冒険者になろう

(おお、立派だなぁ)



俺は目の前にあるものを見て、感嘆を覚えていた。それは大きな橋だった。

だが、川が流れているわけではない。橋の下にあるのは単なる溝だった。



「これは堀?」



「正解だぜ。モンスターが来た時の防衛線の1つだ。いざという時に魔法で水を貯めれば、モンスターはなかなか侵入できないらしいぞ」



俺の呟きに暎斗が答えた。



そう、俺たちは街にたどり着いたのだ。

橋の先には大きな外壁が左右に視界の限り広がっていた。


この街は世界のだいたい中央に位置するガドラス王国という国の都市で、人口約30万人の大都市だ。

ついでに説明すると、この世界には他にも3つの国があり、1つはリートア帝国、もう1つはゲドラ獣王国、最後にフィーリア王国。


ガドラス王国とリートア帝国は人間が統治する国で、ゲドラ獣王国はその名の通り、獣人の国だ。そして、フィーリア王国は精霊族が統治する国である。


4つの国に力関係の差はなく、戦争などは起こっていない。

モンスターへの対応で、それどころではないというのも、戦争がない理由の1つだろう。

なんでも、この世界で国々の管理が行き届いているのは、全面積のおよそ百分の一くらいらしく、それ以外の場所はモンスターが跋扈する危険地帯なのだ。



それはともかく、これから入国審査ならぬ入街審査を受ける。

俺は身分証を持っていないので、冒険者として名が知られている穂花や暎斗と違って、審査をスルーさせてもらうことはできない。


俺は審査の列にしばらく並んで、やっと順番が来た。

2人にも身分証明者として同行してもらっている。



「ケルビラには何のために来た?」



門番は俺を一瞥した後、そう聞いてきた。

ケルビラというのは、この街の名前だ。

俺はさっき考えていた設定を答える。



「仕事を探しに来ました。とりあえずは、冒険者になろうと思っています」



「そいつらと知り合いなのか?」



門番は俺の後ろにいる穂花たちを指差して言った。



「同郷です。昔からの友人なんですよ」



「まあ、そいつらが友人ってんなら大丈夫だな。というか、お前らあのダンジョンの調査に行ったんじゃないのか?」



門番は穂花たちがクエストで街を出ていたことを知っているらしく、今度は後ろの2人に質問を飛ばした。



「実は、ダンジョンで友人と会ったんですよ。ダンジョン落ちだと思うんですけど、詳しいことはまだ・・・」



それに答えたのは穂花だ。

ダンジョン落ちというのは、何らかの原因で行方不明になっていた人が、ダンジョンで見つかるという事件が稀にあるのだが、その現象のことだ。

ダンジョン落ちは俺が湖の底で見つけたような、魔力の淀みが原因と考えられている。

詳細は分かっていないため、そのような曖昧な名称になった。


これも考えていた設定の1つだ。

この世界では、転生者というものがあまり認知されていないので、ダンジョン落ちということにしたのだ。



「そうか。それにしても、よくあのダンジョンで生き残れたもんだ」



「すげぇだろ、こう見えて俺らよりつy」



バキッ!!



目立たないように、気をつけているのに早速暎斗が馬鹿なことを漏らしそうになったので、腰のあたりを蹴って黙らせる。



「痛っテェ、何すんだ!!」



「それはこっちのセリフだ。お前は喋るな」



「あっ、悪りぃ」



俺が言って、ようやく自分の失言に気づいたのか、それ以降は一言も発しなかった。



その後は、簡単な手荷物検査をされて終わった。

それにしても、思ったより穂花たちの名前は知れ渡っているみたいだ。

2人についてきてもらって正解だった。



ゲートを抜ければ、そこは大通りだった。

この街のメインストリートなのだろう。

左右に建ち並ぶ店や建物は、中世ヨーロッパを思わせるような雰囲気だ。



「こうやってみると、冒険者が多いのか? 武器を持ってる奴ばっかりだな」



俺はすれ違う人々を横目にそう呟いた。

それに穂花が解説を入れてくれた。



「この世界では武器を持ち歩く人が多いの。治安がすこぶる悪いというわけではないんだけど、護身具を身につけておかないと冒険者に絡まれたりした時に太刀打ちできないから」



