第20話 天の門は遥かに遠く 記憶の走馬灯


天国に至る 門は何処までも遠く 彼方にある

彼方にある その永遠の安らぎと救いの場所


麗しい門へと許しと祝福を受けた者達 選ばれた者達が辿り着く


だが、今世の残酷なまでに 生きる事と争いは惨たらしい 


そう、例えば あのロドス島での戦闘

戦闘で大砲やマスケット銃の撃ち込まれる 轟音  悲鳴

すぐ傍で倒れる仲間の騎士や兵士達がいる


昨日までは共に笑っていた者達の哀れな躯(むくろ)


あの美しいギリシャの海に浮かぶ 敵、味方の兵士たち

沈む船にいる者達の哀れな絶叫

砦にある罠で火だるまになる敵の兵士 無数の槍の柵で刺殺される兵士の悲鳴

イエニッチエリに自国の兵士だけでなく 

北アフリカ、ギリシャ、支配下にある国からの兵士たち


兵士の主力部隊

冷酷で手強いイエニッチエリ 元は東欧 キリスト教徒の子供達を集めて

改宗させスルタン、皇帝のみに従う完璧な精鋭部隊として育てあげたもの

元は同じキリスト教徒である 

片手にはマスケット銃(火縄銃)や円形の盾を持ち

三日月を思わせる独特な半円剣で容赦なく

襲い来る


イエニッチエリ

彼らにとって死は 天国に至る過程の一つに過ぎない


だが それは修道士で騎士でもある騎士団にとっては 

僕(しもべ)であり選ばれた者である 

騎士団にとっても どう生きて、死ぬかは重要な事柄


あのロドス島の包囲戦

薔薇が咲く島 地中海交易の要 ロドス島が戦で荒れ果て・・

記憶の中で 繰り返される光景に ただ茫然と走馬灯のように見つめて


約束された天国の門は 遠い彼方にあった


「どうされました 騎士さま」静かに 美しい魔物の吟遊詩人が問いかける

天使の如く 微笑みかける そう、静かで優しい笑顔を見せて微笑む


「此処はマルタ島 ギリシアのロドス島での戦争はもう遠い昔の事ですが」

シオンの言葉


記憶の苦さに 苦悶の表情を浮かべたヴァレッタ騎士は改めて 此処が何処なのかを

思い起こす


「酷い苦しそうな顔ですよ 此処の暑さだけではありませんね

昔々 あの地獄のようなロドス島での戦闘でも思い出していましたか?」


「記憶 鮮明に覚えている血の赤 それに惨たらしい死体」


その言葉、シオンの言葉の問いに ヴァレッタ騎士は言葉を返す


「・・お前は心までも読み解くか? 魔物の吟遊詩人 シオン」


「さあ、そう言いたい処ですが 違いますね  貴方様の表情からですよ

こう見えて 僕は 貴方より年上ですから ふふっ」

「戦火は この時代も 幾つも絶え間なくあっていますから」

楽しそうに笑うシオン


「・・・・お前にとっては それらはご馳走か?」


「ええ、そうですね 僕にとってご馳走の時間ですよ 心清き騎士さま」

束の間 金色に光る瞳 口元から小さな牙が見える


「ロドス島の包囲戦 貴方にとって 惨たらしいものでしたでしょうね

若き青年期を過ごした麗しき春麗な場所が 血で染められてゆく 苛烈な時間」

「貴方体を慕った村人たちの事も・・」


「港を船や鎖で閉じて 戦い それでもまだ敵の攻撃に耐えられるのかと・・」


「籠城であれ程 持ち堪えた」

まるで物語を謡うように魔物で吟遊詩人シオンが話す


「しぶとい敵に 戦上手な若き皇帝スレイマン1世も手を焼いた」


「ああ、そうでした 疫病の発生は 貴方達を救ったのかも」

シオンは 首をすくめ 笑顔で答えた  

「まあ、長期戦となり 沢山の死体をあんな状態で長い時間、放置すれば

発生するのは当然か」


「圧倒的な数の敵 でも こちらも精鋭部隊 簡単には落ちる事などない」

「数ゆえに死体の数も増える一方」

「病院騎士団の名にふさわしく 感染対策はなかなかのもの」


「シオン・・・」「少しは手助けをしたので そんな怖い顔で睨まないで下さい」


「お前は 水面を歩き、船を砕いた」

睨みがちにヴァレッタ騎士は魔物の吟遊詩人を見る


「ふふ そんな大袈裟な・・

僕は人が通れる穴を砕いたくらいですから それも 僅かな数ですけどね」


「まあ、ついででしたから 砕いた船にいた囚われのガレー船の漕ぎ手

奴隷として働かされていたキリスト教徒の鎖を壊して、船が沈む前に逃げられるようにも

しましたけど」

「敵の船にいた囚われの騎士も助けたのですが」


「・・・・逃げる体力が残っていたかどうかまでは知りません」



少し疲れた顔をして ヴァレッタ騎士は座り込む


「・・島で出来たザクロですけど 食べますか?」

荷物の中から果実を取り出すシオン

差し出されて、難しい顔をしたまま ザクロを受け取る


しばらくザクロを見ていたヴァレッタ騎士が言う

「何故 私の昼食のパンとハム、チーズ お前が食べている?」


「水割り、

ワインビネガーの水もだ シオン?」


「え?先程 くれたじゃないですか 騎士さま うふふ」


「ちゃんと貴方の分は・・ああ、ごめんなさい 僕、食べてしまいましたか」

にこやかに微笑むシオン


「シオン!」「きゃはは」

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