Scene 11 -Epilogue-

 ある日、片瀬深雪の妹、片瀬春歌から連絡があった。

 内容は謝罪と現状報告。そして柊木ユキについての確認だった。

『勝手に個人情報を漏らしてすいませんでした』

「それはもう構わないよ、こちらでも話に決着はついた」

『落ち着いたら相沢さんと話したいです。姉さんのこととか、今の活動のこととか、あの柊木って子のこととか』

「最後のは気は進まないが、了解したよ」

 そんな風にしてスマートフォンでの通話を締めくくった。

 妹の口から、深雪のどんなことが語られるのか興味はあった。

 スマートフォンを仕舞い、春らしい日よりの道を歩く。

 幾つかの出来事があった冬が過ぎ、そろそろ春という季節に差し掛かる頃合いに、通り過ぎてきた出来事を反芻する。

 柊木ユキと部屋で話してから、すぐにあのボロアパートを引き払い、実家へと戻った。

 他人はおろか息子にも関心がなく、放任主義の両親は、出戻りをしたと伝えても、そうかと答えただけだった。

 深雪が事故にあってすぐ、SNSの情報も遮断し、関わらないように逃げ出したため、一時的に『相沢良介』という事故にあった骨髄バンクドナーの恋人という存在が、SNSで注目を浴びたことも知らなかった。

 実家への取材要請や、関係ない第三者の好奇の目線は、やはりあったらしいが、両親は一切を黙殺し、身内や関係者にも、「息子は今はいない」と端的に伝えただけだった。

 そんな親たちにも、感謝の意を伝えるため、いったん実家に戻った。

 百貨店勤務は、通勤時間は増えたが継続し、戦争のような日々を過ごしている。

 一年間、停止していた時間は、軋み音を上げ、徐々に動いている。

 ふと、街中で足を止めた。

 最寄りの駅の近くは、春らしい陽気に後押しされるよう、多くの人々が出掛け、道を歩いていた。


 ──誰かを助けるために生きて欲しい。


 あの時の柊木ユキが扮する片瀬深雪が話していた事だ。

 あれは深雪ではないのに、まるで深雪の言葉だったように心に届いた。

 柊木ユキとはあれから会っていないし、会う機会も二度とないが、彼女の兄として届けた言葉が、心に残ってくれていたらいい。そう思った。



 <この悲しみが愛に変わるとき 完> 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この悲しみが愛に変わるとき 佐原 @tkynzt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