厄介なことになりました

「お待たせしました。続きをお願いします」



俺は受付の女性に向き直り、そう促した。



「えっ、あっ、はい。それでは、記載された内容でギルドカードを作成します。このカードは持ち主が倒した魔物を記録してくれます。ですから、討伐クエストの時に魔物を持ち帰って来る必要はありません。ただ、魔物によっては素材になるものもありますので、死体を持ち込んでいただいても構いません」



俺が突然、褒め殺しモードから普段モードに切り替わったので、受付の女性は少し戸惑いながら説明してくれた。


俺はふと疑問に思った。

魔物は倒したら消えてドロップアイテムになるのでは?


そのことについて聞いてみた。



「それはダンジョンの魔物を倒した時ですね。通常の魔物は生き物と同じように死体を残しますよ。ダンジョンは魔力の溜まり場みたいな存在で、魔物が死ぬと空気中の魔力が魔物の死体を分解して魔力に還元するんですよ。その時に、同価値の素材や硬貨を生み出します。それがドロップアイテムですね」



「なるほど、ダンジョンと地上では違うのですね」



「でも、よくダンジョンでドロップアイテムがあるって知っていましたね。行った経験がお有りですか?」



「実はダンジョン落ちに遭いまして、しばらくダンジョンに籠ってたことがあるんですよ」



「本当ですか!? よくご無事でしたね」



「まあ、なんとか」



「はい、できました。これで登録は完了です。何か質問はありますか?」



受付の女性が締めくくるように聞いてきたので、俺は「ない」と答え、ギルドカードを受け取った。



俺が受付から去ろうとすると、受付の女性が小声で耳打ちしてきた。



「ラウトさんって、けっこう悪い人ですか? さっきの演技ですよね?」



俺が振り返ると、受付の女性は少し試すような笑みをたたえていた。



「いえ、俺はいい性格してると思いますよ」



と、軽口を返しておいた。



「そうですか。私はイースと言います。何かあれば、お声掛けください」



俺はイースさんに「ありがとうございます」と返して、今度こそ受付を後にした。



最初は営業トークというか、堅いやり取りだったが、最後の方は少しイースさんの人柄が見えて楽しかった。




俺はギルドカードをアイテムボックスにしまって、待っていてくれた2人に声をかけた。



「お待たせ。ごめんね、時間かかって」



「いいって、面白いもん見せてもらったし」



暎斗はそう言って俺の肩を叩いた。

おそらく、絡まれた時のことを言っているのだろう。



「ねぇ、ラウト。受付の人となに話してたの? 随分と仲良さげだったけど」



一方で、穂花は若干トゲのある口調で聞いてきた。



「ん? ギルドについての説明とかだけだよ」



「ふーん、そうなんだ。じゃあ、いつパーティーに入るつもりなの?」



どういう話かはどうでも良くなったのか、次の質問が飛んできた。

それは俺も悩んでいるところだった。



「いくつか、1人でクエストを受けてみて、それから時期を見てって感じになるかな」



「まあ、しょうがないね。でも、入る時はどう頑張っても目立っちゃうと思うよ」



「最悪の場合は、目立つのも我慢するけど。いくつか手を打っとくよ」



そんな会話をしながら俺たちはギルドを後にした。



今の時刻はだいたい昼前なので、出店で見つけた美味しそうな物をそれぞれ買って軽い食事をした。



今日は宿に早めに入って、ゆっくり休もうかと思っていたが、そうも言ってられないことが起こった。



通りかかった曲がり角で、聞き覚えのある声が聞こえた。

そこにいたのは、つい1時間ほど前に絡んできたあの男と、銀髪の少女だった。



「なぁ嬢ちゃんよ、俺と夜のクエストに行かないか?」



「夜のクエストですか?」



「おう、少し危険だが、報酬がいいんだ。俺は強いから大丈夫なんだが、ペアを組んでくれる奴がいなくて困ってたんだ」



聞こえてきたのは、そんな会話だった。


怪しすぎる会話に俺は一応、暎斗に確認をとった。



「暎斗、夜のクエストなんてものがあるのか?」



「そんなのあるわけないだろ。所謂、夜のお誘いって奴だ。あんなのに引っ掛かる奴なんていねぇよ」



「うん、うん」



穂花も経験があるのか、そうだ、と頷いている。


そして、俺たちの視線の先でその少女はーー



「ご親切にどうもありがとうございます。是非、行かせてください!!」




