよ」
「いえ、お役に立ててよかったです」
アルコは俺にぱちりとウィンク、Vサインを作った人差し指と中指は長く伸びてしゅるしゅると蠢いている。俺をシバき殺した時に比べたら随分こなれた動きだ、順応するの早いな……あるいは、こいつは化けるかもな……。
袋小路に逃げ込んだと見せかけて、屋根の上にスタンバイしていたアルコに触手を使って引き上げてもらったのだ。カンナが袋小路に飛び込んできたときにはすでにもぬけの殻って寸法だ。
あーよかった。あとはデスペナが解けるまで適当に潜んで――
シャッ、と鋭利な音がした。後頭部の髪が少しだけ屋根に散らばる。
「…………。よし、アルコ。走るぞ」
「は、はいっ」
逃げたなら屋根の上だとアタリをつけてのあてずっぽう……だと思いたいところだが。実際当たってるから笑えねぇ、もう少し後ろにいたら死んでたぞ。
この世のどんなホラーよりも、女の執念は恐ろしい。
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