第3話 出来事
今にも泣きだしそうな彼女は、一言、一言、絞り出すように話し始める。それは彼が生きていた事を、しっかりと刻み込むかのように。
「朝、開園と同時に駆け出して、ジェットコースターに乗ったんです。彼、絶叫系が好きだから。前来た時は故障で乗れなかったから、とてもうれしそうでした……。あのドリームランドにあるやつを、とても楽しみしてたんです……」
そこで彼女はいったん言葉を切っていた。一言、一言、確かめるかのように、しっかりとその口を動かしていく。
「乗り終わった後、なんだか気分が悪そうでした。虫かなんかが口の中に入ったと、しきりに吐き出そうとしてました。あそこの虫って気味が悪いくらい大きいんです。わたし、信じていなかったんです。そんなこと無いって、思い込んでました……。でも、もっと彼の話をちゃんと聞いていれば……」
組んだ両手をかすかに震わせ、彼女はその時の様子を思い出していた。
「でも、しばらくするとおさまったようで、後は何ともなかったんです。気持ち悪さもなくなって、普通にお昼ご飯も食べてました。その時になって、気のせいだったと彼も笑っていました……」
本当に訳が分からない。だが、『どんな些細な事でも』という思いがあるのだろう。彼女の目は事実を探して宙を見つめる。
「虫ですか……。朝というと九時くらいですか? それで、彼の様子がまたおかしくなったのはいつでした?」
恐らく九時ごろ、何かが口に入った。いや、何かを飲み込んだ。少なくとも彼はそう感じていた。しかし、そのあとには何となく、昼には食事もしている。その後も遊園地であそんでいた。
救急隊が到着して、その車内で心停止起こしたのが二十時くらい。そこからは救急隊から話を聞いている。
時間にして十一時間程。
その十一時間、彼はそのドリームランドにいた。
そこで彼の体に、何かが起こったと考える。
飲み込んだ虫がなにかしたのか?
いや、それはおかしい。
そもそも、口に入った程度なら、そんな違和感はすぐにとれるだろう。
吐き出したいということは、すでに胃に到達していた可能性がある。しかし、虫が生きていたとして、その後の食事が出来るだろうか?
そもそも、実際に飲み込んだのかも、わからない。仮に飲み込んだとして、胃の中で死んでいれば問題は起こらないのではないか?
私が自分の考えを整理する前に、彼女の話が続けられる。
「七時半くらいです。なんだか急に青い顔になって、吐き気がする。お腹が痛いと暴れだしました。その時に少し吐きました。元々胃が丈夫ではありませんでしたし、急いで救護所に連絡して、救急車に乗ってたら……」
その後のことは、救急隊からすべて聞いている。だが、到着前の事は救急隊にも話していないのだろう。
救急隊の話によると、急に吐血をしだしたと思うと、いきなり血圧低下したとのことだった。昇圧剤にも反応せず、ここについたということだった。吐物の中に、特に異物はなかったと聞いている。
何かほかに見落としはないか? そう思い、カルテを見ながら考えてみる。
「彼は、何回か入院歴がありますね。十二指腸潰瘍、胃潰瘍。ともに出血した時ですね。最近、胃の調子が悪いということはありましたか?」
彼は一年半ほど前に入院した後、定期的に通院していたようだ。最近は通院していないが、おそらく通院間隔を延ばしたのだろう。その事をこの少女は知っているようだった。
記録では、潰瘍はすでに瘢痕化している。
「いえ。ストレスは抱えていましたが、最近は調子よかったはずです。薬も余っていると言ってました」
どうやらその線はなさそうだ。となると、ますますこれはわからない。
一体彼の体に何が起こったのか? ますます謎は深まっていた。
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