「なるほど、弱肉強食だね」



「そうだね。でも、人と人の繋がりは日本より強い気がする。交流が盛んというか」



「へぇ、面白そうだね。ギルドはこの先だっけ?」



「うん、そうだよ」



そんな会話をしていると、それらしき建物が見えてきた。


木造二階建ての建物で大きな看板に『冒険者ギルド』と書いてある。


ちなみに、この街に来る前に、この世界の言語を日本語に自動翻訳してくれる魔法をつくっておいたので、読み書きに苦労することはなかった。

穂花たちは一生懸命に勉強したらしく、羨ましがられた。


穂花と暎斗の後ろから俺はギルドの入り口を潜った。



中は大きなロビーになっていて、建物の奥には酒屋や武器屋も併設されていた。

正面に受付がある。



2人が建物に入ると、そこに視線が集まった。



「おい、あれ! 例のダンジョンに行ってたパーティーじゃねぇか!?」



「ほんとだ!! 『ヒノマル』の2人だ」



2人の方にばかり目がいって、俺の存在には誰も気づいていないようだ。



(というか、2人のパーティーは日の丸って名前だったんだ・・・いいのが思いつかなくて、適当に付けた光景が目に浮かぶな)



そんな余計なことを考えていたが、俺は少しばかり困っていた。

これでは、目立たずに2人のパーティーに入れそうにない。


今日は冒険者登録だけにしとくか。


その旨を2人に伝えて、近くで待っててもらうことにした。


俺は1人で受付に向かう。



「すみません、登録したいんですけど、ここでできますか?」



俺は受付に座っている女性に話しかけた。



「はい、ここで承っていますよ。登録は初めてですか?」



「そうです。よろしくお願いします」



「承知しました。それではこの用紙にご記入お願いします」



そう言って、氏名や戦闘タイプなどの欄がある紙を渡された。

それに、答えられるものは全て書いて返した。



「ありがとうございます。ラウトさんですね。ラウトさんは礼儀正しい方ですね」



「そうですか?」



「はい、ヒノマルの2人にそっくりです。冒険者になる方は荒くれ者と言いますか、がさつな方が多いんですが」



受付の女性はそう言って微笑んだ。


幼なじみだから、というより日本人だから似ているのだろう。

日本人は総じて敬語を使うことに慣れているからな。



「おい、お前。冒険者になろうってのか?」



俺が受付の女性と話していると、後ろから声をかけられた。

見ると、顔に傷のある屈強そうな身体つきで、背中に大剣を背負った男だった。



(やっぱり絡まれたか・・・)



俺は側からみて、そう強そうには見えない。

こうやって、目の前の男と並んで立つと肩幅が腕二本分くらい違うし、背もやや小さい。


だから、いいカモに見えてしまうのだ。



実際にやり合えば、俺が圧勝することになるだろう。

しかし、こういう時に力でねじ伏せるのは悪手である。

禍根を残す上に、何より目立つ。



だからここは―――



「わぁ!! 強そう!」



「なに?」



俺は《褒め殺し》を発動した。



「僕、冒険者に憧れてるんです。でも、弱いから荷物持ちになって、強い冒険者を支えたいと思ったんです。あなたみたいな!!」



「お、おう」



男は俺の無邪気な勢いに押され気味だ。



「もう、その体格とか最高です! 強そうです!! ドラゴンも倒せそうです!!」



「そ、そうだぞ。俺は強い!!」



(よし、乗ってきた!)



俺は内心ほくそ笑む。



「はい、分かります。もうオーラが違います。ナメクジみたいなオーラです!!」



「まあ、ナメクジってのは知らねぇが、そうだぞ!!」



「はい! 今度、機会があれば見学させてください! ナメクジが動くのを見たいです!!」



「おう! 今度見せてやる。じゃあ頑張れよ」



「はい、ありがとうございます!!」



男は去って行った。


よし、撃退完了。



その様子を見ていた穂花たちは、懸命に笑いを堪えていた。

俺の意図を察していたのだろう。


誰も、気分を害さない。


これぞ、最善の一手だと思う。


これで、無事に登録を済ませられそうだ、そう俺は思っていた。


だが、そう上手くいかないのが、人の世の常だとこの時は忘れていた。

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