「「「引っ掛かったーー!!!」」」



見事に俺たちのセリフは一致した。


その声に男と少女はこちらを見た。


まずいと思い、俺たちは必死に誤魔化す。



「さっき食べたパンの根っこが歯に引っ掛かったー」



「服の襟が裾に引っ掛かったー」



「引っ掛かったか!? そうです、私が変なおじさんです」



俺、穂花、暎斗の順に誤魔化したが、我ながら酷い誤魔化し方だと思う。

パンの根っこってどこだよ。

まぁ、他の2人もなにいってるか分からないし、咄嗟だったからと言い訳をする。



そんな様子を男と少女は、「なにやってるんだ?」みたいな目で見ていたが、なんとか怪しまれずに済んだ。

違う意味で不審がられた気がするが。

後ろ向きだったから顔は見られていないはず。



俺たちは、その場から逃げるように離れた。



少し、離れた公園で俺たちは話し合っていた。



「あいつ、絶対食われるな」



暎斗はそう切り出す。

食われるというのは、もちろん性的な意味での話だ。



「うん、私は助けてあげた方がいいと思う」



ここ3年間ダンジョンで過ごしていたため、深い睡眠をとっていない。

今日やっとゆっくり寝れそうだと思っていたが、この世界は俺をなかなか休ませてはくれないみたいだ。

だが、ダンジョンにいた時より面白そうだと思う気持ちがあるのも事実だ。

せっかくやるなら楽しまなきゃね!!


それならば、と俺はアイデアを提示する。



「それは俺も賛成だが、今はまだ未遂というか、怪しいってだけだから首を突っ込むのは良くない。そこで、『あいつらを尾けよう大作戦』を実行する!」



俺は2人にそう宣言した。



「尾けよう大作戦?」



「そう。俺が犯人なら、こんな人が多い所で犯罪は犯さない。やるなら人気がない場所、つまり街の外だ。あいつは十中八九、街の外に連れ出して襲う筈だ」



「なるほど。それを尾けて犯行に及んだら捕まえるってことだね」



「そういうこと。2人は気配を消せる?」



俺は尾けるのに必須の能力を持っているか聞いた。

2人ともできると答えたのだが、やってみてもらうと、あまり上手とは言えないものだった。



「気配を消すってこんな感じだよ」



俺はそう言って、気配を消して見せる。



「すげぇ、見えてるのに、そこにいるか確信できないくらい気配がないぜ」



「本当にいるの?」



「いるぞ。それに加えて認識阻害の魔法を使うとこうなる」



そうすると俺の姿が掻き消えた、ように見えたはずだ。

実際はそこにいるが、俺の姿を背景と錯覚させることができる。



「もうそこにいるって分からないよ」



「ただし、触れられると効果は半減する。試しに触れてごらん」



「どこにいるの?」



「じゃあ、こっちから触るよ」



俺はそう言って、穂花の後ろに回り込み、背中にスーっと指を滑らせる。



「ひゃあん!!」



穂花はそんな触られ方をされると思っていなかったのか、あられもない声をあげた。

穂花の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。



「なにするの!!」



「触るよって言ったでしょ」



バッと振り返った穂花から抗議されたので、俺は無実を主張する。



「こういう時って、ふつう肩とかでしょ」



「文化の違いだなぁ」



「同じ文化で育ちましたー!!」



「はいはい、そこまで。それで、気配が消せないから尾けるのは無理そうか?」



もはや子供の口喧嘩みたいになってきた俺と穂花の会話を暎斗が止めてくれた。



「まあ、あいつらを尾ける分には大丈夫だと思う。もし気づかれても誤魔化す」



「わかった。今度は誤魔化し方を考えとくぜ」



「私も考えておかなくちゃ」



立ち直った穂花も会話に参加してきた。

しかし、まだ若干顔は赤い。

少し怒った風ではあったが、何故か機嫌は良さげだったのが不思議だ。

それにしても、ほとんど俺のせいだと言うのにお咎めなしとは優しいな。


それはともかく、3人で初めて冒険らしいことをする。

ワクワクしないではいられないが、あの男のことは俺が撒いた種でもあるから、しっかり後始末はしようと、心に決めた。


休息は後回しだ。

今日だけは振り回されてやろうじゃないか!!

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