第7話

 床下の金庫は、お金が詰まった巾着でいっぱいである。

 これでは先程伯爵家から頂いた金が詰まった木箱と薬師の姉からもらった巾着を入れるスペースがない。特に膨らんだ巾着を端に寄せながら、アガサは緩んだ顔を隠さずに小さく笑いながら、空いたスペースに木箱と巾着を収めた。


 地道に商売をやってきてよかった。一気に2名分の報酬を得られて狭い部屋の中で小躍りしそうである。


 まさかそれぞれの最善が依頼者同士だったなんて。なんと楽な案件であろうか。



 膨大な報酬に浮ついた気分でいたところ、錆びついた階段を急いで降りてくる音が聞こえてきた。

 靴で床を強く打ち付ける音があまりにも乱暴だったので、夢見心地でいたアガサはうんざりとし始め、大きく息を吐きサングラスを外した。



「弁償しろ」


 足音と同じくらい乱暴に開かれた扉。ドカドカと入ってきた男は、アガサお気に入りのデスクの上に白い粉がべっとりと付いた上着が放り投げた。


「……来てすぐそれですか」


 いずれ来るだろうと思っていたが、パンパンに詰まった金庫の中身がこんなにすぐ減ることになるとは思っていなかった。



「こんな話は聞いていない」


 アメルン子爵はいつも感情がないように冷静な声色であるが、きっと今の彼の感情は誰でも当てることができるだろう。どうやら彼は怒り心頭のようである。


「分かりましたよ。ちゃんと弁償しますから。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。パーティー用の上着はこの一着だけではないでしょうに」

「……」


「え、これだけなんですか」

「……あと一着ある……」

 

 食いしばった歯から漏れ出るような声である。

 これ以上怒らせて契約が反故になるほうがアガサにとって痛手である。高級そうな上着を弁償するといくらになるか脳内でザッと計算したアガサは吐き気がしそうになった。


「すぐに払えるだろう」

 子爵の目線は床下の金庫に向けられている。先程まで伯爵令嬢が来ていたことを知っているかのように。


「こんなに早く終わったことをよく知ってますね。もしかしてあの時後ろをついてきてたんですか?」

「お前が庭を1人で歩いているからだろ」


 あの日、ボスマン伯爵令嬢と宮廷薬師がきちんと出会えるか心配していたアガサは、池の近くに身を潜めていた。

 行きたくないとごねる薬師を無理やりパーティーに参加させるのは大変であったが、今回の頑張ったことはそこだけ。後はアガサの予想通り勝手にくっついてくれたので、とっても楽な仕事であった。


 子爵は端正すぎる顔と冷酷な性格で有名であるが、アガサからするとこの男は若干無礼なだけで、性格はまさしくサンダース公爵家の嫡男といった感じである。


「心配してくれたんですね」

「そんなわけあるか」


 サンダース公爵家といえば、まさに顔だけでここまで生き残った一族。

 妙におせっかいで、詰めが甘い。そのせいでなんの栄華もなく、ただ顔だけは極上というのがこれまでの歴史である。

 公爵家の始まりは何代も前の王弟が臣下となったときにできた爵位であるが、その後は得意の容姿で有力な家系に娘を嫁がせたり、王女が降嫁してきたりとでなんとか保ってきた一族である。


「さすが、おせっかい公爵家の嫡男ですね」

「黙れ」


 アガサは、時期公爵であるアメルン子爵も歴代の公爵と変わらず、詰めの甘い男だと思っているが、周りからはいつも扇子で口元を隠して人を睨みつける男だと思われているようだ。

 

「それにしても今回は本当についていました。こんな楽な仕事初めてですよ」

「私は散々な目にあった」


 初めて子爵に会ったときアガサはその容姿にも驚かされたが、何よりも男が何のオーラも持っていないことに驚愕した。


 アガサには、人や物のオーラが見え、すべての物体が光って見える。

 強弱あれど生まれたての赤ちゃんや老人でも、体や物の輪郭に沿って黄色に光って見えるのだ。幼いアガサはこれが何なのか分からなかったが、時が立つにつれて、オーラの強弱はその人の将来性に関連していることがわかった。


 公爵家は没落寸前だし将来性はなさそうだがどんな人でも微量のオーラは持っているはず。それが全く無かったのでアガサはとっても驚いたことを覚えている。

 そしてとある能力を有している子爵側も同じであったようだ。


「あれは混乱させた子爵がいけないんですよ。あんなに威嚇したらだめじゃないですか。子爵だって情報が欲しかったんでしょ?」


「……お前にはあれがどれほど臭いのか分からないのだ」

「扇子で防いでるじゃありませんか」

 目の前の子爵と同じように顔をしかめて見せた。


「こんな薄っぺらい布で完全に防げていると思っているのか」

「そんなこと言われても子爵しか分からないものですし。もういっそのこと鼻に布でも詰めたらいいのでは?」


 子爵はアガサに借金を返済するため、嫌々アガサの仕事に付き合っているが、それよりもとある秘密を共有する仲でもある。


「さっさと支払え」

「金の匂いにも敏感ですね」


 子爵は、嘘がわかる。

 人が嘘を付いているときの口臭で真偽を見分ける能力があるそうなのだ。

 そして、その能力はどうやらアガサには効かないようである。

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